子宮頸がんと副反応、埋もれた調査 「名古屋スタディ」監修教授に聞く

子宮頸がんと副反応、埋もれた調査「名古屋スタディ」監修教授に聞く

 子宮頸(けい)がんワクチン(HPVワクチン)の安全性に関して調べた「名古屋スタディ」が公表されて久しい。この調査は名古屋市の要請を受けて行われた大規模な疫学調査だが、その結果は注目を浴びることなく埋もれた形になっている。厚生労働省がワクチン接種の積極的な勧奨を取り下げ、その扱いは中ぶらりんの状況が続く。名古屋スタディを監修した名古屋市立大学医学部公衆衛生学分野の鈴木貞夫教授に調査の意義や子宮頸がんをめぐる現状などについて改めて聞いた。

インタビューに応える鈴木貞夫教授

 ◇3万人のデータを解析

 ---名古屋スタディとは?

 子宮頸がんワクチンは、2013年4月に小学校6年生から高校1年生までの女子を対象に無料で受けられる定期接種が始まりました。ところが、接種後にさまざまな症状の訴えがあり、わずか2カ月後に厚生労働省が「積極的な勧奨はしない」とのスタンスを公表しました。ちょうど6年前のことです。

 こうした中、名古屋市はHPVワクチンと接種後に現れたさまざまな症状の因果関係解明の一助として、名古屋市に住民票のある小学校6年生から高校3年生までの女子約7万人に対してアンケート調査を行いました。約3万人のデータを解析した結果、24項目にわたる症状は、ワクチンを接種した人と接種していない人で差はみられなかったという結論が得られました。

 ---名古屋スタディはどんな経緯で行われたのですか。

 患者団体の「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会愛知支部」が名古屋市に調査を要望し、それを受けて行うことになりました。河村たかし市長は、衆議院議員時代に薬害問題に取り組んでいたことがあり、この問題にも非常に関心を持たれていました。そして、15年4月、名古屋市から私に調査の依頼が来ました。お引き受けするにあたって三つの条件を出しました。

「名古屋スタディ」の質問票

 まず、分析疫学という手法での調査であること。やや専門的になりますが疫学研究には、記述疫学と分析疫学の2種類があります。接種した人だけを、あるいは症状のある人だけを調査対象とするのが記述疫学。接種、症状の有無にかかわらず全員を調査して比較するのが分析疫学。これまで子宮頸がんワクチンの接種後の症状に関しては、記述疫学しか行われていませんでした.

 より正確に実態を把握し、疫学的な因果関係を明らかにするためには、分析疫学を行う必要があったのです。

 二つ目は、調査結果を論文にすること。研究者は研究結果を論文にまとめるのが仕事ですから、これがないと引き受ける理由がありません。社会的に求められている研究なので科学的にきちんとした査読のある雑誌に載せることが研究者としての使命だと思っています。なお、研究そのものに対する報酬は一切ありませんでした。

 ◇オッズ比は1近辺

 三つ目は、調査結果のデータをすべて公開することです。調査を行って、どんな結果が出ても、その結果をいいと思う人がいる半面、よくないと思う人がいる。私が好き勝手に結果を導き出しているのではないということが、誰の目にもわかるように、必ずデータを公表して、みんなが見られる形にしてくださいと要望しました。

 これら三つの条件がすべて受け入れられたので、調査をお引き受けすることにしました。

オッズ比について説明する鈴木貞夫教授

 ---具体的にどのような方法で実施したのですか。

 名古屋市に住民票のある女性のうち、1994年4月2日~2001年4月1日生まれの7学年全員にアンケート調査票を郵送し、ハガキで回答してもらう形にしました。私の方ではどんな症状が出ているのかわかりませんから、患者会から提示された24症状をすべて使ってアンケートを作成。郵送、回収、入力作業は名古屋市が行い、届けられたデータを解析しました。

 研究室で「7万件出して、3万件返ってきたら、すごいよね」と話していたら、本当に約3万人の回答があった。調査実施にあたって河村市長が記者会見をしたり、地下鉄の車両の中の電光ニュースを流したりして積極的にピーアールした結果だと思います。

 ---どんな結果が出ると予想していましたか。

 因果関係を示すオッズ比(相対危険度)を示すのが研究の目的でもあり、その具体的な数値が私たちの一大関心事でした。従って、それがいくつになるかということについては全く予期できませんでした。薬害だと判断するならば、オッズ比が相当大きい数字になるはずです。過去に起きた薬害事件でも、サリドマイドのオッズ比は100を超えましたし、薬害エイズは理論上無限大になります。

 ところが結果のオッズ比は低かった。ワクチン接種と症状の両方ある人が積極的にアンケートを返してくるはずなので、結果は関連が出やすい方向に向かうはずでした。いずれにせよ、非常に高いオッズ比が観察されたら接種と症状との関連は否定できません。しかし、実際は極めて低いオッズ比が出た。一般的にオッズ比が2を下回るような数字で薬害と判断するのは無理があります。

 ◇苦しむ人へのケア必要

 ---疫学的因果関係、オッズ比をどう受け止めたらよいですか。

 たとえば、結核と結核菌の関係をみると、結核菌以外のことが原因で結核になることはありませんから、オッズ比は無限大になります。一方、喫煙と肺がんの関係でみると、たばこを吸わない人でも肺がんにかかるけれども、喫煙者の方がより多くかかる。たばことの関連あり、なしをどのように分けるかという場合に使うのがオッズ比です。

疫学的な因果関係について説明する鈴木貞夫教授

 喫煙と肺がんの関係をめぐるオッズ比は、肺がん患者における喫煙者と非喫煙者の割合、健康な人における喫煙者と非喫煙者の割合を比較して算出します。関連がなければオッズ比は1。関連が強いほど数字が大きくなる。つまり、医学的な関連があったということになります。

 ---どんなに頻度が少なくても、実際にさまざまな症状に苦しむ人の姿をTVなどで繰り返し目にしているので、不安に感じる人が多いのではないでしょうか。

 たしかに映像はインパクトが強いですから、ワクチンを打ったら自分もそうなってしまうのではないかと不安に感じると思います。メディアの影響力は大きいですから。ただ、メディアは症状で苦しんでいる人がいるということを伝えたけれども、HPVワクチンとの因果関係が解明されたとは伝えていない。名古屋スタディで因果関係を積極的に支持するものは一つもないことがわかった。

 ですから、さまざまな症状の原因をHPVワクチンだけに求めるのは無理がある。他の可能性についても考えていかないと危険だと思います。原因が何にせよ、苦しんでいる人たちへのケアは必要ですし、無過失補償はすべきだと思います。

 ◇車の両輪

 ---名古屋スタディがワクチン接種状況に何らかの影響を与えましたか。

 定期接種が始まった当初は、70%の接種率でしたが、0.6%まで落ちていると聞きます。現在でも、定期接種は行っているわけですから、無料でワクチン接種を受けることはできる状態です。ただ、厚生労働省が積極的な勧奨を中止した状態が続いている以上、接種率は上がらないでしょう。

「名古屋スタディ」の論文を紹介する鈴木貞夫教授

 ---名古屋スタディとは相反する解析結果を示した論文も出ていますが。

 論文に不備があった場合、科学者の世界では、論文を掲載した出版社に「レター」を出して指摘します。その指摘が妥当だと判断されれば、レターが受理され、最終的に論文が取り下げされる場合もあります。私は、HPVワクチンと症状に関連が観察されたという正反対の結論を導き出した論文に対して、撤回すべきというレターを出しました。ちなみに、私の論文に対するレターは一つも出ていません。レターが提出され、受理されれば、いつでもそれにお答えします。

 ---ワクチンを接種しても100%頸がんが防げるわけではありません。かかるかどうかわからないものを予防するより、検診で早期発見すればよいという考えもありますが。

 子宮頸がんの予防は、ワクチン接種による一次予防と子宮がん検診による二次予防が車の両輪となって両方で行うことで効果が高まります。検診は子宮頸がんによる死亡を減らすだけで病気そのものを減らすわけではない。

 ◇年間3000人が死亡

 ワクチンはHPV感染そのものを減らすことによって、子宮頸がんにかかること自体を防ぐものです。現在、日本で使用可能な2価あるいは4価のHPVワクチンで6~7割、日本で未承認の9価のワクチンであればさらに高い予防効果があるとされています。100%でないからといって、有効な予防法があるのに使わないのは、いい選択肢とは言えないと思います。

 子宮頸がん検診の受診率が4割程度と先進国の中で低いことも問題です。子宮頸がんは発症年齢が若く、妊娠、出産にも影響します。とくに20歳~40歳代の若い世代で著しく増加している子宮頸がんの予防は、きわめて重要な課題だと思います。

 ---今後のワクチン接種、子宮頸がんをめぐる状況は、疫学の立場からご覧になって、どうなっていくと思われますか。

インタビューに応える鈴木貞夫教授

 現在の状況は、正義感や価値観が動きすぎていて、根底にある科学性が無視されている。複雑になりすぎて、総合的に判断する人が誰もいない状況だと思います。私の論文がオンライン上に公開されたのが昨年の2月。1年以上たった現在になっても、この論文に関する新聞の取材や報道は私の知る限り、ゼロです。

 疫学者の立場で言えることは、HPVワクチンを接種した世代だけ子宮頸がんによる死亡率が下がり、その後の世代はそれ以前と同じように毎年3000人死亡する状況に戻るだろうということ。

 世界保健機関(WHO)のワクチン安全性諮問委員会は2016年12月17日に「HPVワクチンの安全性に関する声明」を出し、異例の名指しで日本のHPVワクチンへの対応を批判しています。HPVワクチンと子宮頸がんスクリーニングを急速かつ広範に実施することで、子宮頸がんは21世紀末までに世界のほとんどの国でごくまれな疾患となると推定されています。その中で、日本はどういうかじ取りをしていくのか、今後の動向を客観的に見守っていきたいと思います。(聞き手 医療ジャーナリスト・中山あゆみ)

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