新型コロナ 世界のPCR検査は日本の技術が支えているのに日本では活躍できない岩盤規制の皮肉
駐日フランス大使からの感謝状
[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染拡大に伴い論争が激化しているPCR検査について、開発ベンチャー会社プレシジョン・システム・サイエンス(以下PSS社、千葉県松戸市)が全自動PCR検査システムの共同開発で駐日フランス大使から感謝状を送られました。
田島秀二社長はこうコメントしています。
「世界各国が新型コロナウイルスと戦っています。フランスにおいて弊社と仏エリテック社が共同開発した全自動PCR検査システムと試薬キットがウイルス検出に大きな役割を果たしていることで駐日フランス大使よりお礼状を頂きました」
PSS社がエリテック社ブランドとしてOEM供給(納入先商標による受託製造)している全自動PCR検査システムは、新型コロナウイルスで2万6000人を超える死者を出したフランスの医療現場で活躍しています。抽出試薬や付属の消耗品も供給しています。
PSS社と東京農工大学は「ウイルス拡散を防ぐにはPCR検査診断と接触の最小限化が不可欠」として今年3月10日、核酸抽出からリアルタイムPCRまでを全自動化したgeneLEADシステムを活用して新型コロナウイルスの迅速診断技術の可能性を確認したと発表しています。
「面倒臭くて、できればやりたくない」PCR検査
PCR検査は高価で多大な労力を要するため「面倒臭くて、できればやりたくない」というのが日本の現状です。中国湖北省武漢市を基点とした新型コロナウイルス「武漢株」の封じ込めに成功したため、診断はコロナ特有の症状と肺炎のCTスキャンで十分でした。
「武漢株」より感染力が強い可能性があり、欧州で深刻な被害をもたらした「欧州株」。その「欧州株」の第二波の感染が拡大したため、安倍晋三首相は4月7日、国家緊急事態宣言を行い、5月4日に同月末まで延長すると表明したばかり。
獣医師も動物のPCR検査を行っています。埼玉県狭山市の中央動物病院のブログにこう書かれています。「世界の多くの国で実施されている全自動PCR検査を支えているのは、実は日本の技術なのです」(4月18日)。
「新型コロナウイルスに対するPCR検査は(1)検体の採取→(2)ウイルス遺伝子(核酸)の抽出→(3)ウイルス遺伝子の増幅→(4)増幅産物検出。この中で最も人手を必要とする工程が、ウイルス遺伝子の抽出です」
「ウイルス遺伝子抽出は非常に手間がかかり、コンタミネーション(汚染)や検体の取り違えなどが起きやすい工程で、全自動化されていない場合では検体数をこなすことはできません」
「イタリアの最前線で行われている全自動PCR検査機器の一つにエリテック社製のものがありますが、日本メーカーのOEM製品です。つまり、日本の会社がエリテック社の製品を製造してあげているのです」
ロシュ社の全自動システムにも日本の技術
PSS社の全自動PCR検査システムには同時に検査できる検体数ごとに8、12、24、96の4機種あり、8と12は実用化され、フランスやイタリアなど欧州の医療現場で大活躍しています。スイス・ロシュ社の全自動PCR検査機器の中枢部分にもPSS社の技術が組み込まれています。
日本では富士フィルムや島津製作所が全自動PCR検査用の試薬やキットを開発するなど競争が激化していますが、PSS社の装置や試薬はまだ厚生労働省に認可されていないそうです。海外ではすでに使われているのに国内では使えないというのが日本の悲しい現実のようです。
専門家会議の尾身茂副座長は「国内のPCR検査数が海外に比べて明らかに少なく、必要な人が受けられるようにするべきだと専門家はみんな思っている。早い時期から議論したがなかなか進まなかった。これにはフラストレーションがあった」と釈明しました。
上のグラフを見ると日本のPCR検査能力が各国に比べると格段に劣ることが一目瞭然です。加藤勝信厚生労働相は4月30日、1日当たりの処理能力を現在の1万5000件から2万件に拡充するが「2万件検査するとは言っていない」と言葉を濁しました。
【PCR検査を拡充できなかった理由と原因】
専門家会議はPCR検査を迅速に拡充できなかった理由について列挙しています。
(1)制度的に地方衛生研究所は行政検査(衛生・環境関連法に基づき各自治体の保険当局が疫学調査のために行う検査)が主体。新興感染症について大量検査を行うことを想定した体制は整備されていない。
(2)過去のSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)では国内で多数の患者が発生せず、PCRなど検査能力の拡充を求める議論が起こらなかった。
(3)新型コロナウイルスの流行で重症例など診断のために検査を優先させざるを得なかった。
(4)専門家会議の提言も受け、PCR検査の民間活用や保険適用などの取り組みを講じたが、拡充がすぐには進まなかった。
(5)帰国者・接触者相談センター機能も担う保健所の業務過多。人員削減による人手不足。
(6)入院先を確保する仕組みが十分に機能していない地域もあった。
(7)地衛研は限られたリソースの中で通常の検査業務も並行して実施する必要があった。
(8)検体採取者・検査実施者のマスクや防護服など感染防護具が圧倒的に不足。
(9)保健適用後、一般の医療機関は都道府県との契約がなければPCRなどの検査を行うことができなかった。
(10)民間検査会社などに検体を運ぶための特殊な輸送機材が必要だった。
【改善目標】
医師が必要と考える軽症者を含む疑い患者に対し「迅速かつ確実に検査を実施できる」体制に移行すべきだとして以下の7項目の改善目標を掲げました。
(1)保健所、地衛研の体制強化、労務負担軽減
(2)都道府県調整本部の活性化
(3)地域外来・検査センターのさらなる設置
(4)感染防護具、検体採取キット、検査キットの確実な調達
(5)検体採取者のトレーニングとPCRなどの検査の品質管理
(6)PCR検査体制の把握、検査数や陽性率のモニターと公表
(7)PCR検査などを補完する迅速抗原診断キットの開発、質の高い検査の実施体制の構築
田島社長はPSS社のHPにある動画(4月15日)で「日本の医療体制は整っているので、他に診断する手段があった。韓国では安くPCR検査ができるため普及した。PCR検査は普通の人にはできず、人材が不足している。これに対応するには自動化しかない」と指摘しています。
日本の技術を埋もれさせた「失われた30年」
田島社長の話では検査技師の手作業に頼るPCR検査には6~12時間かかるものの、PSS社のシステムでは平均して2時間ぐらいまで短縮できるそうです。日本は金融バブル崩壊後の「失われた30年」、世界に冠たる日本の技術を埋もれさせてしまいました。
日本はいまだに利益団体と政官財の利権構造、既得権益、岩盤規制、官僚主義、お役所仕事に雁字搦めになっています。そのためにPCR検査の核心的な技術を持ちながら、それを拡大できないのです。
少子高齢化が進む日本で人手不足を解消するためには思い切った自動・無人・IT化を進めるほかありません。専門家会議の状況分析・提言はそうした視点を全く欠いています。新型コロナウイルス・パンデミックを機に岩盤規制を破壊できなければ日本の未来は開けないでしょう。
(おわり)
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
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