2019年9月15日 16時0分
「いまも新疆ウイグル自治区に住む母ときょうだいに連絡を取ろうとしても、電話が通じるのは母だけです。しかも最近は以前より明らかに口数が減り、私が何を聞いても母は『大丈夫よ』と繰り返すのみ。正直なところ、祖国にいる家族の身が心配です」──こう打ち明けるのは、今年8月に来日した英国在住ウイグル人のエンヴァー・トフティ氏(56)。中国国内におけるウイグル人への人権弾圧を世界が問題視する中、トフティ氏は故郷に残した家族の身を案じる毎日を過ごす。
元外科医であるトフティ氏は、中国政府にとって不倶戴天の敵といえる。トフティ氏は1998年、中国が1960年代から秘密裏に新疆ウイグル自治区で行ってきた核実験の被害を告発したことで、1999年、英国への亡命を余儀なくされた。
そんなトフティ氏が開けた次なる「パンドラの箱」が、中国による違法な“臓器狩り”である。以前より中国は、ウイグル人や法輪功の学習者といった「良心の囚人(不当に逮捕された無実の人々)」から強制的に奪い取った臓器を、利潤の高い国内での臓器移植手術に利用していると噂されていた。
英国亡命後に「人権」の存在を知ったトフティ氏は、2009年に中国の臓器狩りを告発する米国人ジャーナリストの講演を聴講した際、自ら挙手して「私が実行しました」と初めて公に証言した。
その証言によると、1995年に新疆ウイグル自治区にあるウルムチ鉄道局中央病院の腫瘍外科医だったトフティ氏は、主任外科医からある処刑場への出張を命じられたという。現地で待機中に数発の銃声を聞き、慌てて駆けつけると右胸を撃たれた男性が倒れていた。
「その場で主任から『急いで遺体から肝臓と腎臓を摘出しろ』と命じられて男性の体にメスを入れると、体がピクリと動いて血が滲み出ました。その時、男性はまだ生きていて心臓が動いていることがわかりました。命じられるまま臓器を摘出して主任に渡すと、彼はそれを箱に入れて、『今日は何もなかったな』と言い、口止めされました」(トフティ氏)
自ら臓器摘出に関わったことを証言して以降、トフティ氏は中国の臓器収奪に関する情報収集を行いながら、この問題を世界に広めるため欧米の議会公聴会で証言したり、人権団体で講演活動を行っている。
中国政府は一貫して臓器収奪を否定するが、中国では公的なドナー登録者数をはるかに上回ると推定される臓器移植手術が行われ、通常は数カ月から数年を要する移植待機時間が数週間から最短で数時間ですむなど、数々の傍証から疑惑は濃厚になっている。
昨年から今年にかけては、中国の臓器収奪について第三者が調査する「民衆法廷」が英国ロンドンで開かれた。50人を超える専門家や当事者の証言を詳細に検証し、「中国では違法な臓器の収奪と移植が今も続いている」と結論づけた。このニュースは世界中のメディアで報じられ、その件数は100を超えた。
いまトフティ氏が懸念するのは、新疆ウイグル地区に住む同胞の臓器が強制的に収奪され続けることだ。
「中国は共産党の幹部や親族、富裕層の臓器移植手術のためウイグル人から臓器を摘出し、外国人向けの臓器売買ビジネスも行っています。とくに臓器移植を望む中東のイスラム教徒は、『ハラールオーガン』(豚肉を食べず飲酒をしない人の臓器)と呼ばれるウイグル人の臓器を好み、通常の3倍の価格で取引するといいます。
2016年には、15歳から60歳のすべてのウイグル人が血液を採取され、その後DNAの検査が行われました。名目は健康診断ですが、中国政府が高額な費用をかけてウイグル人の健康を促進するわけがありません。彼らの狙いは、臓器の適合性を判断するためにウイグル人のデータベースを作成することです」(トフティ氏)
とりわけ懸念されるのは、身柄を拘束されて「再教育施設」に送られたウイグル人の安否だ。2018年9月、国連の人権差別撤廃委員会は、最大100万人のウイグル人が施設で暮らしていると報告した。
「臓器移植はその性質上、ドナーから取り出した臓器をできるだけ早く移植する必要があります。そこで注目されるのが、近年、新疆の収容所に収容されていたウイグル人が『政治犯』として中国国内(湖南省、浙江省、黒竜江省)の刑務所に移送されており、その近辺には臓器移植センターがあるとの報告です。
当局は臓器移植の希望者が現れたら直ちにデータベースで適合性を判断し、再教育施設や刑務所、もしくは通常の生活をしているウイグル人から臓器を取り出すと考えられます。その証拠に、再教育施設や刑務所で亡くなったウイグル人の遺体はほとんど家族のもとに返らず、『火葬した』との連絡が一方的にあるだけです。遺体が何に使われているかは明白ではないでしょうか。
中国政府はあたかも水槽から新鮮な魚を取りだすように、オンデマンドで臓器を提供している疑いが強いのです」(トフティ氏)
そう強調するトフティ氏は、冒頭で紹介したように、故郷に住む家族の身を案じている。勇気を奮って臓器収奪を告発する彼に、中国政府からの圧力はないのだろうか──。
その点を問うとトフティ氏の表情がさっと曇り、それまでの饒舌さが一転して、言葉少なにこうつぶやいた。
「中国政府からのプレッシャーについて、この場で話すことはできません……。ただ一つ、『中国から出てきた者は、すべての者の頭の後ろに目に見えないピストルが突き付けられている』とだけ申しておきましょう」(トフティ氏)
香港をめぐる情勢でも対応が注目されている中国。勃興する超大国の背後には、深く暗い闇が広がっている。
●取材・文/池田道大(フリーライター)、通訳/鶴田ゆかり
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