なぜ中国は「尖閣諸島」にこれほどこだわるのか…理由が明確になった
8/10(月) 10:01配信
毎年この季節になると、中国関係者のあいだで話題になるのが、北戴河(ほくたいが)会議である。習近平主席と引退した長老が話しあう場で、事実上の中国の最高決定会議ともいわれている。
その日程、参加者、内容はすべて非公表であるので、いろいろな中国関係者があれこれ喧しいが、会議の参会者やそれに準ずる人へのアクセスがないと肝心の話はわからない。日本人でそんな情報通はそれほどいないだろう。せいぜい、中国メディアを通じて話を聞く程度であるので、ほとんどが中国当局からのリークだと筆者は推測している。
そもそも会議日程がわからないので、8月上旬で3日間という話ですら当てにならない。既に7月に終了しているという人もいれば、現在ちょうど終わったばかりという人もいる。
ちょうどその時、日本にとっては屈辱的な期間があった。8月2日まで、沖縄県尖閣諸島周辺の接続水域を中国公船が過去最長の111日連続して航行していた。
はっきり言えば、中国は非民主的な一党独裁国家であるので、得体の知らない国だ。どのような方針なのかも、日々の中国を見ているとわかりにくい。ただし、ちょっとした「幾何学での補助線」を入れると、かなり見通しがよくなる。筆者が考えている「補助線」は、中国の「核心的利益」だ。
「核心的利益」という言葉が多く使われはじめたのは、2004年頃からだ。まず、2003年頃から、台湾は中国の「核心的利益」であると言い始めている。この意味は、「主権と領土保全」という意味だ。
中国の「核心的利益」とは?
その背景として、2000年前後から、故李登輝総統が台湾独立を意識した「二国論」を展開しだした。その後、台湾独立派の民主進歩党の陳水扁総統になると、2001年に発足した米国ブッシュ政権が台湾への大規模武器輸出を行い、台湾の安全保障に深く関わるようになった。そこで、中国が台湾での独立気運の高まりを牽制するように、台湾は中国の「核心的利益」というようになったわけだ。
2006年頃には、チベットやウイグルについて、やはり「核心的利益」といわれるようになった。最近に至るまで、それらの地域での民族独立運動を中国は力ずくで押さえ込んできている。
2009年頃には、米中戦略経済対話で、戴秉国国務委員は、核心的利益として、台湾、チベット・ウイグルのほか、香港、南シナ海、尖閣を出したと言われているが、はっきりした公式文書は見当たらない。
香港については、香港特別行政区基本法23条により、中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する内容の国家安全法を制定することが定められていた。これが、先日制定された「香港国家安全法」であるが、2003年当時もその制定が試みられたことがあった。
「核心的利益」として初めて登場したのは台湾問題であったが、中国によって、台湾と香港は「一国二制度」でパラレルなので、当然ながら、香港も当初から「核心的利益」だったはずだ。それが、2009年にぽろっと米国に漏れたのだろう。
南シナ海では、2010年頃から頻繁に「核心的利益」といわれるようになった。2013年頃から、中国は人口島建設を急ピッチですすめて実効支配を着実に築きつつある。米国オバマ政権がモタモタしているうちに、南シナ海での中国の実効支配はかなり進んだ。2016年7月、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は中国の主張を全面的に否定する判断を示したが、中国はまったくそれを無視している。
「手足の多い怪物」中国
日本として大いに気になる尖閣について、「核心的利益」というのは、日本の報道では、中国がはじめ明言したのは2013年4月という(出典)。それによれば、中国外務省の華春瑩副報道局長は記者会見で、沖縄県の尖閣諸島について「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は中国の領土主権に関する問題であり、当然、中国の核心的利益に属する」と述べたという。
しかし、これはちょっと間抜けな報道だ。筆者10年以上前から本コラムを書いてきているが、2010年10月5日付け「尖閣問題を『核心的国家利益』と位置づけた中国の『覇権主義』」がある。
以上をまとめると、中国は2003年頃から「核心的利益」という言葉を使い出し、その後、それには、台湾、香港、チベット、ウイグル、南シナ海、尖閣が含まれていたが、遅くとも2010年頃までに明らかになった。
英エコノミスト誌の風刺画について筆者はファンで、6月18日号でも、中国がインド、南シナ海、台湾、香港をそれぞれ相手にしている面白いものが載っていた。
しかし、そのほかにも、チベット、ウイグル、尖閣とも中国はトラブルを起こしている。とても、龍の手足だけで書き足りない。もっと手足の多い怪物でないと不味いだろう。
今の時点で、中国にとっての「核心的利益」の確保状況をみると、香港は先般の香港国家安全法でほぼ掌中にあり、チベット・ウイグルも民族浄化にも似たような強烈な押さえ込みをしており、南シナ海も実効支配を完成しつつある。
残りは台湾と尖閣である。台湾は、「二つの中国」の立場にたっている民主進歩党の蔡英文総統が、コロナ対策を上手くこなして、民衆の支持がある。
米国の強烈な台湾支持
米国も強烈に台湾を支持している。米厚生省は、台湾と断交した1979年以来、最高位の米高官であるアザー厚生長官の台湾訪問を発表した。これに中国は激しく反応している。
となると、中国が現時点で仕掛けられる「核心的な利益」の得点は、尖閣に限られてくる。そこで、冒頭に述べた、111日間連続で尖閣周辺での航行は、北戴河会議へのアピールだったのかしれない。
さらに、中国の尖閣への仕掛けとして、今月2日に産経新聞は「中国、漁船群の尖閣領海侵入を予告 「日本に止める資格はない」は、注目された。
8月16日に尖閣周辺で中国が設定する休漁期間が終わり、漁船と公船が領海に大挙して侵入するおそれがあるという。この種の話はまったくもって冗談ではない。実際、2016年8月にも、中国漁船200隻以上が尖閣周辺にきて、中国漁船と中国公船が領海侵入を繰り返したこともあった。
筆者も、この状況は十分あり得ると思っている。ただし、中国漁船の偽装漁民が尖閣に上陸し、それを助けに中国公船やその乗組員が相次いで尖閣上陸というシナリオまであるが、その可能性よりも、領海侵入した中国漁船を海上保安庁の巡視船が手に余ると、中国公船が中国漁船を退去させるという「出来レース」をする可能性が高いと思う。
中国漁船と中国公船はいわば仲間なので、この「出来レース」は簡単にやれるというほかに、中国公船による警備行動なので、中国による施政権行使という証拠にできるからだ。
中国の狙いは単純で、米国の出方を見ている。米国は、日米安保条約で日本の施政下であれば、防衛義務がでてくるが、施政下でなければ手出しができない。ということは、尖閣が日本の施政下でないことを示せばいいとなる。
日本がタイミングを失った瞬間
日本の施政下であることを世界にわかりやすく示せるのが、日本に国籍のある人間が住んでいることだ。この意味で、尖閣に公務員の駐在が一番わかりやすい。安倍首相は、2度目の首相に出馬する際、尖閣への公務員駐在を主張していたので、原点に返ってほしい。
この意味では、民主党政権下の2012年8月に香港活動家が尖閣に不法上陸した際、逮捕に警官がいったはずなので、これを奇貨として、そのまま常駐すべきだった。残念な機会を逃したものだ。
そのほかにも、外から見える形のものも選択肢のひとつとして入る。沖ノ鳥島にあるヘリポートは、上空からみれば「H」の文字がはっきりわかる。これと同様な施設を尖閣にも作り、いつも上から写した写真に映るようにすればいい。同じく人工物であるが、今ある灯台の整備拡充、墓地の整備、道標・記念碑の設置などすぐにできることは多い。
民主党政権下で、尖閣を「国有化」したのだから、こうした公務員駐在や人工物の設置は容易なはずだ。
とりあえず、日米で情報共有し警戒活動を強化するのもいいが、尖閣の米軍射爆場活用という案もあり、筆者はかねてより提案しているので、是非とも検討していただきたい。
こうした武力を背景にしたものでなければ、東海大の山田吉彦教授が行おうとしている海洋生物研究という名目で、研究者を尖閣に招きいれるというのも一案だ。その際、外国の研究者も招聘し、そのビザには日本政府の認証印を押すというのも施政権の行使になる。それと似ているが、今は墓参りのシーズンなので、日本人が墓参りをするというのもありだ。
最後に、コロナの感染が収まらない。ブレーキとアクセルを同時に踏むような施策なので、正直ってピークの予測が極めてやりにくくなっている。今後も、可能な限りで状況を注視していきたい。
髙橋 洋一(経済学者)
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