血液1滴のがん診断、実用化で何が変わる? 早期発見だけではない可能性〈AERA〉
血液1滴で13種のがん診断できる。そんな画期的な検査技術の実用化に向けて研究が進んでいる。AERA2020年2月10日号は、最新研究とその可能性を取材した。
【血液1滴で診断できる!リキッドバイオプシーのがん判別精度】
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多種類のがんを早期発見する手段として注目を集めているのが、「リキッドバイオプシー(体液検査)」だ。使うのはわずか1滴の血液。日本では、乳がん、大腸がん、胃がん、食道がん、肝臓がん、肺がんなど13種類のがんを診断する技術研究が進められている。昨年12月、国立がん研究センター中央病院脳脊髄腫瘍科の大野誠さんがこんな発表をした。
脳腫瘍がある人とない人、計580人の血液を調べたところ、特に頻度の高い悪性腫瘍である「グリオーマ」について、グリオーマに罹患している人の95%を「陽性」と判別できた。一方、がんに罹患していない人の97%を「陰性」と判別できた。
この研究は、約6万にものぼる検体を調べた国の大規模研究プロジェクト「体液中マイクロRNA測定技術基盤開発」の一環で行われた。産学官連携の同プロジェクトには、国立がん研究センターや国立長寿医療研究センターなどを中心に、東レ、東芝をはじめとする企業も参画。14年から5年間にわたる基礎研究に区切りをつけたところだ。
症状がない段階で、これほど精度が高く、体液で簡単な検査ができれば、がんの早期発見につながる可能性は高い。簡単な血液採取なら、CTやMRIなどに比べれば断然手軽だ。
リキッドバイオプシーは世界で研究開発が進む分野だが、日本が進める研究の特徴は、「マイクロRNA」を用いている点にある。マイクロRNAは、細胞の発生など、さまざまな生体機能を調節している物質だ。がん化にも深く関わっているとされる。国の研究プロジェクトを統括した落谷孝広・東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授によれば、がん細胞は、マイクロRNAを細胞の中で機能させるだけでなく、がん細胞が自分の生存をかけた「武器」としてそれを分泌しており、まわりの環境を整えたり、自分を攻撃する免疫細胞を抑制したりもするのだという。
「がん細胞ならではのメカニズムがカギ。まさに今、がん細胞が何をしようとしているかが、マイクロRNAを見ることで手に取るようにわかるだろうと考えています」(落谷教授)
目指すのは、がん検診での実用化だ。だが、落谷教授は言う。
「私たちがあらゆるがん種での研究で軒並み90%を超えるような精度を出しても、なお、導入に踏み切れないのは、まだ検証が足りないから。これまでの研究では、すでに現場でがんとわかった人を対象に計算式を作っており、比較的いい精度を出しやすい。けれど、これが本当に検診で一般の人を調べたときに『がんです』と見分けられるかは別の次元。新たな検証が欠かせません」
実はマイクロRNAを使うリキッドバイオプシーの用途は、早期発見のための検診ばかりではない。治療効果のモニタリングにも広がると考えられている。
前出の大野さんは取材時、3種類の脳腫瘍画像を指しながら、「医師でも判別を迷うことがある」と話した。将来、脳腫瘍のタイプが正確に判別できるようになれば、診断目的の脳の外科手術を減らせるという。なかには放射線や抗がん剤がよく効く腫瘍もあるためだ。
「脳の手術は患者さんへの負荷が大きい。僕らは手術を行うのが仕事ですが、手術だけでなく、より負担の少ない診断や治療の方法も探しています」(大野さん)
(ノンフィクションライター・古川雅子)
※AERA 2020年2月10日号より抜粋
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