韓国「社会主義国化」を食い止める4.15総選挙の意味、元駐韓大使が解説

韓国「社会主義国化」を食い止める4.15総選挙の意味、元駐韓大使が解説

 韓国では4月15日に国会議員選挙が予定されている。あえて「予定」と明記したのは、新型コロナウイルス感染症の影響で、延期になる可能性も排除できないからだ。

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 だが、選挙が予定通り実施されてもされなくても、今回の選挙は、過去の選挙よりも韓国の国情を大きく左右する、非常に重要な意味があるものだ。そこで今回、その理由と背景および今後の韓国の内政、経済、外交に与える影響について数回に分けて解説したい。

 まず、本稿では選挙が韓国国民と文在寅大統領にとってどのような意味を持つのかを解説していきたい。

● 選挙は韓国国民にとって文政権の 2年間の政治を変える最後の機会!?

 文政権は民主的選挙で政権を握ったが、その後の2年間で独裁体制を確立した。そして、この優位な地位を利用し、内政的には左派国粋主義にかじを切っており、外交的には日米を離れ、中朝に近づくレッドチーム入りを目指している。経済的には企業の自由な活動を支援するよりも労働者の地位を高める政策に出ている。

 拙著『文在寅の謀略――すべて見抜いた!』で解説しているが、文政権の2年間は民主主義のルールに基づいて当選しておきながら、社会主義国を目指した政治と言っても過言ではない。

 文政権は既に政府各部門や言論を支配下に収め、反対勢力を無力化することに成功しつつある。文政権に対抗できるのは、国民の総意しか残されていない。そしてその総意を示すことができる最後の機会が、国会議員選挙である。

 そのため、文政権は選挙ではあらゆる工作を動員し、勝利することを目指している。その代表的な工作が選挙法の改正だ。少数政党に有利といわれる「準連動型比例代表制」の導入が柱で、最大野党である未来統合党力をそぐ工作だといえる。

 さらに文大統領の母体である「共に民主党」では、元大統領秘書官などの側近を大量に送り込み、与党内の多数派工作も進めた。韓国内では、蔚山の市長選挙で行ったような選挙不正が行われるのではないかと危惧する声も上がりつつある。

 そんな中で発生したのが新型コロナウイルスの感染拡大であり、それに伴う政権への批判、金融・外為・実体経済の混乱と収縮である。

 この新型コロナ問題で、文政権は自画自賛と責任逃れの行動を繰り返し、対策に右往左往した。大邱と慶尚北道の集団感染は落ち着いたが、感染は首都圏への広がりを見せている。文政権は相変わらず世論操作が巧みで、種々の世論調査結果からは実際の支持率は見えてこない。

 韓国国民にとって今回の選挙は、文政権の2年間を民主的な選挙を通して評価し、社会主義国化を防ぐ最後の機会であるといえる。

 一方で文大統領にとって、今回の選挙は社会主義国家の建設へ突き進むことができるかどうかの試金石となる。選挙に勝利した暁には、次項から解説する3つの方針を完遂することになるだろう。

● (1)人事で反対勢力を封じ込め、身内に甘い

 文大統領は就任式の演説で、すべての国民に奉仕する大統領になるとの考えを示したが、就任後、直ちに力を注いだのは過去の保守政権の業績を否定する「積弊の清算」だった。朴槿恵と李明博という2人の大統領経験者の不正をただすという名目で相次いで逮捕し、当時の政権幹部も、多くが獄中生活を送ることになった。

 ただ、これは文大統領にとってはほんの手始めにすぎなかった。

 行政府ばかりではなく、立法や司法においても、人事や制度改革を断行。自身の意のままに管理するようになり、今では文政権の主要幹部は、学生運動出身者や親北人士で占められている。

 言論についても同様だ。幹部人事や労働組合を通じて影響力を行使している。一部の主要新聞を除き、マスコミはチェック・アンド・バランス機能を果たせなくなっている。

 唯一、政権に対抗していたのが検察であった。だが、これも検察改革の名のもとに「高位公職者犯罪捜査処」を設置し、大統領をはじめ長官などの高位公職者に対する捜査権を奪った。

 この結果、文政権の幹部に対する捜査が事実上ストップしている。日本でも話題になった曺国前法務部長官のようなスキャンダルまみれの人物に対する捜査についてさえ進展が見られず、ほとんど報じられることはなくなった。

 その一方で、対抗する保守系の政治家に対しては不正追及と称して思う存分捜査権を行使できるようになり、政府に反対する勢力の抑え込みが完成の域に近づいている。

 反対勢力の抑え込みが進むと、身内に甘くなるのは当然の帰結だろう。文大統領の周辺からは疑惑が噴出している。

 筆頭は「疑惑の百貨店(玉ねぎ男)」といわれる曺国前法務部長官だろう。そもそも文大統領は、検察が曺国氏とその家族に対する捜査を進められているにもかかわらず、「検察を改革する」ためという名目で強引に法務部長官に任命した。しかし、曺国氏の子女の不正入学や株価操作による不当利得などの疑惑が噴出。世論が硬化し、50万人ともいわれる大衆デモによって、曺国氏は辞任せざるを得なくなった。

 それ以外でも、文大統領の娘の高級マンション売却とタイ移住、大統領府が関与した蔚山市長選挙の不正など、大統領の家族や側近が関与したとされる不正疑惑が明るみに出ている。

 しかし、こうした疑惑が出てくるたびに文大統領は掌握した政治権力と言論機関により、巧みにもみ消し続けた。それと同時に文政権は曺国氏の辞任で危機感を抱き、左翼政権が二度と揺さぶられないように独裁志向を一層進めていった。

 これまでの韓国の国内政治は、10年ごとに保守と革新の政権が入れ替わってきた。そしてその都度、政策も大きく変わってきた。このパターンでいけば8年後、再び保守政権が誕生する。そのとき、文政権が進めてきた国づくりは白紙に戻されるだろう。文大統領はそれを危惧しており、何としても20年間にわたって革新政権を持続させ、後戻りできないようにするため独裁体制を強化している。

 しかし、なぜこのような独裁的な政治改革を進める左派に、いまだに支持が集まるのか疑問に思うだろう。それはかつて、民主政治家や左派の政治家の努力によって、朴正熙や全斗煥といった軍人出身の右翼独裁政権を倒したという歴史があり、「左派=民主勢力」という幻想が残っているからである。

 今の文政権は左派ではあるが、行っていることは国粋主義者による独裁国家の建設、究極的には社会主義国家の建設である。

● (2)目指せ!レッドチーム入り

 文大統領の基本的な考え方は、「日米の意見に左右されるのは恥」「中国とは運命共同体」というものだ。さらに北朝鮮とは同一民族として非核化に消極的であることには目をつむり、関係を深めていきたいという考え方だ。

 一昨年の平昌オリンピックを契機とする南北雪解けムードの中、韓国は南北首脳会談を通じて北朝鮮との関係改善の道筋をつけるとともに、米朝首脳会談の仲介役として非核化交渉と米国による対北朝鮮制裁の解除を模索してきた。

 しかし、2019年2月、ベトナムにおいて米朝首脳会談が決裂し、その原因の一端が文大統領が米朝に過大な期待を与える情報だったことが明らかとなり、米朝双方から仲介役を否定された。だがそれでも、文大統領は北朝鮮に寄り添い、南北協力の糸口を探し続けた。そして本年に入ってからは、北朝鮮への個別観光を米国の意向にかかわらず進めることを宣言した。

 他方でトランプ米大統領は、北朝鮮に非核化の意思が見られないことから、北朝鮮との対話には消極的になっている。

 韓国はこうした状況を理解せず、国内の新型コロナウイルス対策を進める中で、北朝鮮への協力を申し出ている。もはや韓国は、米国を中心とした北朝鮮封じ込め戦略から一線を画し、我が道を行くようになったと言わざるを得ない。

 韓国は中国との関係でも、卑屈な対応に終始している。

 習近平国家主席との会談では、香港問題について「中国の内政問題」と発言し、これが中国によってマスコミに暴露された。文大統領は日本の報道を通じてこのニュースが拡散されていることに気づくと、あろうことか日本を批判した。直接中国を批判できないのだろう。さらに、新型コロナウイルスの拡散期には、中国からの入国禁止を求める国内の世論を無視している。

 日米との関係では、読者諸兄も記憶に新しいのではないだろうか。

 米国の反対を押し切って、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を進めようと試みた。それ以前には北朝鮮との国境線である38度線沿いの偵察飛行を中止し、日米を含む安全保障体制を脆弱化させている。

 こうした流れを見ると、韓国はこれまでの日米韓の同盟関係を徐々に見直し、中朝を中心としたレッドチーム入りを目指しているとしか考えられない。

● (3)労組を経営に参画させ、経済も社会主義化

 文政権の経済政策は、最低賃金の大幅な引き上げによる格差是正を目指す所得主導経済成長政策である。だが、それが韓国経済の体力を奪い、新型コロナウイルス対策においても、韓国経済を危機におとしめる要因となっている。

 さらに注視すべきことは、韓国の労働組合を企業経営に参加させるように後押ししていることだ。過激な労組である民主労総が力を付け、傍若無人にふるまっているのは、文政権の後ろ盾があるからだ。さらに、これまで企業内の労組がなかったサムソンにおいて、労組が結成されたことも、特筆すべき点だろう。

 対する韓国企業の経営陣は、こうした文政権の経済政策に反対であっても、抵抗できなくなっている。韓国企業は労組を通してますます政府の管理下に置かれ、自由な経済活動ができなくなるのではないだろうか。

● 国会議員選挙は予定通り行われるか

 以上述べてきたように、今回の選挙は文在寅政権にとって、左派独裁を確立し、社会主義国化していくための重要な通過点なのだ。前述の3つの政策を完遂し、決定づける機会という位置づけで臨んでくるだろう。

 問題は、この選挙が予定通り4月15日に行われるのかどうかである。

 新型コロナウイルス対策で国は危機的状況にあるが、文大統領が勝てると考えれば予定通り行われ、少しでも情勢が悪ければ時期を遅らせることになるだろう。したがって、この数週間の韓国世論がどう変化していくかは、よく観察しておく必要がある。

 韓国世論を推し量る材料の1つが、政権支持率の調査をしているリアルメーターの調査だ。直近では文政権の対応を評価する人は58%、評価しない人は40%であった。また政党別支持率でも、与党「共に民主党」が最大野党「未来統合党」を上回っている。

 これを見る限り選挙は政権側の勝利となる可能性が高く、選挙は予定通り行われると予想できる。

 しかし、リアルメーターの調査は疑問視されていることも申し添えておく。リアルメーターは文政権になって7回の審議措置を受けた揚げ句、2月21日に中央世論調査審議委員会が調査の「信頼性と客観性」を理由としてリアルメーターに課徴金処分を下している。

 仮にリアルメーターの結果を信じるならば、文政権が新型コロナウイルス対策で、国民からそれほど否定的な評価を受けていない可能性はある。新型コロナウイルス感染者の大半が大邱と慶尚北道に集中しており、それ以外への広がりは比較的抑えられてきたからである。

 選挙を延期することは政権にとって有利に働くとは限らない。韓国の経済状況が金融・外為・実体経済の複合的危機の様相が強まってきていることが、政権にとって逆風となっているからだ。こうした経済状況は時間がたつにつれて悪くなることが予想される。文大統領にとっては、支持率が高く、経済状況が持ちこたえているうちに選挙を早く済ませたいというのが本音だろう。

 韓国の選挙運動の特徴は、大衆動員とSNSの活用だ。新型コロナウイルスの感染拡大は収まったわけではなく、依然として大邱から首都圏への拡散の可能性があり、危険な状況だ。本来なら、新型コロナウイルスの状況が落ち着いてから選挙を行う方が望ましい。だが、文政権にとって重要なことは、選挙を公明正大に行う環境にあるかではなく、勝てるかどうかである。

 今回の選挙情勢と選挙後の韓国の内政、外交、経済の見通しは、この先2~3週間の韓国世論と新型コロナウイルス拡大の情勢を見つつ、分析を進めていきたい。

 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

武藤正敏

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