日本人の「個人資産額」のヤバい現実…世界水準で見る「低下」ぶり

日本人の「個人資産額」のヤバい現実…世界水準で見る「低下」ぶり

 「日本の個人金融資産は1800兆円を超えており…」というフレーズは、多くの人が耳にしたことがあるのではないだろうか。個人金融資産のデータは、日本人がリッチであることの証としてメディアでもよく使われてきたが、この金融資産がかなり危うい状況となっている。諸外国の資産額が急増していることから、相対的に日本人の資産額が低下しているのだ。

20年間で資産額が24%しか伸びていない

 日銀の資金循環統計によると、個人が保有する2019年9月末時点の金融資産の残高は1864兆円となっている。単純に人口で割ると1人あたりの金融資産額は1470万円ということになる。

 多少の増減はあるが、リーマンショック以降、金融資産残高は増大しており、一時はアベノミクスの成果だと喧伝された。実際、ここ数年の残高増加は株価上昇による影響が大きく、量的緩和策による株高が資産額を増やしたと解釈するならば、確かにアベノミクスの成果と言えなくもない。

 これがアベノミクスの成果なのかはともかく、個人金融資産の額は、日本経済のポテンシャルが高いことの証として引き合いに出されることが多く、政府の経済政策を批判する文脈においても、「巨額の金融資産をうまく活用できていない」といった形で使われている。巨額な個人金融資産こそが日本経済の虎の子であるというのは、あらゆる立場の人にとって共通認識のようだ。

 ところが近年、日本人が保有する金融資産の相対的な水準低下が目立つようになってきた。諸外国がめざましい経済成長を実現したことで、資産額が急拡大したことが主な原因である。通常、経済活動について議論する際にはフローの指標であるGDP(国内総生産)がよく用いられるが、ストック面も非常に重要である。

 フローとストックは経済の両輪であり、フローが潤沢にならないとストックも拡大しないことがほとんどである。長年の低成長の影響が日本人の資産面にも影響を与えている現実についてもっと知っておく必要があるだろう。

 スイスの金融大手クレディスイスによると、2019年における日本人の1人あたりの資産額は約23万8100ドル(約2620万円)となっているが、この金額は2000年との比較で24%しか増えていない。日銀の統計は純粋な金融資産のみなので、クレディスイスの結果とは金額が一致しないが、傾向はほぼ同じであり、20年間で3割程度の増加にとどまっている。

諸外国は資産額2~3倍に増大

 一方、諸外国における1人あたりの資産は近年、急拡大している。米国人の資産額は2000年には21万713ドルと日本人よりも1割程度多いだけだったが、2019年には43万2365ドルと2倍以上になった。フランスやドイツ、英国なども資産額が2倍から3倍に拡大しており、主要国で資産が増えていないのは日本だけである。

 新興国はさらに急ピッチで資産が拡大している。
 
韓国は同じ期間で資産を3倍以上に増やし、2019年には17万ドルを超え、日本に近づいてきた。シンガポールは11万4719ドルから3倍弱の29万7873ドルとなり日本を追い越し、香港は48万9258ドルと圧倒的にリッチになった。

 日本の資産額が伸びていない最大の理由は、日本が経済成長しておらず、株価や住宅価格が上昇していないからである。確かにアベノミクスによって株価は上がったが、それは量的緩和策の影響で日本円が減価した分を埋め合わせたに過ぎず、根本的に企業価値が増大したわけではない。

 安倍政権がスタートした2012年12月時点での為替は1ドル=83.6円だったが、その後、アベノミクスの進展で円安が進み、現在では1ドル=110円となっている。つまりアベノミクスの8年で日本円の価値は大幅に減価してしまった。日本円ベースでは株価は2倍以上に高騰したが、米国の株価も2倍になっているので、実質的な日本株の価値は米国ほど上昇していないと判断してよい。

住宅が国民的な資産形成手段になっていない

 株式市場は各国の連動性が高く、米国株が上昇すれば、日本株も連れ高となり、米国経済の恩恵を享受できるが、不動産価格にそこまでの連動性はない。同じ期間で各国の不動産価格は株式と同様、1.5倍から3倍に上昇したが、日本はむしろ価格が下落している状況だ。

 米国など投資が活発な国でも、国民全員が株式投資に邁進しているわけではなく、ほとんどの国において国民の主要な資産形成手段は住宅への投資である。日本の場合、庶民の唯一の資産である住宅価格が上昇していないので、相対的な資産額は減る一方である。

 このようなことを書くと「何でも外国と比較すればいいというものではない」「日本は物価も安いので資産額が小さくても暮らしやすい」といった批判が出てくるが、これらはすべて間違いである。

 確かに、日本がどの国とも貿易を行わず、江戸時代のように鎖国しているのなら、そうした話も成立するかもしれない。だが現実には私たちが購入する商品の多くは貿易によって成り立っており、輸入品や輸出品の価格というのは、国内がいくらデフレでも一切無関係に決まってしまう。

 もっとも分かりやすい例が自動車である。自動車というのは典型的なグローバル商品であり、販売価格は日本国内の事情とは無関係に決まる。自動車の平均販売価格は同じ期間で約1.4倍に上昇しているが、日本人の賃金は横ばいなので、相対的な価格はかなり上がった計算になる。

 平均的な日本人労働者にとって自動車はもはや高値の華だが、諸外国では賃金や資産額がそれ以上に上がっているので、むしろ自動車購入の負担は下がっている。

資産額の相対的な減少がもたらす弊害

 経済はストックとフローが相互循環する形で回っており、フローが増えるとストックも増え、それがさらにフローを増やす効果をもたらす。日本人全員が得る所得のうち、資産からの利子や配当によるものは26%を占めており、決して小さくない。

 仮に株式や不動産などを所有していなくても、公的年金は積立金の運用先から得られる利子や配当がないと十分な給付を維持できないし、企業が生み出す利益の一部もこうした利子や配当で成り立っており、最終的には労働者の賃金に結びついている。

 資産額が多いほど、諸外国への投資から得られる不労所得が大きくなるので、同じ労力でより多くの金額を稼ぐことが可能となる。

 ストックの金額は基本的にその国の長期的な成長見通しに依存するので、足元の経済が好調であれば、資産額も増えるというプラスの循環が発生する。結局のところ、GDPの成長率を高めない限り、豊かな生活を送ることはできず、資産も増えないと考えた方がよいだろう。

 近年は無理に成長する必要はないといった成長不要論も耳にするが、諸外国が成長してしまえば、日本人の購買力は低下し、社会は貧しくなってしまう。日本人が保有する資産が本格的に目減りしてしまう前に、日本経済を成長軌道に乗せることが何よりも重要である。 

加谷 珪一

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