韓国文大統領がコロナ禍に乗じた総選挙強行で狙う「独裁体制の総仕上げ」

4/3(金) 6:01配信ダイヤモンド・オンライン
韓国文大統領がコロナ禍に乗じた総選挙強行で狙う「独裁体制の総仕上げ」

 韓国は3月26日、来る4月15日に行われる選挙の公示を行い、4月2日から公式に選挙運動が始まった。しかし、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が世界的に流行している中で選挙を行うことは、一部の韓国国民の政治に参画する権利を奪うことにもなりうる。

 というのも、外交部は中央選挙管理委員会に対して、欧州と中南米、アフリカ地域など新型コロナが拡散している国での、在外国民投票の事務中止の検討を要請したからだ。今回の総選挙において影響を受ける在外有権者数は119カ国、17万1000人余りいるという。

 さらに韓国国内における選挙運動についても、各政党および候補は大規模集会を避ける傾向があり、選挙戦全体としてこじんまりとしたものになるようである。

 一部の有権者の権利を無視し、選挙運動を通して新型コロナが拡大する可能性があるにもかかわらず、文在寅大統領が総選挙を行うのは、これまで2年間で強引ともいえる手法で進めてきた独裁体制の総仕上げがかかっているからだ。

 国内で左派政権の確立に成功した文在寅大統領にとって、中国や北朝鮮などの社会主義陣営(レッドチーム)に寄り添っていく政策を今後も続けていくために、今回の総選挙は絶対に負けられない(拙著「文在寅の謀略――すべて見抜いた」ご参照)。そう考えたとき、世界的な新型コロナの拡大で、今後韓国経済が一層甚大な被害が及び、国内企業や国民の不満がさらに高まることが確実だということから、選挙時期を遅らせることは文大統領にとっては決して賢明ではない。

 文大統領は、韓国国内で新型コロナウイルス感染症拡大がひと段落しているうちに、新型コロナ対応における初動の失敗から国民の目を逸らし、支持率を上げ、選挙に臨むのが最善の方策と判断したのであろう。

● 宗教団体「新天地」に責任押し付け 初動ミスへの批判をかわす

 では、肝心の文大統領への支持はどのように推移しているのか。

 保守系メディアは「総選挙では文在寅政権が率いる左派が勝つ可能性が高い」と危機感を露わにしている。韓国の世論調査機関「韓国ギャラップ」が3月24~26日に行った「国政への評価」の調査では、「文大統領はよくやっている」との回答が、前週比6%増の55%に達したようだ。

 その他にも、各党は独自に世論調査を行って情勢を分析したところ、与党は「優勢選挙区」として70選挙区を数え、それに対して野党は38選挙区だった。

 ただし、韓国の世論調査は信頼性に欠けるという事情もある。韓国の世論調査回答率は、2017年大統領選挙で17.0%、18年地方選挙で10.2%、20年総選挙で9.1%である。韓国での電話による世論調査では、回答者は積極的な政党支持者が多いとされ、こうした点を勘案すると、与野党の支持率差は現在公表されているものより、最大で6%縮小するといわれている。

 最近では文政権の新型コロナ対応における初動の失敗を批判するメディアは少なく、むしろよくやっているという報道が多くなっている。したがって、世論調査結果は案外現状を反映しているともいえる。

 こうした状況を総合的に勘案すると、与党が優勢であるということなのだろう。

 文政権の新型コロナ対応の初動については、2月時点では中国の習近平国家主席の訪韓を期待して、中国からの入国禁止措置を取らなかったことが感染の拡大を招いたとの批判が多く聞かれた。

  また、マスクが不足していた問題については、文大統領はすぐに不足が緩和されると言ったり、繰り返し使用すればいいと言ったり、その対応には一貫性がなく、右往左往した。

 しかし文大統領にとって幸か不幸か、韓国における感染の急拡大は大邱、慶尚北道を中心とする「新天地イエス教会」の信者の間の感染が主なものだった。文政権は「新天地」が感染拡大の主犯であり、「新天地」は政権と敵対関係にある保守系政党に近い宗教団体であるとしてスケープゴートにし、責任回避をしていた。

  「新天地」の信者に対するPCR検査が終了すると、感染者数は急速に縮小し、3月15日以降は1日100人程度の新規感染に留まっている。一時は文政権の新型コロナ対応を批判して世間では弾劾機運が盛り上がり、選挙は保守系に有利と見られてきたが、ここにきて形成が逆転している。

● 日米欧のコロナ危機を プロパガンダに利用

 文政権の支持が回復している背景には、欧米や日本の新型コロナまん延をうまく利用しているということも指摘しておきたい。

 文政権の主張は「欧米における爆発的な感染の拡大と死者の増大があるが、それに引き換え韓国の感染者と死者はともに安定的に抑制されている」というものである。

 この数週間、文政権は「世界各国が韓国の新型コロナ対応を評価している」というプロパガンダを強化している。これに全面協力しているのが左系メディアのハンギョレ新聞である。

  「『韓国型防疫モデル』全世界が共有」「韓国に防御壁を築いた国々が『韓国の新型コロナ対応から学ぼう』と言っている」といった記事を掲載。さらに、連日のように「韓国の積極的な検査体制が世界の模範になった」と報じている。

 極め付きは文在寅大統領の電話首脳会談で、「トランプ大統領が韓国の診断キットを要請した」「メルケル首相も韓国から学ぼうとしている」という内容に会談結果を曲解してしまった。

  『デイリー新潮』にて鈴置高史氏が「コロナ対策で『文在寅』の人気急上昇 選挙を控え『韓国すごいぞ!』と国民を“洗脳”」で指摘しているように、韓国国民は世界が韓国を評価していることに歓喜する傾向がある。これをうまく活用しているのである。

 日本については、検査の在り方について韓国との違いを強調し、韓国の対応の方が優れているというイメージを喧伝している。韓国は全員検査で感染を抑えている反面、日本は検査を避け、感染者数を低く公表し、隠ぺいを図っているというのが、韓国の主張だ。だが、日本の感染者数が少ないのは、検査が少ないということだけが理由だとは言い切れないのではないだろうか。

 その他にも、韓国メディアは日本の対応の欠点を一生懸命探してきた。2日も、比較的保守系の報道の多い中央日報でさえ、日本経済新聞が報じた「日本のPCR検査1日2000件はドイツの17分の1」で、「世界に後れをとっている」(日本経済新聞)ことを紹介した。また、日本のクルーズ船対応の失敗についても、ロシア外務省がクルーズ船対応は『カオス』だと批判したことを大きく取り上げた。

 確かに日本の新型コロナ対応は問題が多い。「何もしたくない政権」と「『できません』を繰り返す省」で感染拡大を防げるか疑問が多い。日本医師会や東京都、大阪府が緊急事態宣言を求めているのは、このままでは感染が一層広まり、医療崩壊を招き、将来的にはオーバーシュートになりかねないと懸念しているからである。

 緊急事態を宣言することで経済への悪影響は避けられないだろう。しかし、このまま東京都や大阪府などが求める自粛だけで感染者が抑えられないことは、感染者の急増が物語っている。このような時に必要な対策を取らなくてどうするのかと思う。

 いずれにせよだが、文政権に日本の新型コロナの対応の失敗をあれこれと指摘され、文政権にとって選挙戦が有利に進むように利用されるのは非常に残念なことである。

● 経済崩壊の危機も 米国との外貨スワップで一息

 だが、文政権は欧米や日本の失敗をあげつらっている場合ではないはずだ。

 韓国経済は為替と金融、実体経済の複合的な危機に直面している。3月23日には1ドル=1280ウォンほどにまで下落していた。1200ウォンは、ウォン下落に歯止めがかからなくなる危険水準といわれているが、それを大きく割り込んだのだ。韓国総合株価指数(KOSPI)も1470ほどまで下落した。これは2200を大きく超えていたところからの、大きな下落である。

 また、実体経済においても、野村証券によれば20年の韓国の成長率は最悪の場合マイナス12.2%、基本シナリオでマイナス6.7%だと予測されている。韓国経済は、もともと新型コロナ危機が生じる前から、成長率が過去最低水準にあった。そんな中で、サムスンや現代などの主要企業の売り上げの半分以上が米国と欧州であり、米欧の景気後退の影響をもろに受けることになる。加えて中国への貿易依存度が25%であり、中国からの部品供給の遅れが響く。

 韓国の中小零細企業への影響はさらに大きい。中小企業中央会によると、今年2~3月に廃業または死亡した零細業者がそれまでに拠出した共済金を年金形式で受け取る「黄色い傘」の支給件数が、昨年同期比41%と急増した。

 こうした韓国経済の窮地を救ったのが、米国の外貨スワップ600億ドルの合意である。これによって韓国ウォン相場は1ドル=1220~1230ウォン程度まで戻しており、株式相場(KOSPI)も4月2日現在1720を回復している。これによって、韓国企業のドル調達コストの急上昇を抑え、韓国企業も助けることになるだろう。文政権は、中国ではなく米国に助けられたのである。

● 総選挙勝利へバラマキ、妨害 なんでもあり

 文政権は、総選挙に勝つために、なんでもやる覚悟なのだろう。

 韓国政府は、企画財政部が中位所得までの1000万世帯に緊急災難支援金を給付する方針であったが、青瓦台の意向によって、対象を全体の70%に及ぶ1400万世帯に拡張した。

 これは年間所得8500万ウォン(約750万円)に相当する人々まで対象とするものであり、4人世帯基準で支給額は100万ウォン(約8.9万円)となる。

 この支援金は総選挙後に補正予算を編成して支給するようだ。選挙前の発表であり、政府与党がここまで対象を広げたことについて、野党が言うように「選挙用のバラマキ」以外の何物でもないだろう。

 さらに、野党の選挙運動の妨害疑惑まで浮上している。

 文政権派であり、新北朝鮮団体である大学生進歩連合(大進連)は最大野党・未来韓国党の候補者らの選挙運動を組織的に妨害しているという。

 彼らは未来統合党の候補者の遊説現場で、「親日候補」「積弊剔抉(てっけつ)」「新天地とどういう関係か」といった根拠のない誹謗プラカードを持って候補者を取り囲み、大声を上げた。未来統合党の呉世勲(オ・セフン)前ソウル市長、羅卿源(ナ・ギョンウォン)前院内代表、黄教安(ファン・ギョアン)代表らは妨害で通常の選挙運動ができない状況となっている。

 選挙管理委員会はこうした妨害行為は違法としているが、警察は傍観している。野党候補が選挙妨害行為をやめるよう数十回にわたり要請したにもかかわらず、その場にいた十数人の警察官は全く動かなかったという。

 警察はつい先日も、地下鉄の駅で大統領を批判する内容のビラを配った女性が身分証提示の要求に応じなかったとして、この女性を床に倒して手錠をかけたという騒動もあった。選挙前のこうした与党を利するような行動は、警察が政権と一体となっていると疑われてもやむを得ないであろう。

 文政権はさらに保守系メディアの批判封じに躍起となっている。文在寅政権は政府の三権を牛耳っており、政府批判を抑え込んでいる。

 唯一批判を繰り返しているのが、朝鮮日報系のメディアである。だがそこにも文政権による封じ込めの圧力がかかっている。その代表例が最大野党・未来統合党が「批判メディアに轡(くつわ)をかませる意図がある」として批判している、放送通信委員会がTV朝鮮とチャンネルAの再承認を総選挙後の4月20日に保留したことだ。

 文政権は総選挙まで、政権批判を徹底的に抑え込むつもりなのだ。文政権は新型コロナ禍に乗じて、総選挙を乗り切り、独裁化の道をひたすら邁進しようとしている。

 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

武藤正敏

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