「複利を10歳で学ぶ米国」と周回遅れの日本の差

「複利を10歳で学ぶ米国」と周回遅れの日本の差

老後資金2000万円問題があってから、お金について危機感を持つようになった人もいるでしょう。しかし日本では、お金について体系的に学んだ記憶がある人はあまりいないと思います。投資に必要以上に腰が引けてしまったり、怪しい話に乗って思わぬところで損をしたりするのは、マネー教育が不足していることにも原因があるでしょう。
では、海外ではどのようなマネー教育が行われているのでしょうか?  横浜国立大学名誉教授である西村隆男氏の著書『経済的自由への道は、世界のお金の授業が教えてくれる』から、一部を抜粋・再構成してお伝えします。

■高校でマネー教育を行う州は、18年間で倍以上に

 アメリカのマネー教育は、どのくらい進んでいるのでしょうか。アメリカは「実学」を重視することでよく知られていて、お金についても子どものころから「すぐに使える知識」を中心に教えています。

 例えば、40年前にアメリカの高校に視察に行ったとき、高校生が小切手の切り方を実習していました。当時のアメリカでは、通信販売の決済に小切手を郵送することがよくあり、店頭での買い物にも使われていました。

 授業では、小切手に金額を書くときは“$10”と数字で書くのではなく、”Ten dollars”と文字で書きなさいと指導していました。1を7に書き換えるなど、受け取った人の偽造を防ぐためです。アメリカでは、40年も前から高校でマネー教育が行われていたことになります。

 さらに、アメリカのマネー教育は過去20年間で目覚ましい発展を遂げています。2018年のCEE(経済教育協議会)の調査によると、個人のマネー管理について教える「パーソナルファイナンス」を高校で必修とする州は、2000年から2018年の18年間で7州から17州に増えています。しかし、まだ全米の半分に満たないことや、近年では伸び悩んでいることから、さらに推進していく必要があるとされています。

 アメリカの民間団体「JumpStart」は、幼児期から高校卒業までに身につけるべきお金の知識を『教育基準(ナショナルスタンダード)』としてまとめており、アメリカでは多くの学校がこれを採用しています。少し内容を見てみましょう。

 『ナショナルスタンダード』(2017年、第4版)によると、マネーリテラシーは「支出と貯蓄」「クレジットと負債」「勤労と所得」「投資」「リスクと保険」「金融上の意思決定」の6つの領域に分けられます。

 「投資」の領域では、高校卒業までに「富を築き、ファイナンシャルゴールを達成するにはどうすればよいか説明できる」ことを1つのゴールとしています。

 驚くべきことに、そのプロセスとして、10歳相当で「投資をする理由を説明しよう」「単利で得られる利益を計算しよう」「複利で得られる利益を計算しよう」「単利よりも複利のほうがリターンが多く、有利である理由を説明しよう」といった内容を学ぶとされています。日本の小学4年生の子どもが、複利計算を理解しているでしょうか? 

 さらには、18歳相当で学ぶ項目に「投資を遅らせたときの退職後の結果と、早くから投資したときの利得を比較しよう」とあります。確定拠出年金を多くの企業が導入している現実からすれば、日本の高校生も考えておくべきテーマかもしれません。

■北欧の「生きる力」としてのマネー教育

 北欧についても紹介しましょう。北欧諸国の教育は、自立して生きる力を育むことに主眼が置かれています。そのため、幼児期にはものづくりやお金の扱い方を、小学校ではアントレプレナーシップ(起業家精神)を教えます。手作りの作品(商品)をつくり、お店を開いてそれを販売する方法を学ぶといったことです。

 これはマネー教育であり、キャリア教育でもあります。学校を出た後、自ら生活の基盤をつくって生きていけるようにするための教育です。

 消費者教育にも力を入れています。デンマークやエストニアを含めた北欧近隣諸国では、1990年代から消費者教育のガイドライン(「消費者コンピテンスの指導」)を閣僚レベルで作成し、推進してきました。市民が消費者として、市場で主体的に選択できることを目指すものです。

 2016年、私はスウェーデンのある町の消費者相談室を訪問しました。日本で「消費者相談」といえば、商品やサービスを購入したときのトラブルについて相談するところというイメージがあります。

 しかし、その消費者相談室では相談の過半数は家計に関する相談、とくに債務相談だという実情を伺いました。一般的な家計相談に乗るのは、消費者相談室の正規の業務だそうです。本気で市民の家計管理能力を向上させようとしているのでしょう。

 日本人のマネーリテラシーは、どの程度なのでしょうか。

 今から15年前の2005年が、「金融教育元年」と言われていたのをご存じでしょうか。当時、「銀行は潰れない」「銀行に預けておけば安心」という神話を信じていた多くの国民にお金の知識を身に付けてもらうべく、日本政府はマネー教育を広めようとしていました。もちろんその裏には、金融市場を活性化する狙いもあったのですが。

 しかし、2016年に初めて全国で実施された金融リテラシー調査で、国民のお金に関する理解度が依然として低いことがわかりました。とくに家計管理分野において、クレジットカードに関する正誤問題の正答率は5割を割り込む結果でした。

 「緊急時に備えた生活費を確保しているか?」という設問には、「確保している」と回答した人は55%にとどまり、半数近くの人が「備えがない」か「わからない」と答えました。

■ファイナンスには3つの種類

 お金の学問であるファイナンスには主に3つの種類があります。国の財政を扱う「パブリックファイナンス」、企業の財務を扱う「コーポレートファイナンス」、個人のマネー管理を扱う「パーソナルファイナンス」です。

 3つのなかで最も身近なはずなのに、「パーソナルファイナンス」という学問があること自体、日本人にはあまり知られていません。一部の大学生やファイナンシャルプランナーが勉強する学問という位置づけです。

 子どものころからパーソナルファイナンスを段階的に学ばせているアメリカ、起業家教育の一環として教えている北欧のように、すでに海外ではマネー教育を必須のものとして扱っています。「人生100年時代」といわれる今、日本でも人々のマネーリテラシーの向上は急務と言わざるをえません。

西村 隆男 :横浜国立大学名誉教授、経済学博士

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