戦略性を失った習近平「四面楚歌」外交の末路
7/18(土) 18:05配信
ニューズウィーク日本版
<アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリア、インドそして日本……なぜ中国は同時にいくつもの国といざこざを起こすのか。計算もしたたかさもない習近平の「気まぐれ外交」は負のスパイラルに陥っている>
国境での衝突に抗議するため習近平のポスターを燃やすインドの人々(6月22日、ニューデリー) Adnan Abidi-REUTERS
中国にとって、2020年の国際環境はまさしく「最悪」というべきであろう。【石平】
まず、中国にとって最重要な2国間関係である米中関係は今、1979年の国交樹立以来、最悪の状態にある。特に7月に入ってから、米政府は南シナ海に対する中国の領有権主張と軍事的拡張を「違法行為」だと断罪し、「ウイグル人権法案」を根拠に陳全国・共産党政治局員ら高官に対する制裁を発動し、国家安全維持法が施行された香港への優遇措置を廃止し、台湾への新たな武器売却を承認……と、外交・軍事両面における「中国叩き」「中国潰し」に余念がない。
その一方、経済でも米政府は中国製品に対する莫大な制裁関税を継続し、米企業の中国からの移転をうながしつつ、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)への封じ込めに一層力を入れている。そして、トランプ大統領は6月18日、「中国との完全なデカップリング(切り離し)」に言及した。
こうした厳しい現状を中国側も当然認識している。7月3日、人民日報系の環球時報は中国共産党中央委員会対外連絡部の周力・元副部長の論文を掲載したが、「外部環境の悪化」をテーマとするこの論文は冒頭から米中関係の「劇的悪化」取り上げ、「米中間の闘争の全面的エスカレートに備えよう」と呼びかけている。公職から退いたとはいえ、共産党元高官が「闘争」という言葉まで持ち出して米中関係を論じるのはまさに異例だ。
アメリカの隣国であるカナダとの関係も全く良くない。6月19日、中国が2人のカナダ人をスパイ罪で起訴すると、カナダ政府はそれを「恣意的」だと批判。トルドー首相は「非常に失望している」と述べ、6月26日にファーウェイ幹部でカナダ当局に拘束されている孟晩舟とこの2人のカナダ人との交換を拒否した。この問題をめぐって、中国とカナダとの確執は今後も続くだろう。
もう一つの英連邦国家であるオーストラリアとの関係も悪くなる一方である。本来、オーストラリアは中国と良好な関係にあった。だが今年4月、オーストラリアのモリソン首相が国際社会に新型コロナウイルスの発生源に関する独立した調査を訴えると、それが中国の逆鱗に触れた。中国は5月以降、豪州産の大麦の輸入に法外な制裁関税をかけたり、オーストラリア旅行の自粛を中国人に呼びかけるなど陰湿な手段を使っての「豪州いじめ」を始めた。
これで中豪関係は一気に冷え込んだが、6月末に中国が香港国家安全維持法を強引に成立させると、オーストラリア政府は香港との犯罪人引渡し条約を停止。中国側のさらなる強い反発を招いた。オーストラリア政府は最近、中国の一層の反発を覚悟の上で、香港からの移民受け入れの検討に入ったという。
<いろいろな人といざこざを起こす「Cさん」>
中国は英連邦の「宗主国」であるイギリスとも険悪な関係になっている。前述の香港国家安全維持法の成立を受け、イギリス政府は300万人の香港市民に対し英国の市民権や永住権の申請を可能にする方針を表明した。中国政府はそれを「重大な内政干渉」だと非難し、方針の撤回を求めた。しかしイギリス政府は中国側の反発を完全に無視。そして7月14日、ついに5G関連の設備からファーウェイを排除すると決めた。これはファーウェイだけでなく、中国政府にとってもまさに顔面直撃のパンチ、大きな外交的失敗となった。
アジアに目を転じても、中国と一部周辺国との関係に摩擦や紛争が生じている。この原稿を書いている7月16日現在、中国当局の公船が94日連続で日本の尖閣諸島周辺の接続水域に入っており、2012年9月の尖閣国有化以降で連続日数の最長を更新した。そのうち、中国海警局の船が7月2日から3日夜にかけ、およそ30時間にわたって日本の領海に侵入したが、これは尖閣周辺の日本領海への侵入時間としては国有化以降の最長であるという。
日本の自民党内でも中国に対する反発が高まり、7月8日には習近平国家主席の国賓訪日中止を要請する決議案が党外交部会で可決され、首相官邸に提出された。もちろん中国政府は反発を強めている。
中国はまた、アジアのもう1つの大国であるインドと本格的な国境紛争を起こしている。6月中旬、国境地帯で中印両国の軍隊による殴り合いの「準軍事衝突」が起き、インド軍側に20名の死者が出たと発表された。その結果、インド国内の反中感情が急速に高まり、中国製品ボイコットの動きや対中関係見直し論がインド全体に広がっている。
以上、最近の中国と世界・アジア主要国との関係の現状を点検してみたのだが、中国は今、世界最強の超大国であるアメリカだけでなく、先進国のイギリス、カナダ、オーストラリアやアジア主要国の日本・インドとも「闘争」を展開している。これほど多くの「敵」に囲まれて「奮戦」している中国の国際環境は、まさに中国発の四字熟語である「四面楚歌」に近い状況だろう。上述の共産党元高官の周力氏が「外部環境の悪化」を嘆いているのも杞憂ではない。
中国と主要国との関係悪化は、全部中国の責任であるとは一概に言えないかもしれない。だが、中国自身にもやはり大きな責任と問題点がある。例えばCさんという人間は、Aさんとだけ喧嘩しているならどちらが悪いかはよく分からないが、しかしもし、CさんがAさんともBさんともDさんともEさんともFさんとも同時に揉め事や争いをしているなら、誰から見てもこのCさんに問題がある。Cさん自身のおかしさこそが、いろんな人とイザコザを起こす原因であるに違いない。中国という国は、まさにこのCさんなのである。
<習外交に戦略性もしたたかさもゼロ>
例えばオーストラリアの場合、新型コロナの発生源を追及すべきという同国政府の正当な要求に対し、いきなり制裁関税などの嫌がらせや恫喝を行なったのは中国政府である。インドとの国境紛争にしても、インド軍兵士の死者数の多さから見て、中国軍が積極的に紛争を起こしたと考えられる。そして日本との領海摩擦についても、新型コロナウイルスの拡散以前、習近平国家主席の国賓訪日がほぼ確実になっていた良好な関係性からすれば、中国がこの数カ月間、どうしてあれほど執拗に日本の接続水域や領海への侵入を繰り返しているかまったく理解に苦しむ。日中関係をわざと壊すかのようなやり方である。
国際環境の悪化、主要国との関係悪化を作り出した主な原因が中国自身にあることは明々白々だが、問題は中国がどうしてほぼ同時進行的に主要国との関係を自ら壊し、「外部環境の悪化」を招いたのかである。
昔の中国ならもっとも上手に、もっとも戦略的に外交を進めていたのではないか。中国という国は古来、いわば外交戦略や外交術に長けていることで知られてきた。今から二千数百年前の戦国時代に、中国の先人たちは「遠交近攻」や「合従連衡」などの高度な国際戦略を開発した。「遠交近攻」とは、遠方の国々と親交を結ぶ一方、近隣の国を攻めるという戦略である。「合従連衡」の「合従」は、戦国七雄が並立する中で、秦国以外の6カ国が連携して最強の秦に対抗する戦略であるが、それに対し、秦国は他の6カ国のいくつかと個別的に連盟することによって「合従連合」を打ち破ろうした――それが「連衡」の戦略である。
この2つの国際戦略の着眼点は同じだ。要するに、多くの国々が並立する中で、多数の国々と同時に敵対するようなことは極力避けること、そして敵となる国を1つか2つに絞り、他の国々と連携し良好な関係を保った上で、力を集中して当面の敵国と対抗していくことである。
このような戦略的発想は、中国共産党政権にも受け継がれ、彼らのいう「統一戦線戦略」となっている。例えば1970年代、中国は主敵のソ連と対抗するためにかつての宿敵アメリカと手を握り、アメリカの同盟国の日本までその「統一戦線」に巻き込もうとした。あるいは江沢民時代、中国は一時日本に対してかなり敵視政策を取っていたが、一方で努めてアメリカとの良好な関係を維持していた。胡錦濤時代になると中国は「全方位外交」を唱え、できるだけ仲間を増やして国際的地位の安定を図ろうとしていた。
胡錦濤時代までは無闇に敵を作らず、主敵と対抗するためできるだけ多くの国々を自陣営に取り入れ、良好な関係を保つのが中国外交の伝統であり、不変の戦略だった。しかし習近平政権になった後、特に習近平国家主席が個人独裁体制を確立して外交の指揮権を完全に掌握したこの数年間、中国外交にはかつての戦略性やしたたかさは跡形もない。「一帯一路」のような大風呂敷の国際戦略を漫然たる手法で展開する一方、ほとんど無意味なところで他国にけんかを売り、敵を次から次へと作り出している。
<せっかくの「連欧抗米」を自分でつぶす>
そして原稿の冒頭で記したように、今年の夏に入ってから、無闇に敵をつくるばかりの習近平外交が「佳境」に入っているようである。アメリカという強敵の全面攻撃を前にして、本来ならできるだけ仲間を増やして対処していくべきところ、習政権はその正反対のことをやっている。主敵のアメリカと戦いながら、カナダにもオーストラリアにも日本にもけんかを売っていくのはもはや狂気の沙汰で、「統一戦線」の面影もなければ戦略性のかけらもない。アメリカと対峙している最中、アジアの大国であるインドと準軍事的衝突を起こすとは、理解不可能な行動である。
もちろん習近平政権は「統一戦線」の伝統を完全に忘れたではない。6月22日、習は欧州連合(EU)のミシェル大統領及びフォンデアライエン欧州委員長とのテレビ会談に臨み、中国と欧州が「世界の安定と平和を維持する二大勢力となるべきであり、世界の発展と繁栄を牽引する二大市場となるべきであり、多国間主義を堅持し世界の安定化を図るための二大文明であるべきだ」と述べ、欧州と連携して第3勢力(すなわちアメリカ)と対抗していく姿勢を示した。
言ってみれば、習近平の「連欧抗米」戦略らしきものであるが、しかしそれからわずか1週間後、習政権がとった政治的行動が、欧州との連携を事実上不可能にした。香港国家安全維持法の強行で、中国はイギリスだけでなく、欧州の主な先進国との関係が亀裂を生じたのだ。実際、EU外相にあたるボレル外交安全保障上級代表は7月13日、香港国家安全維持法に対してEUが対抗措置を準備していることを明らかにした。せっかく「連欧抗米」戦略を考案しながら、自らの行動でそれを直ちにつぶす――まさに習近平外交の不可思議なところである。
台湾政策もそうだ。2019年1月、「1国2制度による台湾統一」を自らの台湾政策の一枚看板として打ち出したのは習近平であるが、それから現在に至るまで、習政権は香港問題でとった行動の1つ1つが、まさに「1国2制度」の欺瞞性を自ら暴き、「1国2制度は嘘ですよ」と自白したかのようなものである。挙げ句の果てに、香港国家安全維持法の制定で自ら1国2制度を完全に壊し、「1国2制度による台湾統一」という構想を台無しにしてしまった。自分の打ち出す政策を自分の蛮行によって打ち壊すとは、習近平外交はもはや支離滅裂の境地に達している。
このような戦略なき「気まぐれ外交」を進めていくと、中国の国際的孤立はますます進み、中国にとっての外部環境の悪化がますます深刻化していくのがオチではなかろうか。
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