まるで宗教国家だ 対外秘の最高綱領「10大原則」とは何か(2) 祖父と父を神にした金正恩
5/31(日) 17:17
平壌市内に建立された金日成、金正日の巨大銅像。個人崇拝が一族支配の力の源泉だ(写真:ロイター/アフロ)
さる4月後半、金正恩が長く姿を現さなかったため「健康異変説」が世界で広く報じられることになった。
異変説の根拠として挙げられたのが、4月15日の金日成の生誕日=「太陽節」に、毎年恒例になっている遺体を安置してある錦繍山太陽宮殿参拝をしなかったことであった。「太陽節」は北朝鮮では民族最大の祝日と位置付けられている。
金正恩は、習近平のように中国共産党内の闘争を勝ち抜いて最高権力者になったのではない。祖父金日成と父金正日の地位と権力、権威、カネを独占的に継承したのである。彼の統治パワ―の源泉は、今も、死んでこの世にいない金日成と金正日にある。
※金正恩の母・高ヨンヒは存在が現在も秘密に付されている。
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金日成、金正日の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を、金正恩が参拝するのは、先代たちの権威を必要不可欠としていることの証しだ。これまで一度も欠かさなかった「太陽節」の参拝に金正恩の姿がなかったのは「金正恩の金日成離れではないか」と、独り立ちを推理する意見が専門家の中から出た。なるほど可能性はあると思うが、参拝したくてもできない、何かのっぴきならない理由があったからだろう、というのが筆者の見立てだ。その根拠は「党の唯一的領導体系確立の10大原則」の条文だ。
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■まるで宗教国家 金日成と金正日を神聖化
後に全文を紹介するが、「党の唯一的領導体系確立の10大原則(新「10大原則」)には驚くほど宗教的色彩の濃い記述が続く。仮にも社会主義を標榜する国、党の最高綱領がこれでいいのか。まるで新興宗教の教祖に対して忠誠を求めるような内容である。具体的に見てみよう。
新「10大原則」の第2条は主文で、二人の首領について次のように書く。
「偉大な金日成同志と金正日同志を、我が党と人民の永遠の首領として、主体の太陽として高く仰ぎ奉らなければならない」
続く第2項の3には次のように書かれている。
「偉大な金日成同志と金正日同志が永生の姿でおられる錦繍山太陽宮殿を永遠の太陽の聖地として立派に造営し、決死保衛しなければならない」
金正恩が行かなかった錦繍山太陽宮殿は「太陽の聖地」なのである。
そして、第2条の4では次のように書く。
「『偉大な金日成同志と金正日同志は、永遠にわれわれと共におられる』という信念の標語を高く掲げ、常に首領様と将軍様の太陽の姿を心臓内に留めて生活し、闘争しなければならない」
遺体の安置場所を聖地、霊廟として命がけで守れ、死んだ二人は永遠に共にいることを信念とせよ、というのである。「北朝鮮には金日成と金正日の二神がいる」という評価が過剰ではないことが理解できるだろう。
連載の一回目 目論みは金一族支配の永続化だ 対外秘の最高綱領「10大原則」とは何か(1)
■金正恩のために作られた新最高綱領
最初の「10大原則」は、1974年4月に金正日が発表した「党の唯一思想体系確立の10大原則」(以下、旧「10大原則」)である。
旧「10大原則」が作られた1974年、金日成は62歳であり、為政者として絶頂期にあった。「10大原則」の中で金日成は、抗日革命闘争を勝利に導き、主体革命思想を創始し、唯一人の領導者たる首領と位置づけられていた。他方、金正日は「党中央」の呼称で旧「10大原則」の中に現れている。
「首領の領導の下、党中央の唯一的指導体系を確固として打ち立てなければならない」(原則10)とあるように、金正日は金日成のいわば「代理人」という位置づけである。この時から20年間、北朝鮮社会では、「偉大なる首領金日成同志」と「親愛なる指導者金正日同志」という二つのリーダーシップの混在期間が続く。
その20年間に金日成は徐々に神格化、象徴化が進み次第に非世俗的存在になっていった。そして実際の執務範囲と権限が「代理人」たる金正日に移行していったことはよく知られている。
1994年7月に金日成は死亡。北朝鮮の津々浦々に「首領様は永遠に我われと共におられる」という標語が刻まれた「永生塔」が建てられ、街頭の金日成の肖像画は、若き日の威厳ある写真から、微笑みをたたえる「太陽像」に置き換えられていった。金日成の遺体は防腐処理が施されて国民の参拝の対象となった。「金日成は死して神になった」と言うことができよう。
金日成―金正日時代に定められたこの旧「10大原則」を、新しい領導者金正恩に合わせて2013年6月に改定したものが新「10大原則」である。時代も、国内・国際環境も、激変しているにもかかわらず、北朝鮮は、ポスト金正日体制でも「首領絶対制」を維持することとし、新領導者として金正恩の位置づけを新「10大原則」によって確定させたのである。(敬称略、続く)
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■党の唯一的領導体系確立の10大原則 1~5条 ※金正恩は「党」として表されている。
1.全社会を金日成―金正日主義化するために、身を捧げて闘争しなければならない。
全社会を金日成―金正日主義化することは、我が党の最高の綱領であり、党の唯一的領導体系を打ち立てる事業の全的な目標である。
1) 偉大な金日成―金正日主義を我が党と革命の永遠の指導思想として、確固として身に付けていかなければならない。
2) 偉大な金日成同志が創建され、金日成同志と金正日同志が領導されてきた我が党と国家、軍隊を永遠に金日成、金正日同志の党と国家、軍隊として強化発展させていかなければならない。
3) 偉大な金日成同志が打ち立て、首領様と将軍様が輝かせた最も優れた我われの社会主義制度を揺ぎなく保衛し、堅固に発展させるため献身的に闘争しなければならない。
4) 主体思想の旗、自主の旗を高く掲げ、祖国統一と革命の全国的勝利のため、主体革命偉業の完成のために、積極的に闘争しなければならない。
5) 全世界での主体思想の勝利のために、最後まで闘わなければならない。
2. 偉大な金日成同志と金正日同志を、わが党と人民の永遠の首領として、主体の太陽として高く仰ぎ奉らなければならない。
偉大な金日成同志と金正日同志を、我が党と人民の永遠の首領として、主体の太陽として高く仰ぎ奉ることは、首領様の子孫、将軍様の戦士、弟子たちの最も崇高な義務であり、偉大な首領様と将軍様を永遠に高く仰ぎ奉ることによってこそ、金日成民族、金正日朝鮮の無窮の発展がある。
1) 偉大な金日成同志を我が革命の永遠の首領として、共和国の永遠の主席として、高く仰ぎ奉らなければならない。
2) 偉大な金正日同志を朝鮮労働党の永遠の総書記として、我が共和国の永遠の国防委員長として、高く仰ぎ奉らなければならない。
3) 偉大な金日成同志と金正日同志が永生の姿でおられる錦繍山太陽宮殿を永遠の太陽の聖地として立派に造営し、決死保衛しなければならない。
4) 「偉大な金日成同志と金正日同志は、永遠に我われと共におられる」という信念の標語を高く掲げ、常に首領様と将軍様の太陽の姿を心臓内に留めて生活し、闘争しなければならない。
5) 偉大な金日成同志と金正日同志が築き上げた不滅の革命業績を堅固に擁護固守し、ずっと輝かせていかなければならない。
3. 偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を絶対化し、決死擁衛(擁護)しなければならない。
偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を絶対化し、決死擁衛することは、我が革命の至上の要求であり、我が軍隊と人民の革命的意志である。
1) 偉大な金日成同志、金正日同志と我が党以外には、何人も知らないという、確固とした観点と立場を持たなければならない。
2) 偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威と偉大性を確固として擁護し、内外に広く宣伝しなければならない。
3) 偉大な金日成同志と金正日同志の権威、党の権威を毀損しようとするわずかな要素も絶対に融和黙過せず、非常事件として扱い、非妥協的に闘争して、全ての階級の敵の攻撃と非難から、首領様と将軍様の権威、党の権威をあらゆる方面で擁護しなければならない。
4) 白頭山絶世偉人たちの肖像画、石膏像、銅像、肖像徽章、映像を頂く作品と出版宣伝物、現地教示板とお言葉板、永生塔、党の基本スロ―ガンを丁重に扱い、徹底して保衛しなければならない。
5) 白頭山絶世偉人たちの偉大な革命歴史と、闘争の業績が刻まれた革命戦跡地と革命史跡地、革命史跡碑と標識碑、革命博物館と革命史跡館、金日成―金正日主義研究室を丁重に建立し、よく管理し、徹底して保衛しなければならない。
6) 偉大な金日成同志、金正日同志と党の領導業績が刻まれている単位(部門)を立派に作り、領導業績を輝かせるための事業をしっかり行わなければならない。
4. 偉大な金日成同志と金正日同志の革命思想と、その具現である党の路線と政策で徹底的に武装しなければならない。
偉大な金日成同志と金正日同志の革命思想と、その具現である党の路線と政策で徹底的に武装することは、真の金日成―金正日主義者になるための最も重要な要求であり、主体革命偉業、先軍革命偉業の勝利のための先決条件である。
1) 偉大な金日成―金正日主義を自らの骨肉に、確固不動な信念に作り上げなければならない。
2) 偉大な金日成同志の教示と、金正日同志のお言葉、党の路線と政策を、事業と生活における指針、信条とし、それを尺度として全てを計り、いつ、どこででもその要求どおりに思考、行動しなければならない。
3) 偉大な金日成同志と金正日同志の労作と党の文献、白頭山絶世偉人たちの革命歴史を体系的かつ全面的に深く研究、体得しなければならない。
4) 偉大な金日成―金正日主義で武装するための学習会、講演会をはじめとする集体学習に欠かさず誠実に参加し、学習を生活化、習性化し、学習を怠けたり妨害したりする現象に反対して積極的に闘争しなければならない。
5) 党の文献伝達浸透体系を徹底して築き上げ、党の思想と路線、方針を適時に正確に伝達浸透させなければならず、歪曲して伝達したり、自信の言葉で伝達したりすることがあってはならない。
6) 報告、討論、講演を行ったり、出版物に掲載する文章を書くときには、常に首領様の教示と将軍様のお言葉、党の文献を丁重に引用して、これをもとに内容を展開し、これに外れて語ったり、書いたりすることがあってはならない。
7) 党の方針と指示を個別の幹部の指示と厳格に区別し、個別幹部の指示に対しては、党の方針と指示に合っているかいないかを確かめ、原則的に対応し、個別幹部の発言内容を「結論」や「指示」として組織的に伝達したり、集体的に討議したりすることがあってはならない。
8) 我が党の革命思想、党の路線と政策に対して誹謗中傷したり、反対したりする反党的な行為については、一寸たりとも融和黙過してはならず、ブルジョア思想、事大主義思想をはじめとする全ての反党的、反革命的思想潮流に反対して厳しく闘争し、金日成―金正日主義の真理性と純潔性を徹底的に固守しなければならない。
5. 偉大な金日成同志と金正日同志の遺訓、党の路線と方針貫徹において、無条件性の原則を徹底して守らなければならない。
偉大な首領様と将軍様の遺訓、党の路線と方針を無条件に徹底して貫徹することは、党と首領に対する忠実性の基本要求であり、社会主義強盛国家建設の勝利のための決定的条件である。
1) 偉大な首領様と将軍様の遺訓、党の路線と方針、指示を、まさに法として至上の命令として捉え、些細な理由と口実を許さず無限の献身性と犠牲性を発揮して、無条件に徹底して貫徹しなければならない。
2) 偉大な首領様と将軍様の遺訓、党の路線と方針、指示を貫徹するための自発的な意見を10分に提起し、いったん首領が結論を下した問題については、少しのずれもなく適時に正確に執行しなければならない。
3) 党の路線と方針、支持を即時に受け入れ、執行対策を立て、組織政治事業を組み立て、すぐに執行し報告する決死貫徹の気風を打ち立てなければならない。
4) 党の路線と方針、指示執行定型(方法)を正しく総和(総括)し、再確認する事業を絶えず深化させ、党の路線と方針、指示を中途で止めることなく最後まで貫徹なければならない。
5) 党の文献と方針、指示を言葉だけで受け入れ執行を怠る現象、党政策の執行にあたり、無責任で主体らしからぬ態度、要領主義、保身主義、敗北主義をはじめとするあらゆる不健全な現象に反対し、積極的に闘争しなければならない。(訳アジアプレス 続く)
1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。
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