朝鮮労働党幹部が明かした「金与正・南北共同連絡事務所爆破」の真相
先週6月25日、朝鮮戦争(1950年~1953年)が勃発して、70周年を迎えた。この戦争は、35年にわたる日本の植民地支配を脱したばかりの朝鮮(韓)民族にとって、まさに癒えない傷口に塩を塗るような悲劇となった。
それは、南側をバックアップするアメリカと、北側をバックアップするソ連・中国という大国が、その後、半世紀近く繰り広げることになる冷戦の序章でもあった。
朝鮮戦争については、3年にわたり当時の関係者たちを綿密に取材した拙著『北朝鮮を継ぐ男』(草思社、2003年)で詳述したので、興味のある方はご覧いただきたい。
朝鮮戦争開戦から70周年のこの日、日曜日の夜明け前に急戦を仕掛けた「加害者側」の北朝鮮は沈黙を貫いた。だが「被害者側」の韓国は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が主催して記念行事を執り行った。
それは、日が暮れた夕刻に、ソウル空港の格納庫の中で開くという異例のものだった。「青瓦台」(韓国大統領府)は、「猛暑による高齢の参加者たちの健康に配慮したため」と説明した。
場所と言い時間と言い、文政権の尋常でない国家功労者たちに対する気遣いが感じられる。換言すれば、北朝鮮を「恩讐の主敵」とみなす韓国軍OBたち(とその家族)と、「敵ではなく同胞(仲間)」と考える文在寅政権の乖離、すきま風は、とめどもなく大きい。
今年のイベントのテーマは、「英雄たちへ」だった。英雄とは、朝鮮戦争で殉職した兵士たちのことだ。
スピーチに立った文在寅大統領は、まず朝鮮戦争について、こう総括した。
「尊敬する国民の皆様、戦争功労者及び遺族の皆様、本日、私たちは、韓国(朝鮮)戦争70周年を迎え、177人の勇士の遺体を安置した。ソウル空港は、英雄の帰還を歓迎する最も厳粛な場所となったのだ。(中略)
しかし、私たちはいまだ、戦争を真に記念することはできない。まだ戦争が終わっていないからだ。今、この瞬間も戦争の脅威は続き、私たちは目に見える脅威だけでなく、内部の見えない反目とも戦争を行っている。
韓国戦争で国軍13万8000人が戦死した。45万人が負傷し、2万5000人が行方不明になった。100万人に達する民間人が死亡、虐殺、負傷で犠牲になった。10万人の子供たちが孤児になり、320万人が故郷を離れ、1000万人の国民が離散の苦しみを経験した。
当時、戦争から自由になれる人は、ただの一人もいなかった。民主主義は後退し、経済的にも残酷な被害をもたらした。産業施設の8割が破壊され、2年分の国民所得が灰と化した。社会経済と国民生活の基盤が崩れ、戦争後も南北は長い間、冷戦の最前線で立ち向かい、国力を消耗しなければならなかった。
だが、韓国民族が戦争の苦しみを経験している間、むしろ戦争特需を享受した国もあったのだ」
おしまいの「戦争特需を享受した国」というのは、明らかに日本に対するイヤミである。文脈上、蛇足のように思えるが、どうしても入れたいのが文政権なのだろう。文在寅政権にとって、「主敵」は北朝鮮ではなく日本だということを示唆してもいる。
続いて、文在寅政権の「北朝鮮観」が開陳されていく。
「尊敬する国民の皆様、戦争功労者と遺族の皆様、私たちは戦争に反対する。韓国のGDPは北朝鮮の50倍を超え、貿易額は400倍を越える。南北間の体制を巡る競争は、もうずいぶん前に終わったのだ。
私たちの体制を、北朝鮮に強要するつもりはない。われわれは平和を追求し、共に幸せに暮らそうとしている。我々は絶えず平和を通じて、南北共生の道を見いだしていく。統一を語る前に、われわれはまず仲の良い隣人になろうではないか。(中略)
戦争を経験した親の世代と、新たな70年を切り開いていく後世に、平和と繁栄の韓(朝鮮)半島は、必ず成し遂げなければならない責務だ。8000万同胞全員の宿願だ。
世界史で最も悲しい戦争を終わらせるための努力に、北朝鮮も大胆に乗り出すことを願う」
以上である。後半は、韓国人に対してと同時に、北朝鮮側に対するメッセージにもなっている。
北朝鮮からの「最悪のメッセージ」
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実際、1953年に朝鮮半島の休戦協定が結ばれた後も、20世紀末の1991年にソ連が崩壊し、世界で冷戦構造が終結した後も、韓国と北朝鮮は、38度線を南北に分けて対峙し続けた。
そんな南北に、和解の道を切り拓いたのは、「太陽政策」(包容政策)を掲げた故・金大中(キム・デジュン)大統領である。北朝鮮に冷たい北風を吹かせるのでなく、暖かい太陽の光を注ぐことで、北朝鮮を国際社会に迎え入れるという考えだ。
金大中大統領は、2000年6月13日から15日まで訪朝して、金正日(キム・ジョンイル)総書記と、歴史的な南北首脳会談を開催。「6・15南北共同宣言」を発表した。金大中大統領はこの年、ノーベル平和賞を受賞している。
それから20周年を迎えた今月15日、「金大中精神」の後継者である文在寅大統領は、南北合同で記念行事を開きたかった。「南北が主導して統一の道を進めていく」というのが、2000年、2007年(廬武鉉・金正日会談)、そして2018年の共同宣言の主旨だからだ。
ところが北朝鮮側は、文在寅政権を無視した。それどころか「南北共同宣言20周年」の翌16日、文在寅・金正恩時代の南北和解の象徴として、2018年10月に開城(ケソン)に設置した南北共同連絡事務所を爆破。「最悪のメッセージ」で応えたのだった。
これによって、文在寅政権は、発足以来3年あまりで最も大きな激震に見舞われた。
北朝鮮との宥和政策を統括する金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官が電撃辞任を発表した。康京和(カン・ギョンファ)外交部長官の交代も囁かれている。統一部長官の後任には、徐薫(ソ・フン)国家情報院長の名が、外交部長官の後任には、趙世暎(チョ・セヨン)外交部第一次官の名が挙がっている。
先週22日には、韓国の脱北者団体「自由北韓連合運動」が、「民族の頭上に核ミサイルを放ち続ける狂人・金正恩を終わらせよう」などと書いたビラ50万枚を、再び北朝鮮側に散布した。だがそれでも、文在寅大統領は25日、忍耐をもって、北朝鮮側に「まず仲の良い隣人になろう」と呼びかけたのだった。
それでは、北朝鮮側は現在、何を考え、今後どのような行動に出ようとしているのか?
私は、これまで数十回にわたって行ってきたルートを使って、間接的に朝鮮労働党幹部に話を聞いた。以下、その最新版の一部をお伝えしたい。
南北共同連絡事務所爆破の真相
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――北東アジアに大きな衝撃を与えた開城の南北共同連絡事務所の爆破は、金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長や北朝鮮メディアが非難していたように、韓国の脱北者団体のビラ散布が原因だったのか?
朝鮮労働党幹部: 「そのように受けとめてもらっては困る。ビラ散布は、文在寅が北南間の約束を違えたという一つのきっかけであって、本質的な問題ではない。
最大の目的は、わが方が、文在寅に対して本気で怒っているのだということを、南朝鮮(韓国)側に分からせるためだ。彼らはいつまでたっても理解していないようだから、はっきりと目に見える形で分からせてやったのだ。
われわれは、2018年2月に平昌(ピョンチャン)冬季五輪に参加して以降、文在寅の提案を受け入れ、彼らの忠言に従ってきた。敬愛する最高領導者同志(金正恩委員長)は、文在寅と3度も首脳会談に臨み、文在寅の言葉に耳を傾けた。
当時、文在寅はわれわれに、何と言ったか?
『私とトランプの間では、100%話がついている。トランプは(朝鮮)半島情勢に関して、私の言うことを何でも聞く。
トランプの目的は、われわれの民族を利用して、大統領再選を果たすことだ。だから、(北朝鮮との)関係が改善したという形さえアピールできれば、何でも譲歩する……』
特に、トランプとの2回目のハノイ会談(2019年2月)の前に、文在寅たちはわれわれに、こう力説した。
『トランプには次の会談で、貴国(北朝鮮)に対して3つの譲歩を用意させる。第一に国連の経済制裁の緩和、第二にアメリカの独自制裁の緩和、第三に人道支援だ。そしてアメリカとの協議が進んで行けば、あのやっかいな日本も、簡単に乗っかってくる』
その際、こちら側の譲歩に関しては、こう言った。
『すべては行動対行動が基本だ。まず貴国は、寧辺(ニョンビョン)の核施設を段階的に放棄すると宣言するのだ。その際、アメリカ人技術者も招待して、検証作業を行うと言えばよい』
いまだから明かすが、敬愛する最高領導者同志は、文在寅ら南朝鮮の言うことに半信半疑だった。だが、いろいろと内部で話し合っているうちに、ハノイまで出かけていくことになったのだ。
それが、ハノイでのトランプはどうだったか。『すべての核とミサイルを放棄せよ』と、あからさまにわれわれを脅してくるではないか。文在寅たちから聞いていた話と、まるで違うことを言うのだ。
それでもこちらは、寧辺の核施設の放棄に言及した。だがトランプは、『それだけでは、アメリカは何も与えない』と、にべもなかった。
これでは、行動対行動の原則に会わず、こちらばかりが譲歩していくことになるではないか。それならもうこれ以上、話し合う余地などないということで、こちらから会談の席を立ったのだ」
――「ハノイの決裂」以後も、昨年10月のストックホルム実務協議など、米朝協議は行われた。水面下で何が起こっていたのか。
朝鮮労働党幹部: 「その通りだ。文在寅たちは、『寧辺の核施設解体の見返りに、まずはアメリカの単独制裁から解除させる』と言う。そこでわれわれは、『(2019年の)年末が期限だ』と言って、一縷の望みを託していた。
だが結果は、またもやゼロ回答だった。そこでわれわれは昨年末(12月28日~31日)に、朝鮮労働党第7期中央委員会第5回総会を開いて路線を転換し、2020年は『正面突破戦』(核ミサイル開発の再開)を展開していくと決議したのだ。
そうしたら文在寅らは焦って、『何とか(4月15日の)総選挙まで待ってくれ』と泣きついてきた。われわれが派手なアクションに出れば、反文在寅の野党が活気づいてしまうというわけだ。それでわれわれも、文在寅たちに最後の譲歩をして、総選挙が終わるまで派手な動きを控えてやった。
その結果、4月に文在寅は総選挙で大勝した(与党・共に民主党が300議席中、180議席を獲得)。だが、それでも文在寅たちは何もしなかった。あげく、密使を平壌に派遣したいとか言ってきた。
まったくもって、ふざけた話だ。それで、こちらも堪忍袋の緒が切れて、南朝鮮に対して、本気で怒っていることを、はっきり分からせてやることにしたのだ。それが16日の爆破の真相だ」
「金正恩委員長は今後、表舞台には立たない」
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――北朝鮮は今後、核実験やミサイル実験を再開するのか?
朝鮮労働党幹部: 「もちろんだ。周知のように、すでに南朝鮮との連絡窓口を爆破し、退路を断ったではないか。
実は文在寅は、トランプに対しても、『北はカネと技術が欲しくてたまらないから、少しずつチラつかせてやれば、何でも譲歩する』と、甘言を弄していたという情報を掴んでいる。まったくふざけた奴らだ。
われわれは文在寅に長く騙されていたことを悟り、見限った。あとは前進あるのみで、これからは『正面突破戦』の道を歩んでゆく」
――最近は、金正恩委員長に代わって、金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長が前面に出てくることが増えている。二人の指導者の権限はどうなっているのか。
朝鮮労働党幹部: 「5月(23日)に開いた朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で、重要な決定を行った。それは、これからは与正同志を、祖国統一事業の統括責任者にするということだ。この決定により、朝鮮人民軍総参謀部の統帥権が事実上、与正同志に賦与された。
もちろん、最終的な責任者は敬愛する最高領導者同志(金正恩委員長)だが、これからは敬愛する最高領導者同志は、基本的に表舞台には立たない。本当に必要な時にだけ登場するだろう。
与正同志は、まだうら若い女性だが、最近の発言などからも分かるように、豪胆な性格の持ち主だ。朝鮮人民軍の幹部たちも、大変頼もしい指導者だと期待を寄せている」
――今後、金与正党第一副部長が、対南だけでなく、対米外交など、外交全般を取り仕切ることになるのか?
朝鮮労働党幹部: 「だんだんとそうなっていくだろう。アメリカは(11月に)大統領選挙を控えており、それまでに交渉が進んで行くかは不透明だ。
今後われわれは、伝統的な友好国である中国と組んでやっていく。与正同志は、今年中に中国を訪問するだろう。その際には、李善権(リ・ソンクォン)外相も同行する。
このところ中国との関係が、急速に改善している。中国は、食糧や医療物資などの人道支援も行ってくれている。新型コロナウイルス騒動が一段落したら、中国人観光客たちが大挙して、わが国を訪れるようになるだろう」
――日本との関係はどうなっているのか。
朝鮮労働党幹部: 「特に何も進んでいない。相変わらずの白紙状態だ。本格的な朝日交渉が再開するのは、おそらく日本で、安倍晋三政権に代わる新政権が発足してからになるのではないか」
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以上である。北朝鮮は「金与正時代」を迎えたという証言は、貴重なものだ。
日本や韓国でも、先週23日にアメリカで発売されたジョン・ボルトン前大統領安保担当補佐官の暴露本『それが起こった部屋』が、話題を呼んでいる。そこでボルトン前補佐官が暴露した文在寅政権の「二枚舌外交」(アメリカにも北朝鮮にも都合のよいことを言う外交)と、この朝鮮労働党幹部が証言する内容は、ピタリ一致している。
最も恐ろしいシナリオ
写真:現代ビジネス
米朝交渉に関して、最後に一言、言い添えたい。私は2018年6月12日の歴史的なシンガポール会談を現地取材し、その後もフォローしてきた。米朝交渉が失速してしまった最大の責任者は、文在寅大統領ではなく、金正恩委員長である。
金委員長はシンガポールで、老獪な商人のトランプ大統領に、完全に騙され、勘違いしてしまったのだ。どう勘違いしたかと言えば、「自分はトランプ大統領と同等だ」と思ってしまったのである。
握手して会談している間は、ともに一国を代表してやって来たという意味で、両首脳は対等だ。だが、世界における米朝両国の立場は、当然ながら雲泥の差がある。それを、「すべて対等」と勘違いしてしまったところに、若い金正恩委員長の悲劇があった。
その責任を、いまさら文在寅政権に押し付けたところで、事態は解決しない。実際、南北共同連絡事務所を爆破した後、トランプ大統領はコメント一つ出していない。北朝鮮にとっては、非難されるより無視される方がこたえるのだ。
今後、最も恐いシナリオは、南北の対立や、北朝鮮の核ミサイルなどの暴挙ではない。経済悪化から来る北朝鮮内部の動揺である。そこには朝鮮人民軍のクーデターや暴動も含まれる。
北朝鮮は前世紀末(1995年~1997年)に、「苦難の行軍」と呼ばれる経済危機が起こった。だがいま同様の危機が起これば、もはや軍も国民も、黙ってはいないだろう。
北朝鮮の苦境は、金与正時代を迎えたからといって変わるものではない。
近藤 大介(『週刊現代』特別編集委員)
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