新型肺炎が猛威をふるう中国で、日本の対応がやたらと称賛される理由
新型肺炎が猛威を振るっている中国では、人々は家に閉じ込もり、ひたすらスマホをいじる生活を強いられている。そんな中、中国のSNSやネットメディアでは、やたらと日本を称賛するニュースやコメントが目立つ。そんな中国人の心情や本音とは。中国・上海出身で日本在住の筆者が考察してみた。(日中福祉プランニング代表 王 青)
● ネット上にあふれる 日本を称賛する声
新型肺炎は中国にとどまらず、世界への拡散の勢いが止まらない。感染者がどんどん増えつつあり、死亡者数も増加する一方である。
中国では、旧正月(春節)の期間が終わっても、政府から休暇延期や在宅勤務などの通知が出て、人々は自宅に閉じ込もり、不安な日々を過ごしている。
そのため、人々はスマホでSNSやネットサーフィンをして過ごしている。結果、SNSへのアクセスは劇的に増え、さまざまな情報が飛び交っている。
その中でも、特に目を引くのが、日本を称賛する声。「日本、ありがとう!」とのコメントがあふれ、日本にまつわる美談が次から次へと拡散されているのだ。
これは一体、どういうことだろうか。
まず、日本は世界中で最も早く中国に支援の手を差し伸べた国である。1月27日時点で、外相や自民党幹事長ら政治家が中国へ「支援物資」を送り、「できるだけのことを国を挙げて行い、全力で支援する」と表明した。そして「親戚が病になった、こういう思いで日本人はみんな思っております。中国の皆さんが一日も早く奮起して、元気になってもらいたいと思っています」と語ったことなどが中国で報道された。
日本が国と民間を挙げて素早く中国への支援活動を始めたことに対して、中国のネットユーザーが相次いで反応したのだ。
ほぼ同じ時期に、北朝鮮やフィリピンが「中国人の入国拒否をした」と報じられ、また韓国では数十万人規模の中国人入国拒否の署名活動が行われていることが大きく報じられた。このため、日本はこれらの国々とは大きく一線を画す格好となった。
SNS上では、特に中国経済に依存してきた北朝鮮や韓国、かつて同じイデオロギーで結ばれていたロシアに対して「恨み節」ともいえる厳しい声が多く見られる。象徴的なのは、次のようなコメントである。
「日ごろ『兄弟』と称し、さんざんわが国からお金を吸い取る国、そして自国の経済があれだけわが国に依存している国、この困難な時期にこのような行動をとるのが、まさに『落井下石』だ(井戸に落ちた人を助けないばかりか石を投げ込む。人の危急につけこんで打撃を加えること)、本性が表れた!」
● 日本からの支援物資到着のニュースが 次々と報道
日本に対する感謝の声で最も象徴的なのが、下記のコメントであると思う。
「日本は『雪中送炭』だ(困窮している人に物資を送ったりして助けること)。誰が真の友人か、見分けることができた。民度の違いが一目瞭然だ!」
こうした声が上がるきっかけになったのは、中国と姉妹都市になっている日本の地方自治体や政府、企業から早々に救援物資が届けられたというニュースだ。
武漢と姉妹都市の大分市は、さっそく3万枚のマスク含む支援物資を武漢に送った。「武漢、加油!」(武漢、頑張れ!)とのメッセージを添えていた。続いて、茨城県水戸市も重慶に5万枚のマスクを寄贈した。そのほか、イトーヨーカドーやその他の日系企業が、マスクや防護服などの支援物資を次から次へと送った。
また、日本政府が対策本部を設置、安倍首相が自ら指揮を執る姿がテレビで流れ、そして、武漢へチャーター便を出すときに支援物資をいっぱい積んで飛ばしたことなど、日本からの一連の支援活動がマスコミに大々的に報道され、拡散された。
SNS上では、瞬時におびただしいコメントが寄せられた。
「本当に感動した!ありがとう!の一言に尽きる」
「この恩を忘れません!いつかお返ししたいと思う」
「自ら真剣に取り組む安倍首相がカッコいい!」
「これに対して武漢の人は自粛が足らず、日本へ旅行に行くなど、極めて自己中心の行為だ。日本に迷惑をかけて、申し訳ないと思っている」
「マスクの値上がりに便乗してもうけようとしているわが同胞よ、日本を見習え!」
などなど…。
一方、「日本では既にマスクが全然売っていない。特にこれから花粉症の時期なのに、日本の人たちには申し訳ない」といった声もある。
● 多くの中国人の心をとらえた 8文字のメッセージ
とりわけ話題となり、人々に感動を与えた出来事がある。あるネットニュースには7000以上コメントが寄せられ、31万超の「いいね」がついていたほどだ。このニュースは、中国中に拡散されている。
それは、漢語水平考試(HSK)日本事務局が、中国湖北省に送る支援物資の段ボールに添えた1枚のメッセージ。「山川異域、風月同天」(山と川は違っても、同じ風が吹いて同じ月を見る。場所は違っても同じ自然や志でつながっているという意味)の8文字であった。
この言葉の由来は、中国の唐の時代の高僧である鑑真和上の伝記「唐大和上東征伝」によると、日本の長屋王が唐に送った千着の袈裟(けさ)に刺しゅうされていた一文のようだ。その刺しゅうでは「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」と縫われており、これに心を動かされた鑑真和上が、苦難と死を覚悟で日本に行く決意を決めたと言われている。
この文学的で詩のようなメッセージは、たちまち多くの中国人の心をとらえた。
「なんとも優雅で、教養があり、文化的だ!」
「適切すぎる、愛に国境なし!まさに、今の日中関係を表している」
「山川異域、風月同天は、今の言葉でいうと、運命共同体であろう」
「美しい!山河は違えど、同じ風が吹き同じ月を見る。一瞬涙が出た…」
「ある意味では、きちんと中国の文化を伝承しているのが日本だ!」
今は、世界への感染流行が拡大している、世界各国の政府がこれまでにとったさまざまな水際対策による入国拒否、航空便中止、ビザ発給中止、アジア人差別などの動きも多く報道されている。
ほかにも、中国のSNSで大フィーバーとなって称賛されているのが、「日本の小学校から保護者への一通の手紙」とされるプリントの写真だ。
それは、「新型コロナウイルスに関連する人権問題への配慮についてのお願い」であった。プリントには、うがいや手洗いなどのウイルスの感染予防の注意事項が書かれた後、次のような一文が続いていた。
「ニュースやネットでの情報が広がるに従い、中華人民共和国や武漢市という地域、ここにかかわりのある人々へのいわれなき差別発言等が懸念されます。ご家庭におかれましては、お子さんとの語らいの中で、正しい人権意識が育つようにご配慮願います」。
この手紙の内容は中国語に翻訳され、中国の人々に感動を呼んだ。
SNSでは、
「これが日本の教育というものだ。心が温まった!」
「われわれが他国に迷惑をかけて、そして武漢の人々を差別しているのに、日本の小学校でさえ、このような人権を尊重する教育している。本当に恥ずかしい!」
「先が見えない中で、このようなニュースを見て、なんか一抹の希望を見えた」
「何と言えばいいのかわからない、泣けた!」
などの感動するコメントがたくさんつづられた。
ただし、このプリント自体の真偽は不明である。筆者が見たSNSで出回っている写真は、誰かが翻訳した中国語が併記されている。小学校名などは隠されているので確認できないが、大元となっているプリントの写真らしきものを、日本のSNSやまとめサイトから発見できた。どうやら、もともとは日本のSNSから発信されたようではあるが、その投稿者は逆の意図で中国の現在の体制や甘い対応をする日本の小学校と日教組を批判する材料としてアップしたようである。つまり、その写真が本当に大元なのであれば、最初の投稿者の意に反する格好で、好意的に中国で拡散されているということになる。
● 中国のさまざまな事情への 不満の表れもある
いつの時代にも、どこの国にも、差別的な考えをする人々は少なからずいる。
そもそも中国人もすべての日本人が好意的ではないことは承知している。当初は、日本の一部の飲食店が中国人の入店を拒否したとのニュースも流れた。
それでも「肌感覚」ではあるが、新型肺炎をめぐっては「日本と日本人は冷静な対応をしている」という日本への好意的なニュースが多い。
正直なところ、中国の国民の気持ちとしてはやや複雑であるようだ。
日本のような文明国家が人道的な支援を行い、首相が自ら積極的に取り組む姿勢を見て、感謝をしているのは、自国で情報の隠蔽や国の遅れた対策など、中国のさまざまな事情への不満の表れでもあるといえよう。
うがった見方をすれば、習近平国家主席の訪日が近いために、中国政府が日本に対するネガティブなニュースをあまり流していないという事情もあるのかもしれない。
とはいえ、実際に日本人から親切にされたという中国人の声も少なくないようだ。世界から冷たい視線を注がれる中国の人たちにとっては、こういう困難の時期こそ、少しでも助けてくれる相手には心が打たれ、感謝の気持ちが高まる。
筆者も先日フェイスブックで、知人が運営する中国の高齢者介護施設が感染予防のため外出禁止にし、介護スタッフが自分の家庭を顧みず、施設に泊まり込みで入居者を見守る中で、マスクが大変不足して困っている…という内容の投稿をした。
すると、日本人の多くの方々からご心配やご協力をいただき、胸がいっぱいになった。
それは中国にいる人たちも同じであろう。いろいろな臆測や情報が飛び交い、先が見ない不安や恐怖を抱えている中で、日本からの気遣いがどんなに心の慰めとなり、救われたことだろう。
● 多くの自然災害を経験した 日本人だから他人の痛みがわかる
これはそもそも日本人が地震や洪水など多くの自然災害を体験し、相互に助け合う精神が養われているからではないだろうか。
例えば、2011年の東日本大震災のときに、原発事故で日本が経験したことは、日本人にとって忘れることのできない記憶であろう。当時、福島県民だけではなく、日本全体が世界中から原発事故の風評被害や差別を受けたことは記憶に新しい。
今の中国で起きていることと似たような体験として、思い起こした方々も多いのかもしれない。そのときも「あれは天災ではなく人災だ」といわれ、今の中国の人々と同様に、多くの日本人も同じ痛みを味わったに違いない。
災害が起きたとき、最も厳しい立場に置かれるのは一般市民である。そのようなときにこそ、SNSや自動翻訳の技術革新は、誤った情報を拡散するという負の役割を果たす半面、人々に大きな希望を与えるという素晴らしい役割も果たす。国境を超えた市民同士の助け合いにより、共に乗り越えようという姿勢が今後ますます強まってくるに違いない。
王 青
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