韓国文大統領の「親北政策大失敗」を象徴するケソン爆破、元駐韓大使が解説

韓国文大統領の「親北政策大失敗」を象徴するケソン爆破、元駐韓大使が解説
6/17(水) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

● 北朝鮮の軍事行動は既定路線か

 6月16日午後、北朝鮮が開城(ケソン)にある南北共同連絡所を爆破した。

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 これは2018年の南北首脳会談の結果、南北融和の象徴として建てられたものであり、韓国の文在寅大統領が南北和平プロセスの代表的功績とするものだ。これを破壊するということは、韓国政府に対する打撃を最大化する目的があるとみるべきだろう。

 連絡事務所の破壊は南北関係の清算を意味することを覚悟しなければならない。文政権の南北政策にとって大きな痛手である。

 文大統領が北朝鮮の軍事行動を牽制するため直ちにすべきことは、米トランプ大統領との電話会談であり、米国が韓国の後ろに控えていることを北朝鮮に認識させること、また在韓米軍の駐留経費負担を増額させ、米韓の懸案だった本件を決着させることである。さらに挑発が続けば、合同演習の再開が必要である。ただ、親北政策を進めてきた文大統領に、その判断ができるか疑問である。

 今回分かったことは、北朝鮮の軍事的挑発が決してブラフでないということだ。

 今回の件に先立つ6月13日、北朝鮮は韓国を敵と規定したのに続き、軍事行動の可能性を示唆していた。金正恩・朝鮮労働党委員長の妹である金与正・党第一副部長は同日の談話で、「次回の敵対行動の行使権は我が軍総参謀部に与えるつもりだ」「我が軍隊も人民の怒りを和らげるために何かを決心して断行すると信じている」と述べていた。

 この発言は対南事業を総括する立場の与正氏のものであり、軍総参謀部としては無視できないだろう。しかもこの談話が北朝鮮人民の多くが目にする「労働新聞」に掲載されたことから、単なる脅しとは考えにくい。与正氏は談話の中で、「対南報復計画は、我々内部の国論として固まった」と述べており、軍事的行動は既定路線になりつつあることを示唆していた。

 与正氏は、北朝鮮軍がいつ行動に出るかを推察できるような発言はしなかったが、「南北共同連絡事務所が形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになるだろう」と警告した後、「その次の我々の行動」として「総参謀部」に言及したことから、最初の行動は南北共同連絡事務所の破壊であるとの見方が既にあった。

 与正氏は軍事行動をちらつかせるに当たって、韓国政府に向けて「脅迫用」だと勘違いするなとクギを刺していた。ただ、韓国の北朝鮮専門家の多くは「ビラは口実で、北朝鮮は最初から南北関係を破綻させ、朝鮮半島の緊張局面をつくり出そうという戦略的意図を持っている」と分析していた。

に対する軍事的警戒を強める措置を取るよう、統一戦線部などから意見があったことを明らかにした。

 ここで言う非武装化地帯とは、南西部の開城と南東部の金剛山一帯を指すとみられる。開城には03年、工業団地が造成される以前には複数の師団や砲兵旅団が配備されていた。そこに再び軍を駐留させる意図と分析されている。

 この他、軍事境界線(MDL)への侵入や地雷敷設、銃撃に出てくる可能性がある。実際、朴槿恵大統領時代の15年8月、北朝鮮軍がひそかに非武装地帯(DMZ)に操作路を埋設したことがあった。その際、韓国軍が自走砲を使用したことから北朝鮮が譲歩し、対話を申し入れてきたことがあった。

 また、西海(黄海)北方限界線(NLL)近くの海岸砲と艦砲を用いた射撃を再開したり、艦艇で北方限界線を越えるなどの挑発行動を取る可能性もある。あるいは、短距離ミサイルの発射実験を集中的に実施することも考えられる。長距離ミサイルや潜水艦発射型ミサイルの発射実験は、米国の報復を招く恐れがあり、北朝鮮としては第一の措置としては避けるのではないかと予想される。

 しかし、もし北朝鮮軍が軍事行動を取ったとしても、親北政策を推進し、中国や北朝鮮などの「レッドチーム」入りを模索してきた文在寅政権が軍事的な対応を取るとは考えられない。また金与正氏の発言の唐突さから、北朝鮮も覚悟の度合いが図りかねず、場合によっては危険な状況を惹起するかもしれない(詳細は拙著「文在寅の謀略――すべて見抜いた」をご参照いただきたい)。

 いずれにせよ、今後取るであろう北朝鮮の挑発行動は偶発的なものではなく、はっきりとした意図を持った行動であることを認識しておく必要がある。

● 北朝鮮の強硬姿勢の背景には韓国への不満が鬱積

 南北関係悪化の発端は、19年2月のハノイでの米朝首脳会談である。

 金正恩委員長としては、文大統領と3回の首脳会談を行い、信頼を築いたと判断。文大統領の言葉を信じ、その助言を踏まえて「核・経済並進路線」から「経済建設の総力集中路線」に旋回した。

 会談では、北西部寧辺施設の廃棄を決断し、交渉カードとしていたが、トランプ大統領はこれに満足せず、交渉を決裂させた。金正恩氏はベトナムまで勇んで行ったが、何一つ成果はなく帰国することになり、最高指導者としての国内での尊厳は大きく傷つけられた。

 この「ハノイの屈辱」に象徴されるこれまでの韓国の米朝仲介失敗を、今度はしっかりと問題視するというのが北朝鮮の姿勢だろう。米朝協議に乗り出しても実益を得られなかった責任を韓国に転嫁し、体制を引き締めようとする意図も含まれているだろう。

 一方で金与正・第一副部長の談話が出た13日、米トランプ大統領は米陸軍士官学校卒業式を訪れて、「遠い国の紛争解決は我々の義務ではない」と米国優先主義の立場を明らかにした。だが、それは必然だろう。トランプ政権は新型コロナ対策と全米各地に広がった反人種差別の対応を進めながら、11月の大統領選挙も戦わなくてはならない。北朝鮮の非核化交渉は後回しにせざるを得ない状況だ。

 北朝鮮には、韓国は米国を説得できず、対北朝鮮制裁決議の離脱もしないという不満を募らせているだろう。北朝鮮は韓国で行われた4月の総選挙まで情勢を見守っていたが、文政権が総選挙で大勝利を収めても、姿勢が変わらないのを見て、今回のような強硬な政策を実行する決断に至ったと推察できる。

● 北朝鮮の経済困難で住民の不満は最高潮に

 北朝鮮経済の困窮度合いは日ごとに増している。

 北朝鮮は、国際社会による経済制裁に苦しめられる中で、自力更生による経済立て直しを目指してきたが、遅々として進展していなかった。そうした中で発生したのが中国での新型コロナウイルス感染症の拡大である。

 北朝鮮ではぜい弱な医療体制から、新型コロナ感染症が流行すれば、医療崩壊を防ぐことは困難である。そこで北朝鮮は新型コロナ対策として、まず中国との国境を閉鎖し、人とモノの往来を停止すること、そして感染の疑いのある者を隔離する措置を取った。この結果、北朝鮮の貿易の9割を占める中国との貿易は今年8割以上が停止してしまった。それは直ちに、北朝鮮における食料や生活必需品、生産物資の枯渇につながった。

 北朝鮮では既に1000万人以上が食料不足に悩まされているといわれるが、今後さらに食料不足は深刻化するだろう。さらに悪いことに、今年秋の収穫は肥料や農薬の不足で激減する危険性がある。こうした事態は社会不安に直結する危険性がある。既に、北朝鮮国内では国民の不満が最高潮に達しているという報告がある。

● 北朝鮮住民の不満に有効に対処できない政府

 北朝鮮では先月、新型コロナの感染防止と、農村支援等の邪魔にならないよう、市場の営業時間を短縮する措置を取った。だがこれによって市場の閉鎖が相次ぎ、安全員(警察官)が市場の商人を取り締まる過程で、抗議活動が起きたという。

 北朝鮮で当局への抗議活動を行うことは命懸けである。以前は当局の取り締まりに従ってきた住民は、今では「どうやって食っていくのか」と反発するようになり、安全員などのわいろ要求や当局の定めた制度に対する不満を爆発させている。最近、当局は事態の深刻さに気付き、取り締まりを緩和せざるを得なくなっているという。
 
 6月7日に行われた朝鮮労働党中央委員会第7期第13回政治局会議で、平壌市民の生活における問題を解決するための重要問題が討議された。

 その背景にあるのは、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の時でさえ行われていた平壌市民に対する食料配給が、長期間にわたって止まっているという異常事態だ。市民はこれに強い不満を持ち、「第2の苦難の行軍ではないか」と口々に語っているそうだ。

 デイリーNKジャパンの高英起編集長によれば、北朝鮮で最も豊かな平壌でさえ、配給の停止によって米と山菜を混ぜて炊いたもので飢えをしのいでいる状況だという。この苦境に平壌市当局が打ち出した対策が、「口減らし」という荒業である。市民を平壌市から追放したり、区域ごと平壌市から外したりしているというのだ。

 生活苦は住民の不満を増大させ、最高指導者と現体制に対する不信につながる。こうした中、北朝鮮政府としては、体制を維持し内部結束を図るための措置が必要だった。北朝鮮住民にとって最も効果的なのが韓国に責任を転嫁し、韓国との緊張を高めることであったということだろう。

● 北朝鮮の怒りに対処できない韓国

 6月4日、金与正氏が韓国の脱北者団体によるビラ散布に対し、散布者を批判するばかりでなく、「主人(韓国政府)の責任を追及すべき時になった」とし、「開城工業地区の完全撤去につながるか、ただうるさいだけの北南共同連絡事務所の閉鎖か、あるかないかの北南軍事合意の破棄になるか」として韓国政府の覚悟を求め、「ビラの散布を阻止する法律を作成せよ」と強硬に要求した。

 これを受け韓国政府はビラ禁止法案の作成に取り掛かり、北朝鮮に追従する姿勢を鮮明にした。

 しかし、これ以降も北朝鮮の強硬姿勢はエスカレートし、9日には南北間のすべての通信を遮断し、「対南事業を対敵事業に転換する」と表明した。

 しかし、韓国政府は国家安保室(NSC)の招集もせず、青瓦台はコメントすら出さなかった。統一部も「南北間の通信ラインは意思疎通のため基本手段であり、南北間の合意に基づいて維持すべき」と述べるだけであった。

 韓国の政府与党はビラの散布を問題とするだけであり、北朝鮮当局が対韓政策を転換したことに気付いていないかのように、原則論に終始した。

 しかし、与正氏が13日の談話を通じ「軍事行動」まで示唆したことを受け、韓国のNSCは深夜になって初めて会合を開催した。その後、青瓦台と統一部、国防部は14日に一斉に北朝鮮に向け「南北軍事合意は順守すべきだ」との立場を表明した。ただし、北朝鮮の軍事行動に対する警告や、韓国を脅迫することへの糾弾などの明確なメッセージはなかった。

● 文政権の対北朝鮮政策は失敗

 韓国の北朝鮮専門家の多くは、与正氏が軍総参謀部に軍事力の行使権を付与したことは、韓国への軍事行動を指示・承認したものと受け止めている。国防部はこれを受け「我が軍はいかなる状況にも備え、堅固な軍事態勢を維持している」と発表している。

 これまで韓国軍は、南北軍事合意の破棄宣言や軍事通信ラインの遮断の威嚇には反応を示さなかったが、今回は事の重要性を認識したもののようである。

 だが、文政権と与党の親北朝鮮派は現実を認めたくないようだ。「共に民主党」などの与党系議員173人は、6.15南北宣言20周年である15日、「朝鮮半島の終戦を促す決議案」を発議するという。決議案は、韓国・北朝鮮および米国・中国の早急な終戦宣言実行、法的拘束力を持つ平和協定締結協議の開始、米朝間非核化交渉の成果を促す内容を骨子としている。

 文大統領は15日になり、やっと青瓦台の首席秘書官・補佐官会議で「南北が共に進まなければならない方向は明白だ。長期間の断絶や戦争の危機まで、厳しい状況を乗り越えてきた今の南北関係を止めてはならない」との一般論を述べたが、こうした厳しい状況に韓国がどう対処すべきかの道筋は示さなかった。

 北朝鮮の対韓姿勢が転換したとの現実を受け止め、これに対処する準備をしておかないと、北朝鮮から実際に挑発行為があった時に右往左往するだけだろう。韓国・文政権はこれまで、北朝鮮に対する融和政策を取り、レッドチームにすり寄ることで北朝鮮を取り込もうとしてきたが、抜本的な政策転換が必要な時を迎えたといえる。それはすなわち、文政権の対北朝鮮政策の失敗を意味し、文政権にとっては大きな痛手となるだろう。

 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

武藤正敏

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