髙橋 洋一経済学者
嘉悦大学教授プロフィール
経済対策はまったく力不足
コロナショックが、どえらいことになっている。
IMF(国際通貨基金)は2020年の世界経済の成長率について、1929年の世界恐慌以降、最悪になるという見通しを明らかにした。世界経済の成長率は、実に170ヵ国以上でマイナスに落ち込むという厳しいものだ。
そうした中、日本政府は7日、緊急経済対策を発表した。その前日に筆者は前回の本コラム(「遅すぎる『緊急事態宣言』コロナより、安倍政権の鈍さのほうが恐ろしい」)を書いたが、事業費こそ当初の60兆円から108兆円に倍増したものの、肝心の「真水」は20兆円にも達しないという著者の予測は、残念ながら当たったようだ。
「事業費108兆円」はGDPの2割と言われるが、筆者は真っ先に煩悩の数を連想してしまった。事業費とGDPは、企業でいえば売上高と利益ほど異なる概念なので、比率を計算すること自体に筆者には違和感がある。重要なのは、GDP押し上げ効果のある真水だ。
この真水の規模について、経済対策を検討した与党議員ですら、おおよその数字もよく知らない。財務省は補正予算の準備をしているはずなので、財務省が与党議員に積極的に知らせなかったのだろう。そんな状態で、議論に応じる与党議員も情けない。重要情報を知らずに意思決定しているということだからだ。
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新聞報道によれば、財政支出は39兆円という。このうち、昨年度の未執行分が10兆円であり、今年度補正予算で手当てされるのは29.2兆円、そのうち財政投融資が12.5兆円という。であれば、真水は16.7兆円だ。これは、今年度補正予算で新たに発行される国債16.8兆円とほぼ見合っている。そもそも年度当初の補正であれば、使いのこりの資金はないはずなので、新規国債発行額がそのまま真水になるはずだ。
正確な数字は、補正予算書案が国会に提出されないとわからないが、真水がこの程度だとGDP比3%程度でしかなく、今回のコロナショックには力不足になる。
このケチケチぶりについて、筆者は「財務省(Z)緊縮病」と揶揄している。
日本の中枢に蔓延する「財務省緊縮病」
財務省は、日本の財政は危うい、財政支出をすると国が破綻する、と思い込んでいる。破綻しないようにするために、財政緊縮こそが何より優先というわけだ。この「財務省緊縮病」には、麻生財務相をはじめ多くの国会議員が感染している。
マスコミも、新聞が消費税の軽減税率という毒まんじゅうを食っているために、財務省に抵抗できず、緊縮財政にエールを送っている。彼らもまさに緊縮病患者だ。学者も、審議会委員をあてがわれたりして、やはりほとんどが財政緊縮病に罹っている。あるマクロ経済学の第一人者などは、「コロナ対策で必要なのは増税だ」という提言を出して、皆を唖然とさせた。
財界も、消費増税のかわりに社会保険料据え置き、法人税減税を財務省に持ちだされており、財務省の応援にまわっている。当然、彼らも緊縮病に罹っている。筆者は、コロナウイルスだけでなく財務省緊縮病も、人命にかかわる恐ろしい病だと思っている。
今回の緊急経済対策には、少額ながら海外生産拠点の日本への回帰を促すものなど、いいものも盛り込まれている。しかし根本的に、あまりに真水が足りなさすぎて、評価に困るというのが正直なところだ。
そもそも日本は、コロナショックだけでなく、昨年10月の消費増税によってすでに経済が痛めつけられている。そこへコロナショックが追い打ちとなり、さらには東京五輪の1年延期も待っている。
マイナス幅について筆者は、消費増税で▲4%、コロナ・五輪延期で▲4%で、あわせてGDPに対して▲8%程度とにらんでいる。
今回の経済対策もすべてが悪いわけではないが、真水総額がGDPの3%ではまったく足りない。いずれ追加措置が必要になるだろう。
その時期は、6月中旬までの今国会中に訪れるだろう。その場合、ポスト安倍を巡る政局になる公算が高い。コロナ終息との兼ね合いが難しいが、東京五輪の予定がすっかり空いた7月には総選挙の可能性すらあるだろう。
各国と比較してみると…?
以上が、日本の緊急経済対策に対する筆者の感想であるが、ここで冷静に世界との比較をしておこう。原資料は、IMFの「POLICY RESPONSES TO COVID-19」である。
どのようにまとめようかと思っていたら、「Mapping How Much Money Governments Are Injecting into their Countries To Fight Coronavirus」という興味深いサイトを見つけた。
そこでは、各国の経済対策が次の図のようにまとめられている。
日本の数字がちょっとおかしいと思ったら、もとの記事が書かれたのが4月8日であり、7日の日本の経済対策が反映されていなかった。そこで、筆者が作成したものが以下のとおりだ。
各国ともに、国内の発表では真水に含まれていないものも計上されているので、この国際比較は暫定的なものであることに注意されたい。そのうえで言えば、日本はアメリカ、オーストラリア、カナダ、ドイツに次ぐくらいの位置だ。
IMFの資料によれば、アメリカやカナダでは現金給付が行われ、オーストラリアでは賃金補填が行われる。
「休業補償」に応じないのも…
こうした緊急事態の対策では、財政政策とともに金融政策も重要である。特に、金融政策はmoney-printing によって、財政上の問題を事実上なくせる。このため、どの国でも大規模な量的緩和、つまり事実上の国債引受・買取が行われる。こうした財政政策を比較したのが以下の表だ。
EU各国は、コロナ対策の債券(コロナ債)を発行し、それをECB(欧州中央銀行)が買取って、対策財源ができる。今後、財政支出が拡大する可能性もある。
この点で、先に述べたように日本では緊縮病が蔓延しており、必要な規模の経済対策が打てない。
先週は、緊急事態宣言が出されたにもかかわらず、各都府県知事は休業要請に手間取った。特に東京都では、要請の範囲がなかなか定まらなかった。休業要請に応じたところに対する休業補償について国と調整していたようだが、国がカネを出さないというスタンスだったからだ。結局、東京都は自前で協力金として休業補償をすることとなった。
今のところ、国は休業補償には応じていない。これでは、財政力のある東京都は休業要請をできるが、財政力のないその他の府県ではできなくなってしまう。
「カネは出さずに口を出す」国家
安倍政権で首相補佐官をしていた磯崎陽輔参議院議員(自民党)は、ツイッターで「全額休業補償をすれば、国は、財政破綻します。国名を挙げれば失礼ですが、イタリアと同じような状況になります。それは、医療崩壊へとつながるのです。」と書いていた(https://twitter.com/isozaki_yousuke/status/1248051177901584385)。
これに対し、筆者は「もしこのような間違った財政破綻論にとりつかれていたら確実に「Z緊縮病」患者。全額休業補償に必要なのはせいぜい数兆円レベル。これで財政破綻といいきるのは、1,2,・・・9,10,「たくさん」という人笑笑。その程度の財源作りなら教えますよ笑」(https://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1249208023450636291)と書いた。
マイナス金利環境だけを使っても1、2兆円くらいの捻出は容易だし、もし通貨発行益まで使えば、先週の本コラムで書いたように100兆円基金くらい簡単に用意できる。
地方自治体では、マイナス金利環境もなく通貨発行益も使えない。そのため、1000億円もの財政支出は難しい。しかし、国にはマイナス金利と通貨発行益という「奥の手」がある。各国は、通貨発行益を使うために、大規模な金融緩和を行う。そして、戦時のような非常時において、国民の生命を守ろうとする。
今回の緊急事態宣言の根拠となっている新型インフルエンザ等対策特別措置法は、国が「カネを出さないくせに地方自治体のやることに口を出す」悪法だ。国がカネを作るのは簡単なので、カネを出すが口は出さないということもできるはずだ。このように国は動くべきだ。
早期終息のためにも補償が必要だ
最後に、世界の新型コロナウイルスの状況と今後の日本の感染者数予測を出しておこう。それぞれ、筆者が以前から出していたものの数字を更新したものだ。
国内の感染者数は当面ハイペースで増えるだろう。そう簡単には終息しそうにない。早く終結させるためにも、休業補償付きの休業要請を行うべきだ。
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