キリスト教による日本侵略

・キリスト教による日本侵略

1549年に宣教師のザビエルが来日して以来、わずか40年のうちに日本のキリシタン人口は約20万人から30万に達したとされています。軍事的に日本と対決しても敵わないとみたスペインは、布教活動を通して大名を切り崩し、秀吉に敵対する勢力を育てようと画策しました。有馬晴信や小西行長などのキリシタン大名に反秀吉連合の結成を呼びかけました。
また、ポルトガル人の渡来とともに、日本もまた奴隷市場へと組み込まれ、まだ幼い日本人の子供たちも売買されていました。日本人奴隷の売買を行っていたのは、主にポルトガルの奴隷商人たちですが、日本人が合法的に奴隷の身分となるように、奴隷交易許可状を発給していたのは宣教師たちでした。

日本人が奴隷として売買されていることを知った秀吉は心底立腹し、これまでに連れ去った日本人奴隷はすべて自分が代金を払うから日本に連れ戻すようにと宣教師たちに命じるとともに、1587年にはバテレン追放令を出しています。その内容は「神国日本にキリシタン国より悪魔の教えを説くために宣教師たちが渡来し、神社仏閣を破壊することは許せない、20日以内に日本を立ち去れ、ただし貿易に来るのは差し支えない」というものです。
この秀吉の決断により、日本からキリスト教が締め出されることになったのです。

秀吉のバテレン追放令は家康のキリスト教禁止へとつながり、日本にキリスト教が入ってくることを防ぎました。
キリスト教の布教禁止もまた、日本が欧米の植民地になることを避けられた大きな理由のひとつです。
スペインがキリスト教の布教から侵略の手を伸ばすことを、家康もオランダ人とイギリス人から聞いて知っていました。そこで家康は1612年にキリシタン禁止令を出し、国内でのキリスト教の布教を全面的に禁止しました。
それでも布教にこだわるスペインとポルトガルに対し、1624年にスペイン船の来航を禁止し、1639年にはポルトガル船の来航を禁止し、日本から永久追放としたのです。

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