新型肺炎発の韓国の通貨危機 米国の助けも不発で日本にスワップ要求…23年前のデジャブ

「韓国売り」が止まらない。米国との為替スワップも効果がなかった。新型肺炎を引き金に1997年の国家破たんが再現するのか――。韓国観察者の鈴置高史氏が隣国の通貨危機を読み解く。

ウォンの対ドルレート(3/2~3/24)為替も株も底なし沼

鈴置:3月23日のソウル外為市場は前週末比20・00ウォン安の1ドル=1266・50ウォンで引けました。

 3月19日に米FRB(連邦準備理事会)が韓国を含む9カ国の中央銀行と為替スワップ協定を結ぶと発表したのを受け、3月20日は1日で39・20ウォンもウォン高に振れました。韓国紙には安堵の声があふれました。しかし1営業日後の23日には、再びウォンは売られる展開に戻りました。

 新型肺炎による経済悪化を懸念して始まった激しい「韓国売り」は、米国との期間6カ月、規模は600億ドルのスワップをもってしても食い止められなかったのです。

 3月24日は16・95ウォン高の1249・55ウォンで引けましたが、「ウォン売り」の空気が市場から払しょくされたわけではありません。

 なお、FRBのサイトはこのスワップを「liquidity arrangements (swap lines) =為替スワップ」と表記していますが、韓国銀行のサイトは「bilateral currency swap arrangement=通貨スワップ」と書いています。

 通貨スワップなら韓銀のウォン買いにも使えますが、為替スワップだと韓国の市中銀行へのドル供給に用途が限られます。

 両者の違いに関しては、匿名の国際金融専門家が主宰するサイト「新宿会計士の政治経済評論」の「韓銀、為替スワップを通貨スワップと意図的に誤記か?」(3月23日)が詳しく解説しています。

韓国の通貨スワップ(2020年3月24日現在)外貨準備の不足を市場は見透かす

――株も持ち直すかに見えたけれど、再び売られました。

鈴置:KOSPI(韓国総合株価指数)も同じ構図でした。スワップ報道を受け、3月20日は10営業日ぶりに上げた。しかし、週明けの3月23日の終値は前日比5・34%安の1482・46へと急落。

 24日は前日比8・6%高の1609・97で引けました。同日に政府が債券・株式市場の安定ファンドを創設すると発表したのを好感したためです。しかし、この地合いが続くと見る向きは少ない。売りの主役は外国人で、14営業日連続の売り越しを記録しました。

 新型肺炎の大流行を材料に、株価が下がるのは世界共通のこと。好ましくはありませんが、何とかなる。最後は政府がウォンを刷って買い支えればいいからです。3月24日発表の債券・株式市場安定ファンドも、まさにそれを実行するための基金です。

 韓国政府がどうしようもないのが、為替――ウォンが売られまくっていることです。急激なウォン安を防ぐには、通貨当局がドルを使ってウォン買いにでるしかない。

 しかし、そのドルの弾薬庫である外貨準備が足りないと市場は見透かしている。外貨準備の不足を補うはずの米国とのスワップも、韓国売りに対抗するには威力が足りないと判明しました。

韓銀総裁も副首相も「日本とスワップ」

――では、韓国政府はどうするのですか? 

鈴置:日本と通貨スワップを結ぶつもりです。3月20日、米国とのスワップが決まった直後に、韓国銀行の李柱烈(イ・ジュヨル)総裁が以下のように語りました。

「日本など他国とのスワップの計画はあるのか?」との記者の質問に答えたものです。朝鮮日報の「[一問一答]李柱烈『韓米通貨スワップの期間、状況により可変的』」(3月20日、韓国語版)から翻訳します。

・主要国であるカナダやスイスとスワップを結んだこともあり、その意味で、日本との通貨スワップも意味がある。今後、中央銀行間の金融協力の次元では、外国為替市場の安全弁をさらに強化するという観点から、主要国との協力を高めるための努力を続けていく。

 同じ3月20日、洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相兼企画財政相も日本との通貨スワップについて「(米国とのスワップに)追加し、様々な国と協定締結に努力する」と語りました。

 これも、日本との交渉状況を問う記者の質問に答えたものです。日経新聞の「通貨スワップ協定『様々の国と締結努力』 韓国経済副首相」(3月20日)が報じています。

 韓国は生きるか死ぬかの瀬戸際に立ちました。ウォンの価値がこのまま下がり続ければ輸入物価が跳ね上がり、必要なものも輸入できなくなります。

 なおかつ、ドル建てで債券を発行していた韓国の企業、金融機関はウォンベースでの借金の額が膨らむわけですから、下手すればデフォルト(債務不履行)を起こします。

 いずれにせよ、韓国経済は死を迎えます。ウォン売りが続く限り、韓国は何が何でも日本とスワップ協定を結ぶしかないのです。

 すでに韓国は様々な国と2国間でスワップを結んでいます。しかしいずれも、相手国通貨建ての契約です。いざという時、ドル建て債務の返済には間に合わない可能性が大きい。

 ドルの発券国である米国以外に、米ドルでスワップを結んでくれるほど外貨準備の豊富な国は日本しかないのです。

「食い逃げ」されてきた日本

――日本は「ああいいですよ」とスワップに応じるでしょうか? 

鈴置:簡単には応じないと思います。これまで、日本は韓国とスワップ協定を結ぶたびに食い逃げされてきました。

 欧州金融危機の際、日本の野田佳彦政権は李明博(イ・ミョンバク)政権の求めに応じ、通貨スワップを30億ドルから700億ドル相当に増額しました。2011年10月のことで、期間は1年間です。

 ところが、韓国は直ちに掌(てのひら)を返しました。同年12月の日韓首脳会談で突然、「元慰安婦に補償しろ」と言い出した。翌2012年8月には李明博大統領が竹島に上陸しました。

 露骨な「スワップ食い逃げ」です。さすがに「アジアとの共生」が好きな民主党政権も、韓国とのスワップは延長しませんでした。

「食い逃げ」作戦は次の政権も同様でした。朴槿恵(パク・クネ)政権は日本にスワップを結ぶよう求めました。2国間の日韓スワップが2013年7月にすべて終了したので、保険が欲しくなったのです。

 2016年8月27日に日韓財務対話の場で、両国はスワップ再開に向け話し合うことで合意しました。すると、韓国は直ちに慰安婦合意を反故にしました。

 2015年12月28日に結んだこの合意で、韓国は「日本大使館前の慰安婦像の撤去に努力する」と約束していました。

 ところが外交部の林聖男(イム・ソンナム)第一次官はスワップ交渉再開が決まった10日後の2016年9月6日、韓国の国会で「政府も国民世論を把握しながら動くため、今の段階では政府が前に出てこの問題を推進する考えはない」と答弁したのです。

 さらには2016年12月、釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたのですが、韓国政府はこれも放置。何度もだまされた日本はついに怒り、2017年1月6日にスワップ協定の交渉中断を含む制裁に踏み切ったのです。「日本人は反省が足りない」

――「世界全体が大変な時だ。恩讐にとらわれず、スワップを付けろ」と言い出す人が出そうです。

鈴置:出るでしょうね。自民党にも「日本は韓国には悪いことをした」「日本人は反省が足りない」が口癖の領袖がいますから。それに永田町にも霞が関にも「日韓スワップは日本のためになる」と勘違いしている人がけっこう多いのです。

 2011年10月のスワップ――前述の「新宿会計士の政治経済評論」は「野田スワップ」と呼んでいますが――当時も、民主党政権や財務省は「韓国を助けないと、ウォン安になって日本の競争力が毀損される」と説明していました

 一見、それらしいけれど完全に誤った主張です。韓国は日本のスワップがあるからこそ、逆にウォン安を維持できたのです。

 韓国政府がウォン安に誘導しても、投機筋がそれに付け込んでのウォン売りは仕掛けにくい。いざとなれば、韓国は日本からドルを借りてウォン買いの反撃に出ると予想されるからです。

 日韓スワップを背景に、韓国は2009年年初以降、1円=16ウォン前後のウォン安・円高を1年以上も続けました。これでは日本企業がどんなに頑張っても勝てません。

 自動車部品の日韓貿易が日本の出超から入超に転じたのも、これが契機となりました。野田スワップが日本の産業を破壊したのです。

 野田元首相はじめ、当時の民主党政権幹部の人々はそれを知ってか知らずしてか、いまだに国会の赤絨毯の上をのほほんと歩いているのです。

IMF経由でコントロール

――しかし、韓国を助けないとウォン安がどんどん進みます。

鈴置:ウォンが下がり続ければ、デフォルトを起こします。それを避けるため、韓国はIMF(国際通貨基金)に救済を求めざるを得なくなります。韓国はIMFの指導下に入るわけです。日本は米国と図って、IMFを通じウォン安を阻止すればよいのです。

 ちなみに1997年の通貨危機の際、韓国を救済したIMFは高金利政策を実施させました。すると、ウォンは急速に価値を取り戻しました。ウォン安・円高がもっとも進んだ時でさえ1円=14ウォン弱。それも瞬間風速でした。

 高金利のために、倒産する企業が多発しました。通貨安を背景に輸出しようにも、モノを作る会社の数が減ってしまったのです。

 韓国をIMF救済に追い込めば「ウォン安の脅威」はむしろ減少するのです。この辺の機微をなかなか政治家や財務官僚は理解できない。マーケットというものを知らないのか、韓国から鼻薬を嗅がされているのか……。キーセン外交でスワップ獲得

――「鼻薬」ですか? 

鈴置:中央日報は「韓国が厄介な隣国と生きていく姿勢」(2017年1月11日、日本語版)で「日本の財務官僚など頭をなでてやれば通貨スワップだって結ぶ」との趣旨の記事を乗せています。

 韓国の財務官僚の談話を引用しながら書いた記事で、彼らは「論介(ノンゲ)戦術」と呼んでいるそうです。

「論介」とは文禄・慶長の役の際、日本の武将を道連れに川に飛び込んで死んだキーセンの名です(「蟻地獄に堕ちた韓国経済、『日本と通貨スワップを結ぼう』と言い出したご都合主義」参照)。

「キーセン・パーティで釣れば、日本の役人など言いなりになる」と理解した韓国人も多いでしょう。韓国史を知る日本人が読めば「ここまで馬鹿にされているのか」と嘆息するでしょう。「百害あって一利なし」のスワップ

――韓国との通貨スワップは日本にとって「百害あって一利なし」なのですね。

鈴置:その通りです。極めて大きな経済的損害を受けるし、外交的にも「なめられる」からです。日本人は「スワップで助ければ、韓国はその好意を感じてくれ、関係も改善するだろう」と思い込んできた。

 でも、現実は正反対。「スワップさえもらえばこちらのもの」とばかりに、韓国は日本の足を引っ張りに来ます。韓国は「恩を仇で返す」国なのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月24日 掲載

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