「韓国に生まれなくてよかった」元駐韓大使が今でも心底そう思う理由

「韓国に生まれなくてよかった」元駐韓大使が今でも心底そう思う理由
7/22(水) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 文在寅氏が韓国の大統領に当選した日、筆者の手元には既に校了し、発売直前となった著書の原稿があった。ほぼ全ての制作工程を終え、あとは印刷するだけだったのだが、編集者と相談の上、タイトルを「韓国人に生まれなくてよかった」とつけ変えた。

 筆者は以前、ダイヤモンド・オンラインに「韓国は努力しても報われない社会で大変だ」という趣旨で寄稿したことがあったが、朝鮮日報などで取り上げられると多くの読者から、そのタイトルは別として内容については納得した、という反響が多く寄せられた。

 しかし同時に、タイトルの『「韓国人に生まれなくて良かった」元駐韓大使が心底思う理由』については多くの意見があった。元大使が駐在した国のことを書いた本に、このような批判的なタイトルを付けるのは誠に不謹慎であるという、お叱りの言葉が多かった。確かに、この批判は当たっている。だが、私がこの本で言いたかったことは、決して韓国を誹謗中傷することではない。文在寅氏が大統領になったことで、政治の混乱は避けられず、韓国の人々を不幸にするだろうということだった。

 残念ながら、筆者の当時の予感は的中してしまった。文在寅大統領の韓国は、北朝鮮に追従するばかりで韓国の安全保障をないがしろにしている。文政権の高官は、現在の韓国は平和だと主張しているが、実際は北朝鮮の動き次第で、いつでも崩壊する危うい平和である。

 文大統領は、内政では国内融和を図るよりも対立をあおり、左派政権を永続化させ、保守派を徹底的に締め出そうとしている。

 こうした文在寅政権の体質(著書「文在寅の謀略――すべて見抜いた」参照)についてはこれまで何度か寄稿している。そこで今回は、日常生活における韓国国民の不幸という側面に絞って、今の韓国社会を深掘りしてみたい。

● 見せかけだけの「雇用大統領」

 文大統領は16日、国会の開院式に出席し、演説を行った。文大統領は「経済でも韓国は他国より相対的に善戦した。世界経済のマイナス成長の中、OECDのうち韓国の経済成長率が最も良好」「政府の果敢で前例のない措置が中小企業保護と雇用維持に寄与し」「輸出・消費・雇用などで経済回復の流れが見え始めた」と希望に満ちた展望を語った。

 しかし、15日に統計庁が発表した「雇用動向」では、演説内容とは全く違う実態が浮き彫りになった。

 青年失業率は10.7%と1999年の統計作成以降、最悪となっている。新型コロナウイルスの影響を最も受けたのが青年層であり、青年層の失業問題の深刻さから、求職活動をあきらめる人が続出するほどになっている。洪楠基(ホン・ナムギ)副首相は、文大統領の楽観論とは異なり、良質の職場が多い製造業の雇用が減少していることに懸念を示している。

 ただ韓国の雇用状況の悪化は、青年層だけにとどまらなくなっている。韓国経済の中軸を支える40代の雇用率が最低水準にまで落ち込んでいるのだ。6月の40代の雇用率は76.9%で、政権発足時の2017年の79.8%から毎年下落している。男女別では40代の男性の雇用率は89.7%と21年ぶりに90%を割り込んだ。特に40代の高卒者が、就業者数減の大半を占めた。40代の雇用不振の原因は製造業の低迷と関連している。

 文大統領は韓国経済の就業状況は良好であると発言している。財政支出で、高齢者向け短期アルバイトを増やすことで、見せかけ上の失業率は低く抑えられているからである。しかし、問題視すべきことは、家計を支える中堅層、未来を担う青年層の良質な雇用が次々に奪われていることだ。このままでは、韓国国民の家計は、ますます火の車になっていくということである。

 そもそも良質な製造業の雇用が減少したのは、反企業的な韓国政府の政策が原因だ。その代表例が、最低賃金の無計画な大幅引き上げである。

 30年間ソウルで勤務したあるグローバル金融機関のCEOは、「国際資本が韓国経済に興味を失っている」と話す。韓国経済の根本的問題は主要産業の国際競争力の低下であり、韓国経済が財政支出に頼り切り、身を切る構造改革に背を向ける限り、未来はない。韓国政府は韓国版ニューディール政策を打ち出してはいるが、規制改革と労働組合寄りの労働政策の転換なくして、成功は難しいだろう。これでは、新型コロナ後も良質の雇用の創出は遅れるばかりだろう。

 良質な雇用が失われていく社会を、想像したことがあるだろうか。それは就職や恋愛、結婚、出産、マイホーム、夢、人間関係という、人間として生きていくために重要な「希望」を失った世代、いわゆる「7放世代」(著書「韓国人に生まれなくてよかった」参照)と呼ばれる若者が、ますます増えていくことを意味する。

 そして、40代からの名誉退職とも呼ばれる失業や生活にあえぐ老後といった韓国の厳しい状況は、文政権になってからますます多くの人々に迫ってきている。

● マンハッタン並みの不動産価格

 「米ニューヨークのマンハッタンより高い江南(カンナム)アパート」という言葉があるが、これは冗談でも何でもない。

 ソウル瑞草区盤浦(ソチョグバンポ)の漢江の見える80平米のアパートは、24億5000万ウォン(約2億1750万円)で取引された。1坪当たり1億208万ウォンとなる。米ニューヨーク、マンハッタンのハドソン川が見えるアパートは、1坪当たり1億750万ウォンだからほとんど変わりない。ちなみに2018年の1人当たり所得は米国が6万2152ドル、韓国が3万2774ドルでほぼ2倍の開きがある。今年は、マンハッタンの不動産が新型コロナで過去にないほど下落しているので、高低が逆転する可能性もある。

 ソウル市内のマンションの平均価格は9億2000万ウォン(約8200万円)であり、これは文政権発足時の6憶600万ウォンから3億ウォン以上値上がりし1.5倍以上になっている。

 平均価格帯の住宅を購入するためには、韓国では24年間働く必要があり、これは米国の10.76年の倍以上である。ソウルの若者は「一生、家なんか買えない」と嘆き、絶望しているという。まさに「7放世代」の若者が直面している現実である。韓国では、男が家を持てなければ、結婚も難しくなる現実がある。

 ここにきて文大統領の支持率の下落が止まらない主な要因の一つが、この異常なほどの値上がりを招いた不動産政策の失敗である。文大統領は青瓦台の会議で、「最大の民生(国民生活)の課題は不動産対策」だと述べた。与党「共に民主党」と政府が検討している不動産政策の骨子は、複数住宅保有者に対する不動産取得税や総合不動産税、不動産譲渡所得税などの課税による不動産購入の抑制である。さらに2戸以上の住宅を保有する幹部公務員に対し、速やかな売却を指示した。

 しかし、供給を増やすことで価格の下落と安定を図るという、根本的な不動産市況対策は遅れている。文大統領は20日、未来世代のためにグリーンベルト(開発制限地域)を解除しないとし、再建築・再開発規制の緩和と容積率上積みについても言及しなかった。多くの専門家は、現在の不動産政策はつけ焼き刃的な対策で、効果は限定的という見方をしている。

 こんな状況でも、文大統領は対策を講じようとはしていない。

  「文政権になってから、住宅価格を抑えるために22回の不動産政策を実施したが、全部失敗した。これほど政府が無能なら、他の政権では新しい人を連れてくるが、なぜ失敗した政策を主導した人物をそのまま置いておくのかわからない」

  これは多くの韓国国民の本音だろう。文政権になって不動産か価格が1.5倍となり、7放世代などの若者に不動産購入をあきらめさせる政権――。支持率が下がるのもうなずける。

 韓国国民は、生活に不可欠な雇用と住宅を得るために、並々ならぬ努力を強いられる現実がある。だが、これだけではない。生きていくために必要な安全な水でさえも、韓国では確保するのが難しいようなのだ。

 先日、水道水から生きている幼虫が発見されたという住民の通報が、仁川市を中心にソウル市、京畿道・釜山市・忠清北道清州紙などで合計734件あった。これだけ全国規模で水道水汚染の問題が広がっていることに、政府や自治体の水道水管理システムに関する不信感が募っている。

 丁世均(チョン・セギュン)首相は、趙明来(チョ・ミョレ)環境部長官に全国の浄水場484カ所の緊急点検を指示した。

 先進国でこのように水道水に幼虫が混じるという問題が生じること自体、行政のタガが緩んでいるといえるだろう。文政権のトップが、社会運動家出身者で占めている状況が、行政のやる気を失わせている根本的原因だと考えられる。

● 政権批判が許されない国、韓国

 また、文政権の強権政治もここまで来たのかと思わせる出来事が相次いでいる。

 朝鮮日報は「政権を批判して対抗すると起訴、有罪、逮捕、免職、許可取り消しされる国」というタイトルの社説を掲載した。

 一方で文大統領は「我が国の民主主義はさらに大きく、さらに強固に成長している。他人をうらやむ必要がないほど成熟した」と韓国の素晴らしさを喧伝している。

 どちらが真実か。

 韓国統一部は、北朝鮮に対するビラまきを主導してきた脱北者団体に対する設立許可を取り消した。また、大学キャンパスで大統領を風刺する壁新聞を貼った20代の青年は、建造物侵入の罪で有罪判決を受けた。さらに大統領の側近を捜査していた検察幹部32人が一斉にポストから外されたという出来事も明らかになっている。

 現在与党は5.18民主化運動(光州事件)に対し、虚偽事実を流布すれば刑務所送りにする特別法の制定を目指している。

 これが文大統領の言う、成熟した民主主義の姿なのだろうか。

 韓国で流行していた言葉で、「ネロナムブル」(著書「文在寅という災厄」ご参照)という言葉があった。「身内に甘く、ライバルには厳しい」「私が恋愛すればロマンス、他人がすれば不倫」という意味である。

 こうした言葉が流行した背景には、文政権のダブルスタンダードがある。文政権や与党は、尹美香(ユン・ミヒャン)元正義連(日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯)の理事長が、元慰安婦から不正を告発されてもかばったり、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長のセクハラについても何も行動を起こさず、批判が収まるまでだんまりを決め込む対応をとっている。

● 朴ソウル市長セクハラ被害者の2次被害

 7月初旬、自殺した故朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が、セクハラをしたと訴えられる1カ月前、市長はソウル市幹部と共に「被害者中心主義事件処理」というテーマで、男女間の性に対する認識差・性差別を考慮するという「性認知感受性」に関する教育を受けていたことが判明した。

 しかし、市長と市幹部の実際の行動と対応は異なっていた。それから1カ月後に朴市長は秘書のA氏から告訴されている。要するに教育を受けた後もセクハラは続いていたのだろう。

 驚くべきことに、被害者の味方になる人は、現在の政府・与党、ソウル市のどこにもいないようである。青瓦台、与党「共に民主党」、ソウル市、女性家族部、警察、検察、の誰も、被害者に手を差し伸べようとしないというのだ。

 ソウル市のジェンダー補佐官は、被害者より市長側で活動し、女性家族政策室長は被害者側の記者会見を延期させようと暗躍したという。さらに市の幹部は「女性団体の言いなりになってはいけない」と、A氏を懐柔しようとしたというから、開いた口が塞がらない。

 さらに、被害者に寄り添うべき警察は、被害者の告訴内容を外部へ流出させた疑いが持たれている。警察、検察ともに、捜査の核心に触れるのを控えているかのようだ。

 女性に対するセクハラ問題は、いま世界でも最も批判される問題である。しかも、最もセクハラとは縁のない人物と目されていた朴市長までもがセクハラをしていたという実態は、韓国の社会に深く根を下ろした問題として取り組んでいくべき問題である。

 しかし、朴市長が政権に近い人物であるということで、政権はこれを黙殺し、むしろ被害者が告発したことを責めるような風潮を作り上げている。これ以上問題が広がらないように被害者の口封じを行う政権筋がいるのだ。先述したような「ネロナムブル」を象徴するような出来事が横行する韓国は、公平な社会とはとてもいえない。

 文政権は国内の対立をあおっている。朝鮮戦争で国を救った英雄ペク・ソンヨップ将軍を、戦友の眠るソウルの顕忠院に埋葬させない冷たい仕打ちは、それを象徴するような話だ。また反対に、セクハラ加害者である故朴元淳ソウル市長の葬儀を、ソウル特別市葬として行う文政権の常識外れの温情。文政権の対応には、驚かされることばかりだ。

 韓国は、文政権支持者でなければ住みにくい国である。筆者は明らかに“反文”である。韓国に生まれなくて本当によかった――。私は心底、そう思っている。

 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

武藤正敏

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