「ベトナム民間人虐殺」問題

『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』では、李氏朝鮮王朝末期から、日本による朝鮮統治時代、そして李承晩政権時代までの歴史の流れを見てきましたが、歴史に残る資料を中心に、客観的立場に立って朝鮮史を見ると、日本による統治時代がどれほど恵まれていた時代だったかがわかります。

一方それほど問題とされない、李氏朝鮮時代の抑圧されていた朝鮮民族とキリスト教徒の悲哀、李承晩時代の隠された民衆の大虐殺の歴史等を見ると、その犠牲者数だけを見ても、日本による朝鮮統治時代の唯一とも言っていいほどの大事件、三・一運動の犠牲者数725~934人と比較しても、桁が違うことが分かります。

・主なカトリックへの弾圧
 1801年、辛酉教獄:清国人宣教師ほか300名あまり処刑
 1839年、己亥教獄:仏人宣教師ほか200名あまりを処刑
 1846年、丙午教獄:金大建ほか20名あまりを処刑
 1866年、丙寅教獄:8千人あまりのカトリック信徒を殺害
・李承晩時代の保導連盟事件:10万~120万人、
・済州島四・三事件:6万人、
・国民防衛軍事件:9万名余り
・朝鮮動乱:韓国軍は約20万人、アメリカ軍は約14万人、国連軍全体では36万人の死傷者、民間人犠牲者100万人~200万人。中国軍約40万人、北朝鮮軍29万人

これら虐殺の歴史と、三・一運動の犠牲者との違いは、三・一運動の犠牲者以外は同じ朝鮮民族による大虐殺であったということだけです。つまり誇り高き朝鮮民族にとって、日本人によって朝鮮人が犠牲になったことだけは許せないということなのではないでしょうか?

★「ベトナム民間人虐殺」問題

民主社会のための弁護士会(民弁)は2020年4月21日午前、ソウル中央地裁前で記者会見を開き、グエン・ティ・タンさん(60)=女性=を原告とする訴状を提出したと明らかにした。

ベトナム戦争での民間人虐殺の被害を主張して韓国政府を訴えた初のケースとなる。

グエン・ティ・タンさんは8歳だった1968年12月、韓国軍に銃撃されて母親や姉、弟、伯母、いとこなどが犠牲になったとして訴訟を起こした。

グエンさんと民弁TFによると、当時ベトナムのクアンナム省ポンニ村で韓国軍青竜部隊に所属する軍人らによる銃撃が発生し、非武装地帯の民間人74人が虐殺されたという。

韓国軍の蛮行は韓国人女性ジャーナリストであるク・スジョン氏の調査によって1999年、初めて韓国内でも知られるようになった。虐殺はわかっているだけで80余件、被害者は9000人以上に上る。

韓国がベトナム戦争に参戦したのは、朴正煕政権時代のことだ。
南ベトナム政府からの要請という名目で1965年に集団的自衛権を行使し、朴大統領は延べ32万人もの兵士を投入したのである。
派兵されたのは「猛虎隊」、「青龍隊」、「白馬隊」と呼ばれる3部隊だった。
大規模な虐殺が行われていたのは、いずれも韓国軍駐屯地の周辺だった。

なぜ虐殺が起きたのかといえば、韓国軍が基地を作るためだった。基地を作りたい場所の周辺に村があると、敵が潜伏する隠れ家になりやすい。そこで村人を戦略村(事実上の収容所)に送ろうとしたのだが、ほとんどの村人は村を離れようとしなかった。
そこで韓国軍が選んだ方法が虐殺だった。虐殺の85%は1966年に集中するが、ほとんどは基地設営のためだった。

生き残った方々の証言から、村人を一カ所に集めては手榴弾を投げつけられた、生まれたばかりの乳児が40人以上も殺された、などという凄惨な話が次々と出てきた。機関銃で殺したり、洞窟に逃げ込んだ村民を催涙ガスで燻りだして銃殺するケースもあった。

彼女の告発記事をきっかけにして、翌2000年4月の『ハンギョレ21』に、虐殺を行ったという元韓国軍人の証言が掲載された。
さらに同時期、米誌『ニューズウィーク』がベトナム戦争での韓国軍の虐殺問題を取り上げ、ク・スジョン氏の調査も同誌に紹介された。

反応は激烈だった。
2000年6月、同誌を発行するハンギョレ新聞社に韓国退役軍人ら2400人が集結。記事に対する抗議集会を開いたのだ。
迷彩服に身を包んだ元軍人らが鉄パイプを振り回して社屋に乱入。パソコンや輪転機を次々に破壊し、書類や車に火を放ち、新聞社を機能停止に追い込んだ。威嚇行為は、ク・スジョン氏の周辺にも及んだ。

★韓国陸軍によるビンディン省攻撃と大量虐殺(Wikipedia)より

・1965年10月にベトナムに上陸した韓国軍は、同年12月から翌1966年1月までにビンディン省プレアン村、キンタイ村などを掃討、九つの村には化学兵器を使用し、また同時期にプウエン省のタオ村で女性市民42人全員を殺害した。

・1966年1月1日から4日にかけてブン・トアフラとヨビン・ホアフラ地方では市民の財産を略奪したり、カオダイ教寺院を焼き払い、仏教寺院から数トンの貨幣を横領した。ナムフュン郡では老人と女性7人を防空壕のなかでナパームとガスで殺害し、アンヤン省の三つの村では110人、ポカン村では32人以上の市民を虐殺した。

・1966年1月11日から19日にかけて、ビンディン省で400人以上のベトナム人市民を、1月23日から2月26日にかけては同ビンディン省で韓国軍が市民1,200人を虐殺した(タイヴィン虐殺)。

・1966年2月にはベトナムビンディン省タイビン村で韓国軍猛虎部隊が住民65人を虐殺(タイビン村虐殺事件)、さらに2月26日には同ビンディン省で住民380人を虐殺したゴダイの虐殺が発生する。
韓国軍は女性137人、老人40人、子供76人を防空壕のなかへ押し込め、化学薬品で殺害したり、目を潰したといわれる。

・1966年3月26日から28日にかけて韓国軍はビンディン省の数千の農家と寺院を炎上させ、老若とわず女性を集団強姦した。さらにブガツ省では3万5千人のベトナム人が「死の谷」で虐殺された。

・1966年10月には共同作戦中の米軍と韓国軍(猛虎師団、青龍師団、白馬師団等)が、ベトナム市民の結婚の行列を襲撃し、花嫁を含め7人の女性を強姦し、宝石を奪い、3人の女性を川の中へ投げ込む暴行事件が発生。その後、メコン川流域で19人の少女の遺骸が発見される。

・1968年2月12日、韓国海兵隊第2海兵旅団(青龍部隊)(en)は、南ベトナムクアンナム省フォンニィ・フォンニャット村で非武装の民間人69-79人を虐殺した。2月25日に再び、同じクアンナム省のハミ村で女・老人・子供・135人を虐殺した。3人だけを残して全員殺害された村もあった。
殺害方法は村民を広場に集め、一斉に射撃を加えたり、手榴弾を投げつけたりして実行された。

アメリカ軍内部では、韓国軍を完全な後方部隊とするか、南ベトナム解放民族戦線が完全に支配していて、誰を殺しても問題とされない地域に配置転換するべきである、とした検討が行われた。
韓国兵は残忍なやり方で女性を強姦してから殺害するケースが多く、アンリン郡の村人によれば、韓国軍はとりわけ女性にとって恐怖の的だった。また妊婦や子供は井戸に落とし、助けを求める声を無視して手榴弾を投げ込んだ。

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    • T

    韓国の教会指導者達(多くの韓国人も例外なく)は、常に自分たちは虐げられてきた被害者だと、よく主張しておりました(現在もそうなのだろうが)。
    さらに、軍艦島の強制徴用など、不確かな情報のみで構成された話もよくされていました。
    しかしながら、この記事にあるような自分達の卑劣極まる悪行には一切触れず、ずっと昔から今まで(最近はレーダー照射事件)、逆ギレすればどうにかなると本気で思っており、自分達の大悪事は謝罪・賠償をほぼしない(“ほぼ”というのは外国に謝罪した事例を知らないため)ということを繰返しています。
    特にベトナム戦争時の悪事は天から見ても許されるレベルではありませんので、いくら逆ギレしても韓国に大きな審判が下りるのは時間の問題でしょうね。

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