米国のハリス駐韓大使の母親は日本人――こんな人種差別的バッシングをした結果、米韓関係は再び悪化してしまった
韓国で米国のハリス駐韓大使へのバッシングが強まっている。大使の母親が日本人であることまで問題視しているが、これでは人種差別丸出しである。昨年のGSOMIA騒動に続いて、ますます国際社会での韓国の立場は悪化している。(国際関係アナリスト 北野幸伯)
● 止まらない 韓国の自爆
文在寅政権は昨年8月、米国の制止を無視する形で、「日韓GSOMIA破棄」を宣言した。しかし、同年11月、結局米国の圧力に屈して「GSOMIA延長」を決めた。ところが、これで米韓関係が修復されたわけではない。今度は韓国で、米国のハリス在韓大使へのバッシングが強まっているのだ。
きっかけは、ハリス大使が韓国と北朝鮮の関係改善策に反対したことにある。しかし韓国は、大使の母親が「日本人であること」まで問題視している。これまで「被害者ポジション」をとり、欧米を味方にすることで日本バッシングを続けてきた韓国。今度は、「人種差別の加害者」になることで「四面楚歌」状態になっている。
この件で、日本は韓国に対して、非常に有利な立場になったといえる。何しろ、国際社会が韓国の味方をしなくなるのだから。しかし、これはあくまでも敵失による「棚ボタ」の幸運である。昨年夏、日本政府は対韓国戦略を大きく間違い、非常に悪い立場にあった。経緯を振り返ってみよう。
日本政府は昨年7月4日、韓国への半導体材料の輸出管理強化措置を発動した。続いて8月28日、韓国を「ホワイト国」から除外した。この頃、大部分の日本国民は「高揚感」につつまれていた。「慰安婦問題蒸し返し」「レーダー照射事件」「徴用工問題」などで、韓国に激怒していたからだ。
しかし、実をいうと、当時韓国は情報戦で日本に勝っていた。欧米メディアは「歴史問題を反省しない日本が、哀れな韓国をまたいじめている」というトーンで報じていたのだ。
1つ例を挙げておこう。産経新聞の古森義久氏は昨夏、ニューヨーク・タイムズが、あまりに韓国寄りなので憤っていた。
<日韓対立で米紙酷い偏向報道 Japan In-depth 8/9(金) 11:03配信 古森義久(産経新聞) アメリカの大手紙ニューヨーク・タイムズが8月5日付に現在の日韓対立についての長文の記事を掲載した。その内容は日韓両国のいまの対立が日本の朝鮮半島統治時代の虐待やまだその謝罪をすませていないことが原因だと述べ、韓国側の日韓条約無視の賠償請求という文在寅政権の無法な行動にはほとんど触れていなかった。>(太字筆者、以下同じ)
<しかも同記事は慰安婦をなお「性的奴隷」と繰り返し断定し、日本側による韓国人の戦時労働も日本側が責任をとっていないという趣旨を書いている。そのうえでいまの日韓対立はトランプ大統領や安倍晋三首相にそもそもの責任があるとして、日米両政権への批判をにじませていた。>(同上)
● 日本政府のミスが原因で 情報戦では負けていた
ニューヨーク・タイムズは、日本側の主張を無視し、韓国側の主張をそのまま載せている。そして、同紙は例外ではない。ワシントン・ポストもナショナル・インタレストも、「歴史問題」が半導体材料の輸出管理強化やホワイト国除外の理由であるという点では一致していた。
なぜ、そのような話になったのか?
原因は日本政府のミスである。政府高官たちは当初、「徴用工問題への対抗措置として、半導体材料の輸出規制を強化する」と公言していた。すべてのマスコミがそう報道し、全国民が「今回の措置は、徴用工問題への報復措置だ」と理解していた。
「徴用工問題」は、「歴史問題」の1つだから、日本政府は「歴史問題を貿易圧力で解決しようとした」ことになる。これは、国際社会では「通用しないロジック」である。「徴用工問題」と「輸出管理強化」は、本来なんの関係もないのだから。
後に、日本政府もロジックの矛盾に気づき、「今回の措置は徴用工問題とは関係ない。安全保障上の措置だ」などと発言を変えた。しかし、「時すでに遅し」である。
欧米メディアは、「日本は徴用工問題(=歴史問題)で韓国いじめをしている」と認識した。そして彼らは、1965年の日韓請求権協定のことなど知らないし、日本政府も説明しない。それで、欧米メディアは「歴史問題を反省しない日本が、かわいそうな韓国をまたいじめている」というロジックになったのだ。このように、昨年8月の段階で、日本は情報戦で負けていた。
● 「神風」としての 「日韓GSOMIA破棄」宣言
ところが、劣勢の日本に「神風」が吹いた。8月22日、文政権が「日韓GSOMIAを破棄する」と宣言したのだ。重要な点は、米国務省と米国防総省が、これに反対していたことだ。
<エスパー長官が9日、「韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)維持が韓米日協力に重要」という趣旨の言及も行っていたことが判明したのに伴い、外交関係者の間からは「韓国政府は今後、GSOMIA破棄に慎重な立場を示すだろう」という見方が浮上した。>(朝鮮日報 2019年8月10日)
ところが文在寅は、米国の制止を無視して、破棄すると宣言してしまった。これで、米韓関係は一気に悪化した。
この時まで米国政府は、日韓対立に中立の立場を貫いてきた。しかし、これで米国政府は、はっきりと「親日反韓」になり、米メディアからも韓国に同情的な論調は消えていった。
日韓GSOMIA破棄宣言は、日本にとって「神風」、文在寅にとっては「自爆行為」だったのだ。
結局韓国は11月22日、米国の圧力に屈してGSOMIA延長を決めた。しかし、破棄を宣言した8月から、延長を決めた11月までの間で、米韓関係はひどく悪化した。
● 中国・北朝鮮とも関係悪化 四面楚歌の韓国
ところで、韓国の日韓GSOMIA破棄宣言を大歓迎した国が2つある。
まずは北朝鮮。実際北朝鮮は、韓国にGSOMIA破棄を要求していた。
<北朝鮮の対南宣伝サイト「わが民族同士」は28日の論評で、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を韓国に要求した。北朝鮮は、歴史問題が通商摩擦に拡大した日韓の関係悪化を日米韓の軍事協力弱体化の好機とみて、引き続き協定破棄を文在寅政権に要求するとみられる。>(日本経済新聞 2019年7月28日)
もう一国は、中国だ。北朝鮮だけでなく、中国もGSOMIA破棄を韓国に要求していた可能性がある。
<韓国は今年8月22日、GSOMIA破棄を決定した。日本が対韓輸出管理を厳格化したことを理由にしているが、正確ではない。GSOMIAは、米国の主導のもと、日韓で北朝鮮だけでなく、中国の軍事情報も共有する協定であるため、北朝鮮に加えて、中国も破棄を求めていたとされる。決定直前の同月20日には、北京で中韓外相会談が行われている。>(夕刊フジ 2019年12月5日)
確かに、韓国はGSOMIA破棄宣言で、米国との関係を破壊した。しかし一方で、中国、北朝鮮との関係を改善させたのだ。
だが、問題はここからだ。韓国は11月、結局GSOMIA延長を決めた。これで、中国、北朝鮮との関係は、再び悪化した。
<中国の王毅国務委員兼外相が4日、韓国を訪問した。中国は「韓国のレッドチーム入り宣言」といえる、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄に賛同していたとされるが、文在寅(ムン・ジェイン)政権は当面維持すると発表した。中国にとっては、事実上の「裏切り」であり、韓国メディアは「(王氏が)『警告状』持参で来韓」などと、おびえるように報じている。>(同上)
昨年8月から11月までに何が起こったのか? 韓国は、GSOMIA宣言で米韓関係を破壊したが、中朝との関係を改善させた。しかし11月のGSOMIA延長宣言で、今度は中朝との関係も破壊した。
一時は最悪になった米韓関係だが、昨年11月のGSOMIA延長宣言で、とりあえずリセットされた。文在寅が賢明な政治家なら、これをきっかけに、米韓関係改善に取り組むはずだろう。しかし、文政権は、関係をさらに破壊する行動をとり始めたのだ。
● 自爆行為を 繰り返す文政権
それが、米国のハリス大使バッシングだ。
ハリス大使は1956年、横須賀で生まれた。父は米海軍兵で、母は神戸出身の日本女性オオノ・フミコ。米海軍史上、アジア系で初めて大将まで上り詰めた人物として知られている。2018年7月から、駐韓大使を務めている。
文在寅は年初から、悪化した北朝鮮との関係を改善させるために動いた。彼は1月14日、北朝鮮への個別観光を推進する意向を示したのだ。これに対し、ハリス大使は1月16日、「米国との協議」を要求。韓国側は「内政干渉だ!」と反発した。
この件では、ハリス大使の要求は極めて真っ当だろう。国連は、北朝鮮が「完全非核化」に向かうよう、厳しい経済制裁を科している。そんな中で、韓国から北朝鮮に観光客が大挙して金を落とせば、北朝鮮経済は潤う。金王朝は延命し、完全非核化を決意する必要はなくなる。
北朝鮮の核兵器は「国際問題」であり、よって北への「経済支援」ともいえる「個別観光推進」は、韓国の「内政問題」ではありえない。
ところが、韓国側のリアクションは、感情的かつ非論理的で、人種差別的ですらあった。李正宣氏は、1月22日掲載のJBpressで、韓国の異常な反応について、以下のように書いている。
<ハリス大使および米国批判が高まった背景として、米国をはじめとする外国メディアは「韓国には、ハリス大使の母親が日本人であることを問題視する世論がある」と分析する。実際、韓国の「進歩系」と分類される議員たちがハリス大使の日系血統を問題視しているのだ。>
<鄭在浩(チョン・ジェホ)共に民主党議員も、Facebookで「ハリス大使は1956年、日本で生まれた。母親が日本人だ。すなわち日系米国人だ」と強調している。いずれも、「ハリス大使は日本人とのハーフだから、日本政府の意を呈して文在寅政権を妨害しようとしているのだ」といったレベルの、根拠なき主張だ。>(同上)
<ハリス大使の今回の発言以来、文政権を支持する進歩系団体は連日のように反米集会を開催している。「朝鮮日報」によると、これらの団体は「21世紀の朝鮮総督、ハリー・ハリスを糾弾する」という声明文を出し、「(ハリスは)追放されたくなかったら、口をつぐんで過ごすのがいいだろう」などと叫びながら、ソウルの在韓米国大使館付近で毎日、朝と夕に反米集会を開催しているという。>(同上)
● ハリス大使バッシングは 韓国にとって「破滅的」
韓国のハリス大使バッシングは、2つの意味で「破滅的」だ。
1つは、韓国の「対日戦略」が崩壊すること。これまで、韓国の対日戦略は、「被害者の立場を強調することで米国を味方につけ、米韓で日本を叩く」というものだった。そして、かなり成功を収めていた。
たとえば、安倍首相が2013年12月26日に靖国を参拝した際、米国は、中韓と一緒になってこれを強く非難した。
ところが、韓国が今叩いているのは、日系ではあっても米国大使だ。だから、韓国は、大使を叩くことで米国にケンカを売っている。韓国はこれから「米国を味方につけて、日本を叩こう」としても、うまくいかなくなるだろう。
2つ目は、人種差別することで、韓国は「被害者ポジション」にいられなくなること。逆に「加害者ポジション」に立ってしまう。
米国のリベラル層は、「慰安婦問題」「徴用工問題」などで、常に韓国側に立っていた。理由は「かわいそうだから」だろう。しかし、韓国政府は今、人種差別的発言を規制しないどころか、あおってすらいる。これでは、米国リベラルも、韓国を守ることができなくなるだろう。
このように、文政権は自爆を繰り返すことで、自滅への道を驀進している。
筆者は、日本政府の対韓政策が常に正しいとは思わない。しかし、文在寅の愚かな言動により、日本は、「何もしなくてもいい」有利なポジションについた。後は、余計な妥協をせず、韓国が「徴用工問題」で譲歩するまで、静観すればいいだろう。
この現状が何年続いても、日本は困らない。
北野幸伯
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