「自分の身は自分で守る」――台湾はなぜ「新型コロナ」に勝てたのか

5/10(日) 11:00配信文春オンライン
「自分の身は自分で守る」――台湾はなぜ「新型コロナ」に勝てたのか #1

 新型コロナとの戦いに「勝利」をおさめたといっていい台湾。これまでに確認されている感染者数は439人、死亡者数は6人(5月6日時点)で、中国から近い距離にありながら、人数は少なく抑えられている。デジタル担当大臣であるオードリー・タン氏が仕掛けた「マスク配布システム」が脚光を浴び、世界最速で開幕したプロ野球も5月8日からは観客を入れて開催する。

 日本のはるか先を行く“お隣の国”のコロナ対策から学べることは多い。「日本台湾交流協会」台北事務所(大使館に相当)の泉裕泰代表に、「コロナ対策、成功の理由」を聞いた。( 全2回の1回目 / 後編に続く )

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 台湾に新型コロナウイルス(Covid-19)対応のための中央感染症指揮センターが設置されてからというもの、陳時中・衛生福利部長と幹部らは、ほぼ毎日1時間ほど、ピーク時には1日に複数回の記者会見を行ってきました。報道によれば陳部長は、連続130日間以上、休みなしで働き続けているそうです。

 4月28日、台湾は3日連続で新規感染者ゼロを記録し、幹部一同は会見で、第一線に立ち続けてきたのは自分たちではなく、医療関係者や、防疫措置に協力してきたすべての民衆であるとして、感謝を述べました。中央感染症指揮センターが設置されてから、ちょうど100日目のことでした。

指揮センターへの協力を惜しまないメディア
 指揮センターの日々の記者会見を見ていて、驚いたことがあります。インターネットでも同時配信されており、難しい話も多いこの会見を、主要テレビ局がほぼ、すべての質問が終わるまで中継するのです。

 世界に感染が広がった2月、入国拒否措置が全世界に急速に広がり、海外から戻った人の感染が急増した3月頃まではそれも当然だろうと思っていましたが、小康状態と言ってよい今に至っても、その傾向に大きな変化はありません。いくら視聴者の関心が高くても、大きな注目点がない中で、似たような質問が続く会見を、最後まで中継を続けるというのは、視聴率を重視するテレビ局にとっては、大変珍しいことだと聞きました。

 これは、テレビ各局が、この危機において社会インフラとしての役割を担おうとしていること、その前提として、指揮センターとメディアとの間に、しっかりとした信頼関係が築かれていることを意味しているのではないか、私は、そのように感じています。

 対応の責任者らはメディアを通して毎日市民と向き合い、メディアの側も、批判的視線を保ちながらも、人々の健康と命を守るために、指揮センターへの協力を惜しまない。そして一般の市民らも、一定の不便や経済的損失もある中で、人類が直面したことのない危機に際して、一致協力して乗り越えようと努力し、支え合っている。

台湾の防疫はなぜ成功しているのか
「台湾の防疫はなぜ成功しているのか」とよく聞かれます。2月初旬という非常に早い段階で当局によるマスク管理を開始したことや、デジタル担当大臣のオードリー・タン氏が開発を支援したという薬局ごとにマスクの在庫を確認できるアプリなどは、日本でもよく知られているようです。2月中旬には、中国との空路を大幅に制限しました。私がこの3か月あまりの間、現地で見てきて感じるのは、そうした様々な政策が大変功を奏しているということを大前提としつつ、そうした防疫に直結する政策のみならず、当局とメディアの連携の成功、そして一般の人々の危機意識の高さ、これらのうちのいずれか一つでも欠けていたら、今ほどの成功はなかったかもしれない、ということです。

 では、なぜ台湾はそれができたのでしょうか。私が思うのはやはり、2003年のSARSの経験です。この時、台湾では、大流行地域であった中国と香港の次に多い犠牲者を出してしまいました。院内感染も起こり、台湾中がパニックに見舞われたそうです。このことは、台湾に、深い悲しみと、そして、「自分の身は自分で守る」という、強い決意をもたらしたのではないかと思います。

 台湾はSARSの後、伝染病防治法を大幅に改正し、強制力を伴う各種感染症対応の措置を可能としました。それだけでなく、毎年、感染症対策のシミュレーションを続けてきたと言います。いつ何時やってくるか分からない、もしかすると永遠にやってこないかもしれない「次のSARS」に、ひたすら備え続けてきたのです。

 台湾は、昨年12月の段階で中国・武漢における原因不明の伝染病に関するネット等の情報を確認し、1月中旬には現地に調査団を派遣しました。発信される情報のみに頼らず、自らの目で事実を確認するために、素早く動いたのです。「自分の身は自分で守る」という決意の表れなのでしょう。

世界は台湾の取り組みから多くを学べる
 中国は、昨年8月から、「現下の両岸(中台)関係」を理由に、台湾への個人旅行を停止し、これに伴い、すでに減少傾向にあった団体旅行も一層少なくなりました。中国人旅行客は、台湾の観光産業において大きなウエイトを占めていたので、現在の蔡英文体制にとっては、少なからず経済的なプレッシャーになったはずです。今振り返ってみると、今年1月下旬の旧正月の時点で、中国からの旅行客が大幅に減少していたことは、台湾の防疫にとってはプラスに働いたと言えるでしょう。しかし、それだけで「ラッキーだった」と評価するのは、不公平というものだと思います。

 人口約2300万人の台湾では、100万人近い人が中国で働いているとも言われており、36万人以上が中国の人と結婚しています。旧正月には、多くの人たちが中台間を移動したことでしょう。実際、1月21日に確認された台湾で最初の感染は武漢からの帰台者で、13人目までは、すべて武漢の関係でした。減っていたとは言え、この中には武漢からの中国人旅行者も含まれていました。米ジョンズ・ホプキンス大学の1月のレポートでは、中国と距離的に近く人的往来も活発な台湾での、深刻な感染拡大を予測していました。当初、この予測に大きな疑問を抱いた人は少なかったのではないでしょうか。

 台湾は、その予想を見事な形で裏切ったのです。それは、なぜでしょうか。台湾は、世界保健機関(WHO)に参加できておらず、感染症情報の世界的ネットワークに、思うようにアクセスできないという困難を抱えています。もしもですが、このことが、感染症対策における台湾のサバイバル能力を高めたのだとしたら、あまりにも悲しいことです。世界的な保健課題への対応には、地理的な空白があってはなりません。もうじき、WHO総会(WHA)が開催されます。繰り返しになりますが、日本は、台湾のオブザーバー参加を、力強く支持する立場です。私たちは、世界の保健・衛生課題のために、今回の台湾の防疫の取組から、多くのことを学べると確信しています。

日本のことを心から気にかけている台湾の人たち
 台湾の感染症対策が成功を収めていることは、日本でも広く知られていると思います。台湾はその成功を誇示することなく、人助けの心で、世界を助ける側に回っています。4月1日、台湾は、感染拡大が深刻な欧州等に、計1000万枚のマスクを寄贈することを発表しました。台湾での市民へのマスク割り当ては2週間に9枚ずつに増え、新規感染も1日ひと桁台で推移するようになってはいましたが、まだまだ気を抜けない状況です。助けてもらえない辛さを身をもって理解しているからこそ、困っている人を助けたい、世界の役に立ちたい、台湾は世界に貢献できるのだと示したい、そのような強い思いを感じました。

 この発表を受けて、台湾の方からは、「日本にはマスクを贈らないのか」という質問が相次いだそうです。自分たちもまだ大変な時に、日本のことを心から気にかけてくれる台湾の人たちの気持ちに、私は本当に感動しました。日本の緊急事態宣言発令の行方が注目を集めていた時期で、当所のフェイスブックにも連日、日本の状況をわがことのように心配し、励ます声が寄せられました。

 台湾は東日本大震災の時にも、250億円以上にものぼる破格と言える額の義援金を寄せてくれました。お金だけではありません。日本が台風の被害で苦しかった時も、沖縄の歴史的な首里城が火災に遭った時も、そして日台共通のお茶の間の記憶である志村けんさんが不幸にも亡くなられてしまった時も、蔡英文総統をはじめ、本当にたくさんの台湾の方々が、日本の気持ちに寄り添ってくださいました。そこにあったのは、真の友人としての、自然な気持ちです。

 私が台湾の方々に御礼を伝えたり、台湾の防疫の取組への敬意を述べたりすると、いつも返ってくるのは「日本は大事な友達です、台湾だっていつも日本に助けてもらっています」「日本も本当に頑張っているじゃないですか、一緒に乗り越えましょう」という、謙虚な言葉です。

「Taiwan Can Help」「Taiwan is Helping」、これは、世界の役に立ちたいと願う台湾の、スローガンです。私はこれを、「Taiwan is Helping the World」とアレンジしました。台湾は、逆境をものともせず、的確な感染症対策の実践と心ある国際支援により、台湾が世界の感染症対策における不可欠のパートナーであることを、身をもって示したのです。私たちは、この思いに応えていかなければならないと思っています。

必要なことは政権による「丁寧な説明」と「ユーモア」――台湾はなぜ「新型コロナ」に勝てたのか #2

「自分の身は自分で守る」――台湾はなぜ「新型コロナ」に勝てたのか #1 から続く

 新型コロナに「勝利」をおさめたといっていい台湾。対策成功の理由を、「日本台湾交流協会」台北事務所(大使館に相当)の泉裕泰代表に聞く。後編のテーマは、政府の強力な権限が必要とされる感染症対策と、民主主義は両立するのか。自らの権利を重視する台湾の市民たちが一致協力した背景には、政権の「丁寧な説明」と「ユーモア」があった。( 全2回の2回目 / 前編から続く )

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 一つ、指摘しておかなければならないことがあります。世界に広がった新型コロナウイルスへの対応をめぐって、一部には、「政府の強力な権限や市民の自由の制限等を必要とする感染症対策は、民主主義とは相性が悪い」という議論があるようです。その側面を否定するものではありませんが、台湾は今回もう一つ、「徹底した民主主義社会における徹底した感染症対策」が可能であることを、示してくれたと思っています。

自らの権利を重視する台湾の人たち
 防疫のためにはどうしても、誰もが平時と同じような自由を享受することは難しくなります。罰則規定を伴う台湾の厳格な各種対応に対しても、今回、導入当初に市民から全く反発がなかった訳ではありません。しかし、結果としては大きな混乱もなく、大多数の人が協力することで、その成果を確かなものとしたのです。

 それは、台湾が普段から、お上の指示に素直に従う社会だからでしょうか? いいえ、むしろ全く逆と言ってよいかもしれません。流血革命を経ずに、しかし素手で戦って現在の民主体制を勝ち取ってきた台湾の人たちは、自らの権利をとても重視していると思います。

 1月に、史上最高の得票数で再選された蔡英文総統ですが、そのたった1年ほど前の統一地方選挙では、蔡政権への不満は頂点に達していて、蔡氏率いる民進党は、歴史的惨敗を喫しました。台湾の有権者は、為政者が誰であれ、納得できなければ、はっきりとその意思を示すのです。中国とのサービス貿易取決めに反対する学生らが立法院を占拠した2014年の「ひまわり学生運動」のことは、まだ記憶に新しいと思います。2016年の蔡政権発足後も、同性婚や労働争議から地域の暮らしのことまで、多くの人が、路上で、ネット上で抗議の声を上げ、権利を勝ち取ってきました。

台湾のパワーの秘密は“ユーモア”?
 さて、話を戻しましょう。このように、自由で権利意識が浸透している台湾において、人々が一致団結して、様々な規制や自粛に協力してきたのはなぜなのか。それは、前編でご紹介した、政権による丁寧な説明や情報公開といった、メディアを通した市民との粘り強い対話、それによって築かれた相互信頼によるものなのではないかと、私は思います。

 もちろん人間ですから、疲れてテレビカメラの前で思わずきつい言葉を発してしまうこともあります。そんな時、陳部長は次の日の会見で、「昨日は申し訳なかった、あれは私の双子の弟なので、許してやってくれ」と、ユーモアを交えて謝罪していて、思わずこちらも笑ってしまいました。ユーモアというのは、ひょっとすると、台湾のパワーの秘密なのかもしれません。私は、オードリー・タンさんにお会いしたことがあるのですが、ITのプロである彼女も、ぎすぎすしがちなネットの世界では、ユーモアが一番強いのだ、と言っていました。とても早口で、聴き取るのが大変でしたけれど。

 ユーモアついでに、日本ではあまり紹介されていない、台湾のユニークな防疫対策についてお話ししたいと思います。指揮センターが立ち上がってから、連日のように、「手を洗おう」「週末は家にいよう」等の呼びかけがなされています。この呼びかけを行うデジタルポスターに、陳部長の分身だという柴犬が登場します。実によく似ています。なぜ柴犬なのか、日本が好きだからなのか、お顔が柴犬に似ているからなのか、今度ぜひ聞いてみたいと思っています。

 かわいい柴犬が、手を替え品を替え面白く呼びかけるので、何となく顔がほころび、ぜひ私も協力しよう、という気分になります。例えて言うなら、柴犬のマスコットで結ばれた大勢の人と一緒に、共同作業に取り組んでいるような感覚でしょうか。

愛情あふれる市民との一体感
 また膝を打ったのが、蘇貞昌行政院長による、買い占め対策の呼びかけです。台湾が大規模な上陸拒否措置を打ち出し危機感がより高まった3月中旬、台湾でも買いだめ現象が発生しました。この時、蘇行政院長は、「在庫はいくらでもありますのでどんどん買ってください、コロナで不景気なので、ぜひたくさん買って経済に貢献してください」と呼びかけたのです。なるほど、ないと思うと焦るのが人間の心理であり、このように言われてしまうと、スーパーに走ろうという気は失せてしまいますよね。

 また、これは日本でも報道されたようですが、陳部長の記者会見で、「マスク購入の際に色を選べないため、ピンク色のマスクが当たった男の子が学校でいじめられるのではないかと不安がっている」という指摘がありました。私は実は、なんてつまらないことを聞くのだろうと思ったのです。ところが、陳部長は、指揮センターの男性幹部らとともに次の日の会見で全員ピンク色のマスクをつけて登場し、「何色でもマスクはマスク、ピンクも悪くないですよ、私が子供の頃はピンクパンサーが大好きでした」と語りかけたのです。前編の冒頭でご紹介した、医療関係者や民衆への感謝の言葉もそうですが、ユーモラスであるだけではなく、こうした愛情あふれる市民との一体感は、ピリピリしがちな社会の空気を和らげてくれました。

 今、日本は、まさに山場を乗り切ろうとしているところで、依然厳しい状況が続いています。どうか、みな一致協力して、この難局を乗り切ってほしい、台湾にできることは何でもしたい、多くの台湾の人が、心からそう願っています。その思いを届けるのも、私の役目だと思っています。日本がどんな苦境に陥っても、心からのエールを寄せ続け、それを行動で示してくれる親友、それが台湾です。全てが過ぎ去った後、より多くの人たちが日本と台湾を行き来し、日本と台湾がより近い関係となり、より強い絆で結ばれるよう、微力ながら、力を尽くしていく所存です。

木村 元彦

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