6/5(金) 6:31配信
香港問題、中国はアメリカに「絶対勝てない」と言い切れるワケ
米国と中国の対立が激化している。両国は新型コロナウイルスや香港問題をめぐって、互いに一歩も引かない構えだが、このバトルで中国に勝ち目はない。なぜかと言えば、米国は「ドル」という国際決済通貨を握っているからだ。
中国の習近平政権は先の全国人民代表大会で、香港に「国家安全法」を導入し、統治を抜本的に強化する方針を決めた。これに対して、米国のドナルド・トランプ政権は「香港の1国2制度は失われた」と判断して、中国と香港に制裁を加える方針だ。
トランプ大統領は5月29日、ホワイトハウスのローズガーデンで会見し「香港を特別扱いする措置を撤廃する手続きを開始するよう指示した」と述べた(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-actions-china/)。事実上の制裁発動である。具体的な措置の中身は明らかにしなかったが「犯罪人引渡し協定から軍事転用が可能になる技術の貿易管理まで」幅広い内容になる見通しだ。トランプ氏は「例外はほとんどない」と言明した。
大統領は会見で、知的財産の窃盗から太平洋の領土問題、新型コロナウイルスの隠蔽、製造業のサプライチェーン見直し、違法なスパイ活動、中国人留学生に対する入国制限、米国証券市場に上場している中国企業の慣行調査など、貿易から金融、文化交流に至るまで、中国の問題行動を次々に列挙した。
中でも、私が注目したのは「太平洋の領土問題」である。すぐ続けて「中国は航行の自由と国際貿易を脅かしている」と語っているので、これは、中国が「南シナ海の岩礁を埋め立てて、軍事基地を建設した問題」を指している、とみて間違いない。
米国が100%、勝つ
なぜ、ここが重要かといえば、これまで大統領は貿易問題に特化して、中国を批判していた。それが、いよいよ本丸の安全保障問題に踏み込んできたからだ。トランプ氏が公の場で南シナ海問題に言及したのは、これが初めてと思う。私には前例の記憶がない。
大統領の後ろには、マイク・ポンペオ国務長官とともに、スティーブン・ムニューシン財務長官ら経済閣僚の姿があった。対中強硬路線は経済閣僚にも共有された「オール・トランプ政権」の政策なのだ、とアピールした形である。
中国は豚肉や大豆など米国産農産物の輸入を一時停止して、反撃に出ようとしている(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-06-01/QB8N2YDWLU6S01)。1月の第1段階合意で、中国は「2年間で2000億ドルの輸入」を米国に約束したが、合意はいまや風前の灯火である。
米中対立は貿易問題を超えて、いまや金融や安全保障分野にも戦線を広げつつあるが、さて、この戦いの勝者はどちらなのか。これから(おそらく長い)戦いが始まるのに「いまから勝者を断定するのは、早すぎる」と思う読者もいるかもしれない。
だが、結末ははっきりしている。米国が100%、勝つ。読者は「米国の勝利」を前提にして、ビジネスや留学その他のプランを立てるべきだ。どちらが勝つか見極めないまま、ああだこうだと今後のシナリオを考えても、失敗する可能性が高いだろう。
なぜ、米国が勝つのか。
中国にもある「米ドル依存」の枷
根本的な理由の1つは、国際的な取引で決済通貨の中心になっているのは、米ドルであるからだ。中国や香港といえども、米ドル依存は変わらない。まず、香港からみていこう。
香港の「疑似・中央銀行」である香港金融管理局(HKMA)は、香港上海銀行など3行が発行する香港ドルを管理している。この通貨の価値は、何によって担保されているかと言えば、米ドルだ。HKMAは香港が通貨危機に見舞われた1983年以来、7.8香港ドルを1米ドルとする「ドルペッグ制」を採用し、以来、この水準での固定相場を守ってきた。
どうやって、水準を維持するのか。もしも香港ドルが7.8のレートを上回って、安くなるようなら、HKMAが米ドルを売って香港ドルを吸収する為替介入をする。逆に下回って高くなるようなら、米ドルを買って香港ドルを市中に供給する。
為替介入を可能にするのは、HKMAが潤沢な「米ドルによる外貨準備」を保有していることが絶対条件になっている。もしも手持ちの米ドルが枯渇して、米ドル売り介入できなくなったら、余分な香港ドルを吸収できずに、香港ドルが暴落してしまう。
HKMAが「香港ドルはいつでも7.8の固定レートで米ドルに交換できる」と保証してきたからこそ、香港は国際金融センターとして機能してきた。投資家や企業、市民たちは「香港ドルの価値は保証されている」と信じてきたのだ。
だが、もしもHKMAが固定レートを保証できなくなったら、どうなるか。香港ドルは暴落する。さらに進んで「米ドルに交換できない」ような事態になったら、何が起きるか。外資は一斉に香港を捨てて逃げ出し、街は大パニックに見舞われるだろう。香港ドルを持っていても、海外旅行はおろか、輸入もできなくなってしまう。
香港の手綱は米国が握っている
では、HKMAが保証できなくなるような事態とは、どんなケースか。それは大きく2通りある。1つは外貨準備が枯渇した場合、もう1つは米国が香港ドルと米ドルの交換を拒否した場合だ。
HKMAの外貨準備が枯渇しそうになれば、中国本土の中央銀行である中国人民銀行が米ドルを提供するだろうから、当分は最悪の事態を避けられるだろう。ちなみに、HKMAの外貨準備は5月時点で4410億ドル、中国の外貨準備は4月末時点で3兆914億ドルである。
米国が米ドルとの交換を拒否するような事態はありうるのか。ここが最大のポイントだ。答えは「ありうる」。実際に、米ドルとの交換を拒否した例もある。たとえば、イランだ。トランプ政権は核開発疑惑を理由にイランを制裁し、その一環で、イラン産原油を輸入する企業が米ドルで代金を支払うのを禁止している。
もしも、ドル決済がバレれば、当該企業は以後、ドル決済が一切、できなくなってしまう。関与した金融機関も同罪だ。同じように、米国は香港ドルの交換停止という形で「米ドル供与の停止」を対中制裁に使える。実は、昨年11月に成立した米国の「香港人権・民主主義法」には、すでに、そうした条項が盛り込まれている(https://www.congress.gov/116/plaws/publ76/PLAW-116publ76.pdf)。
同法のセクション4は「国務省は香港が条約や国際的合意、米国法に基づいて特別扱いを受ける資格があるかどうかを毎年、議会に報告する」と定めており、国際的合意の一部には「税や為替取引に関する米国と香港当局との合意が含まれる」と記されている。
つまり、米国はいざとなったら、同法に基づいて、香港との合意を見直して、米ドルとの為替取引を制限できるのだ。
米ドル交換停止という「金融核兵器」
香港当局はもちろん、そんな事態を望んでいない。香港では、トランプ政権の強硬方針を受けて「もしかしたら、米国は香港ドルの交換停止をするのではないか」という憶測が広がっている。当局も無視できず、香港特別行政区政府の財政官は6月1日、「米ドルペッグ体制を変更する計画はない」と表明する事態になった(https://jp.reuters.com/article/hongkong-economy-peg-idJPKBN2381D5)。
だが、いくら香港が潤沢な外貨準備を保有し、現状を維持しようとしても「米ドルとの交換」が続く保証にはならない。交換を認めるかどうかは、究極的には、米国次第である。
話は香港に限らない。中国本土も同様だ。もしも、米国が人民元と米ドルの交換停止をしたら、どうなるか。中国は人民元での決済を受け入れてくれる国としか貿易できなくなってしまう。人民元は国際化したといっても、米ドルに比べたら、まだまだ幼児のようなものだ。
たとえば、国際銀行間通信協会(SWIFT)によれば、国際取引における人民元の決済割合は2020年4月現在で全体の6位、わずか1.66%にすぎない。1位の米ドルは43.37%、日本は4位で3.79%である(https://www.swift.com/our-solutions/compliance-and-shared-services/business-intelligence/renminbi/rmb-tracker/document-centre)。
あるいは、国際決済銀行(BIS)によれば、外国為替取引における人民元の取引占有率(片方)は2019年4月現在で8位、4.3%にすぎない(https://www.bis.org/statistics/rpfx19_fx.pdf#page=7)。米ドルは88.3%と圧倒的な1位である。日本の円は3位で16.8%だ。米ドルと比べれば、人民元はとても1人前の国際通貨とはいえない。
言ってみれば「米ドルとの交換停止」は「金融上の核兵器」のようなものだ。本当に発動したら、香港は一発で沈んでしまう。中国本土でさえも原油も食糧も買えなくなって、あっという間に立ち行かなくなる。それほどの威力を米国はもちろん知っているし、中国共産党も分かっている。分かっていながら、知らないフリをして威勢よく、振る舞っているだけなのだ。
すでに激化している「米ドルへの逃避」
香港の人々は知らないフリをしているわけにはいかなくなった。香港ドルで毎日の生活とビジネスをしている彼らは、1年も続くデモを前に、紙幣の価値を考えざるをえなくなった。香港の有力紙「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」はいま連日のように、ドルペッグ体制の将来を解説する記事を掲載している。
たとえば、5月30日付の「米ドルへのラッシュが始まった」という記事は、米ドルへの交換を求める人々が交換業者の前で列をなし、米ドル紙幣の補充が追いつかずに客を追い返した現状を伝えている(https://www.scmp.com/news/hong-kong/hong-kong-economy/article/3086782/rush-us-dollars-hong-kong-forces-money-changers)。中には「一度に数百万香港ドル単位で交換を求める客もいる」という。米ドルへの逃避が始まっているのだ。
これは「明日の北京」かもしれない。その証拠もある。中国共産党の幹部たちは絶対に口にしないが、自分たちの人民元をまったく信用していない。みんな米ドルに変えて、米国やカナダ、英国などに隠している。あるいは、ダイヤなどの宝石に変えている。いざとなったら、持って逃げるためだ。
そんな中国がいくら空威張りしようと、米国に勝てるわけがない。中国が調子に乗れば、米国はいずれ「米ドルとの交換停止」という宝刀をチラつかせるだろう。
長谷川 幸洋(ジャーナリスト)
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