香港「国家安全法」に抗議、日本が対中国外交で「一線を越えた日」

香港「国家安全法」に抗議、日本が対中国外交で「一線を越えた日」
6/25(木) 8:01配信

 日本の外務省が「香港に関するG7外相声明」という報道発表を行ったのは6月18日午前3時57分だった。中国共産党・政府が導入を決めた「香港国家安全法制」に対し「我々はこの決定を再考するよう強く求める」と明記していた。

 米政府もその直前に同声明を発表。日本時間同日午前4時からはハワイで、ポンペオ米国務長官と、中国外交を統括する楊潔篪共産党政治局員の会談がまさに始まろうとするタイミングだった。

 今回のG7声明は、G7議長国・米国と「リードしたい」(安倍首相)とアピールした日本による共同作業の意味合いが強いものだ。今回の香港問題で日本の対中政策は「一線」を越えたと言えよう。

 この日(18日)、北京では全国人民代表大会(全人代)常務委員会が始まり、香港での反体制活動を取り締まるための「国家安全法」の審議入りが予想された。

 G7声明は、「我々は、この行動が法の支配や独立した司法システムの存在により保護される全ての人民の基本的権利や自由を抑制し、脅かすことになると著しい懸念を有する」と強い文言が並んだ。

 対中国・香港政策で独仏と米国の間に温度差がある中、10日に安倍首相自らがG7声明に向けて「日本がリードしていきたい」と語ると、中国政府は苛立ちを強めた。華春瑩外務省報道局長は同日の記者会見で「重大な懸念を表明した」と述べ、日本政府に抗議したと明らかにした。

「天安門直後」に似ている
 米中の激しい対立と、中国の対日接近。現在の日米中関係は、1989年6月の天安門事件直後と似ているとよく指摘される。

 民主化運動を武力弾圧した中国に対して、西側民主国家は制裁を強化し、中国は国際的孤立に陥った。同年7月中旬にはフランス・アルシュで先進7カ国(G7)サミットが開催されたが、当時、日本政府のシェルパを務めた外務審議官(経済)の國廣道彦氏(故人)は手記でこう回顧した。

 「中国を国際的に孤立させてしまうのはわが国の国益には合わないという考え方を決めていた」。

 当時の外務審議官(政務)の栗山尚一氏(故人)も、筆者のインタビューに「追い詰めれば追い詰めるほど中国は内にこもって反西側になる。そういうアプローチを行うべきでない、という日本の主張はある意味で正しかった」と振り返った。

 しかし日本政府の姿勢は、欧米から見れば、軍による市民弾圧という人権問題より「国益」を優先したように映り、日本はG7で孤立し「6対1」の状況に陥った。

 それでも日本政府はその後、いち早く、天安門事件で供与を見合わせた円借款の凍結解除を決定し、91年8月には海部俊樹首相が訪中。翌年10月には中国政府の強い要請を受け、天皇、皇后両陛下の訪中まで実現した。

 当時、中国外交を統括した銭其琛元副首相が、日本を「西側諸国による対中制裁の共同戦線の中での弱点」とみなし、国際的孤立から抜け出すため日本を「突破口」にした外交を展開したことを回顧録で暴露したことは有名な話だ。

外務次官、異例の大使召致
 日本の外務省では現在、30年前の対中外交を「苦々しい歴史だ」と唇をかむ外交官が少なからず存在する。

 当時、日本政府は中国を孤立させず、改革・開放を後押しすれば、いずれ民主化すると信じた。確かに経済成長は遂げたが、政治的には民主化とは逆の方向を進んだ。求心力を失った共産主義に代わり、ナショナリズムを高め、その結果として強まった大国意識は、歴史・尖閣問題で日本を「標的」にした。

 中国外交の巧妙な点は、国際社会に「いずれ政治改革を進めるぞ」と、根拠のない淡い期待を抱かせながら、支援と協力を引き出したことだ。しかし2012年に習近平総書記(国家主席)が登場し、「淡い期待」すら消え去った。

 日本政府の中国外交は中国の対日方針を基に、「強」(強硬姿勢)と「弱」(対中配慮)のバランスの中で揺れ動く。

 新型コロナウイルス感染拡大で4月上旬の予定が延期になったとはいえ、「習近平国家主席の国賓来日」という大イベントを調整している中、香港問題をめぐる今回の日本政府の対応は、30年と比べてかなり踏み込んだものだった。

 筆者が驚いたのは、全人代が香港に国家安全法制を導入する方針を決定した5月28日、秋葉剛男外務事務次官が、中国の孔鉉佑駐日大使を外務省に召致したことだ。

 秋葉氏は、全人代での香港に関する議決が「国際社会や香港市民が強く懸念する中でなされたこと」に「深い憂慮」を表明した。

 G7の中で中国大使を呼び、申し入れを行ったのは日本だけだという。

 これまで日中関係の懸案などに関して外務次官が中国大使を呼んで懸念を伝えることはたびたびあった。

 しかし今回は、1)全人代で決まった「内政問題」だと中国側からの強い反論が確実に予想されたこと、2)日本政府がこれまで重視したとは言えない「人権問題」の側面が強いこと、という点から異例であり、「強い対中メッセージが込められた」(日本外交筋)と言えよう。

理解得られない習近平「国賓来日」
 習主席の国賓訪日をめぐっては、早くから自民党対中強硬派などの中で反対・慎重論が強かった。しかし官邸や外務省はあえて、習という類い希な強権指導者に、日中間の懸案を直接提起する機会をつくることで、1)尖閣諸島、南シナ海などの海洋・安保問題、2)邦人拘束問題、3)日本産食品に対する輸入規制、4)ウイグル・香港問題、などの解決を迫る戦略を取った。

 新型コロナ感染拡大の中、いち早く感染拡大から抜け出した中国は、世界が対応に追われる状況を「好機」であるかのように、尖閣や南シナ海などで強硬姿勢を誇示するようになった。

 さらに、中国共産党が、香港の「自由」を保障した「1国2制度」を骨抜きにしようとする香港国家安全法制制定の動きが突然、表面化した。日本政府もこれで、習主席の国賓訪日をもはや「白紙」にせざるを得なくなった。もはや、多くの日本国民の理解が得られるような状況ではないからだ。

 全人代決定を受けて5月28日、米英豪加の4カ国が中国批判の共同声明を発表したが、その後、「日本政府も参加を打診されたが、拒否していた」と一部報道があった。

 これに対してネット上で日本政府の対応を批判する声が一斉に上がり、サッカー元日本代表の本田圭佑氏も6月7日、ツイッターで「中国批判声明に日本は参加拒否って何してるん! 香港の民主化を犠牲にしてまで拒否する理由を聞くまで納得できひん」と投稿した。

 8日に菅義偉官房長官が記者会見で「米英をはじめとする関係国はわが国の対応を評価しており、失望の声が伝えられるという事実は全くない」と報道に反論。本田氏も「政府の皆さん、すいません」とツイートしたが、真相はどうなのか。

 日本が4カ国声明に加わらなかったのは、既に「G7声明」を検討していたことや、「G7」の結束が乱れるという考えもあったが、「時差」の問題が大きかったようだ。

 全人代での採択は日本時間5月28日午後4時10分前後。ちょうど菅官房長官の記者会見が始まる時間で、事務方は記者会見場で菅氏にメモを渡し、同氏は最初の記者の質問で香港情勢を問われ、「深い憂慮」と懸念を示した談話を読み上げた。

 同時に秋葉次官は孔鉉佑大使を外務省に呼んだ。全人代採択を受け、日本は世界で最初に対中メッセージを出したが、それは狙い通りだったとも言えた。

 一方、4カ国声明は同日夜の発表であり、日本独自で既に声明を出していたため、加わらなかったというのだ。

 少し余談になるが、国際社会の一致団結を示す「外交声明」の場合、時差要因は大きな問題となる。再び天安門事件時の日本政府の苦い反省を紹介したい。

 人民解放軍による天安門広場制圧は89年6月4日未明。北京と東京の時差は1時間。当時の阿南惟茂・外務省中国課長が午前3時頃、日本政府談話を書き上げ、村田良平外務事務次官が決裁するのを待っている間、昼間の米国では、ベーカー国務長官が憂慮の意を表し、ブッシュ大統領も緊急非難声明を発表し、米CNNテレビがそれを世界に流した。天安門事件を「中国の内政問題」と認識した日本政府に対し、米国など国際社会は「人権という普遍的問題」ととらえ、しかも日本として迅速に意思表示できなかった。

 そういう面で日本政府は、今回の香港問題でスピード面でも独自のメッセージが出せたと言えるだろう。

「香港が香港であること」は日本の国益
 6月9日、衆院第1議員会館。香港で「逃亡犯条例」改正案に反対する「100万人」デモが起きてちょうど1年のこの日、「香港問題から国際的連帯を考える」というセミナーが開かれ、超党派の国会議員20人近くを含め約100人が出席したほか、セミナーに出席した長島昭久、山尾志桜里両衆院議員らの呼び掛けで、香港国家安全法制に反対する署名活動に100人以上の国会議員が賛同した。

 「今まで黙ってきた日本の政界がここまで応援してくれるとは思わなかった」と、日本の政治家の変化に驚きの声を上げたのは、オンラインで参加した香港民主派区議、葉錦龍氏だ。同じく参加した香港の民主活動家、周庭さんも、「日本で興味を持ってくれる人が増えた」と話した。

 これに対し、長島氏は、「実は日本の国会議員は700人以上いて、そのうちのたった100人かという思いがある」と漏らす一方で、「ツイッターで署名を集めているとツイートするとものすごい反応がある。何千人の人から『いいね』が入る」と明かし、日本国内で香港問題での関心が高まっていると手応えを感じている。

 山尾氏は、日本の政治家の間では「(習)主席の来日、(中国から)観光客がたくさん来るという目の前にある安定、利益、経済が頭の片隅にあり、それを理由に黙ってしまう。しかし黙っていたら物事は悪くなる。今声を上げないと」と訴えた。その上で香港の問題にも国会主導で向き合える仕組みが必要だと述べた。

 日本語が堪能な葉、周の両氏が訴えたのは、国家安全法制の導入で、香港の「自由」が著しく損なわれれば、香港人だけでなく、日本人、日本企業の活動にも大きな影響が出るという点だ。しかし、2人の発言は、6月20日に全人代常務委が「香港国家安全維持法」の概要を公表すると、現実のものとして日本にのし掛かることになった。

 同法には、香港に中国中央政府が新たに「国家安全維持公署」を設置したり、香港行政長官がトップの「国家安全維持委員会」に中央から「顧問」が派遣されたり、香港の治安維持は「北京」が実権を握ることが規定されたが、香港で何より衝撃を与えたのは「香港の他の法律と矛盾する場合には、香港国家安全維持法が優先される」と明記されたことだ。

 香港では中国への返還後も「1国2制度」の下、英国統治時代からのコモン・ローが法制度面で維持され、海外企業にとって自由なビジネスが展開できる環境が整っている。

 しかし国家安全維持法があらゆる法律に優先されれば、司法の独立は大きく崩れるとともに、中国共産党の意向が重視され、人権や言論の自由がないがしろにされる懸念は強い。国際金融センターとしての地位は揺らぐ。

 香港が直面している今の問題は、日本の「国益」にも関わる問題である。日本の政府や企業、日本人にとって、「香港が香港であるために闘う」という周庭さんの決意は、もっと重みを持っていいはずだろう。

城山 英巳(時事通信社外信部記者)

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