朝日「軍艦島の徴用工虐待」社説に元島民は激怒 “姑息な回答”に更に深まる疑惑
8/24(月) 11:00配信
一般論にすり替え!?
朝日新聞は7月9日の朝刊に、「世界遺産対立 負の歴史見つめてこそ」の社説を掲載した。この内容が問題視されている。まずは全文をご紹介しよう。
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《国としての対外的な約束は誠実に守る。日本が求めてきた、この原則を自ら曲げるようでは信頼は築けまい。
5年前に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」に関する展示をめぐり、日本と韓国の間で摩擦がおきている。戦時中の徴用工の説明について、日本側が十分な対応をしていないからだ。
登録時、日本政府の代表は世界遺産委員会で「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者らがいた」と言明した。その上で施設の設置など「犠牲者を記憶にとどめるための適切な措置」をとる方針を示した。
ことし東京都内の国有地で開館した「産業遺産情報センター」がそれに当たるが、展示の一部に韓国側が反発している。
登録時の日本代表の発言や、徴用に至る制度的な経緯などはパネルで示されているが、問題とされるのは当時についての証言を紹介する部分だ。
軍艦島と呼ばれる長崎県・端島にあった炭鉱の元住民らが、朝鮮半島出身者への差別などなかった、と語るインタビューが流されている》
「暴力を伴うケース」
社説の引用を続ける。
《センターによると、証言は今後も増やす方針だが、これまでに面談した元住民らからは差別や虐待の事実を認める証言はなかったとしている。
当時を知る人びとの証言が、貴重な価値をもつのは論をまたない。しかし、個々の体験の証言を取り上げるだけでは歴史の全体像は把握できない。
朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている。
そうした史実も十分説明し、当時の国策の全体像を叙述するのが、あるべき展示の姿だろう。センターは有識者との会合を経て展示を決めたというが、現状では、約束した趣旨を実現しているとは言いがたい。
最近は、世界的な遺産の認定に政治的思惑が絡むケースが目立つ。そのため「世界の記憶」(旧・記憶遺産)は、当事者間で意見がまとまるまで審査を保留する制度に改められた。
遺産の価値が世界に認められたからといって、特定の歴史認識にお墨付きが出るわけではない。どの国の歩みにも光と影があり、隣国関係も複雑だ。明暗問わず史実に謙虚に向きあい、未来を考える責任があるのは、日本も韓国も同じだろう。
明治以降の日本は多くの努力と犠牲の上に、めざましい工業化を遂げた。負の側面には目を向けないというのなら、遺産の輝きは衰えてしまう》(註:全角数字を半角数字にするなどデイリー新潮の表記法に合わせた、以下同)
韓国と朝日は反発
社説は以上だが、この中でも特に、
《朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている》
――この文章を、よくご記憶いただきたい。
話は2015年、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産リストに登録されたことに遡る。
遺産は山口県や福岡県など8県に点在、知名度が高いものに、静岡県の韮山反射炉や、長崎県の端島炭鉱=軍艦島、三菱長崎造船所、福岡県の三池炭鉱、八幡製鉄所などがある。
リストの登録を巡り、日韓両政府は端島炭鉱に動員された徴用工の説明をめぐって対立。諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が勧告で「歴史全体について理解できる説明戦略」を求めた。
そこで今年6月15日、東京都新宿区に産業遺産情報センターが開所した。センターの中では端島炭鉱や長崎造船所、八幡製鉄所などの歴史を解説したのだが、この内容が韓国政府と朝日新聞はお気に召さないようなのだ。
センターは端島炭鉱の元島民による証言を保存・公開している。そして元島民は朝鮮半島出身者への差別を「聞いたことがない」と口を揃えたのだ。
社説に生じた疑問
特に注目を集めたのが、在日韓国人2世の元島民も同じ証言をテレビカメラの前で行ったことだった。
韓国は元島民の証言を公開したことを問題視、同国外務省が6月に冨田浩司駐韓大使を呼んで抗議した。そして朝日新聞も翌7月にセンターの展示を問題視する社説を掲載した。
元島民の証言は歴史的事実に反している――そう主張するため、朝日新聞は社説に、
《朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている》
と指摘したはずなのだ。
しかし、である。朝日新聞の言う公文書や判決文などが本当に存在するのか、専門家から疑義が示されたのだ。
デイリー新潮は7月25日、「朝日『軍艦島の徴用工』社説に疑義あり 女性センター長が質問状を出した根拠」の記事を掲載した。
三菱マテリアルは否定
この記事で産業遺産情報センターのセンター長を務める加藤康子氏が取材に応じ、以下のように経緯を説明している。
「社説を見た元端島島民より、『えっ! 政府が端島への労務動員時の暴力や島での強制労働を認めた公式文書や裁判記録があるの?』とお問い合わせがありました。というのも、社説は戦時中朝鮮半島出身者への虐待がなかったという元島民の証言の信頼性を、根本から否定する文脈で書かれているからです。センター開設にあたり、私たちは夥しい量の一次史料に目を通してきました。しかし、朝鮮半島から端島への労務動員で、《暴力を伴うケース》や、端島での業務で《苛酷な労働を強いた》ことを報告する公文書も、国内裁判事例も、見たことがありませんでした。そこで7月9日付で朝日新聞の社説がこのように書いた根拠を示してもらうために、質問状を送ることにしました。《公文書》と《裁判》という記述の根拠について、ご教示を依頼するものです」
加藤センター長の指摘を続ける。
「元島民たちも弁護士を通して、当時、端島炭鉱の経営にあたっていた現在の三菱マテリアルに『端島炭鉱(軍艦島)等に関する事実確認の申入書』を7月10日付で送付しました。申入書で、『朝鮮半島出身者に対する暴力や虐待、差別的な扱い、苛酷な強制労働を強いたといった被害を訴える裁判の被告となったこと、被害が認定された裁判が存在する事実はありますか?』と調査を依頼したのです」
“怒りの質問書”
朝日新聞に取材を申請すると文書で回答があったため、デイリー新潮の記事で全文を掲載した。以下の通りだ。
《読者からのご意見ご感想や取材対象・関係者からの問い合わせ等について、本社は社外に公表することは原則として致しません。貴誌は7月9日付社説の根拠についてお尋ねされておられますが、社説に記述しました通りです。日本各地で労務にあたった朝鮮半島からの労働者につきましては、さまざまな公文書などが存在し、研究発表もなされているところです。よろしくお願い申し上げます》
朝日新聞は7月16日に加藤センター長にも回答した。デイリー新潮に対する回答にある《日本各地で労務にあたった》から《研究発表もなされているところです》の部分は、加藤センター長への回答書とほぼ同じ内容だった。公文書や判例について具体的に質問したはずだが、朝日新聞が出典を明示することはなかった。
一方、元島民が設立した「真実の歴史を追求する端島島民の会」も、顧問弁護士を通じて朝日新聞に「質問書 兼 要求書」を7月27日付で送付した。内容を要約してご紹介する。
▼端島炭鉱=軍艦島の実生活を知らない者が社説を読めば、朝鮮半島出身者に対して暴力や虐待、差別的な扱い、苛酷な強制労働などが端島で行われていたと理解してしまう。
▼こうした事実に反する虚構を読者が信じたり、センターの聞き取り調査に元島民が嘘の証言を行ったと見なされたりすることを危惧しており、社説に対して怒りを覚えている。
▼上記の被害事実を認定した日本の裁判が存在するか否か、書面でご回答いただきたい。
朝日の驚愕回答
これに対し、朝日新聞は8月11日付の書面で広報部が回答を行った。重要な部分だけをご紹介しよう。
《「朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、苛酷な労働を強いたこと」をめぐる記述は、当時の徴用工の労働現場一般についての言及であり、端島に特定して記述したものではありません。日本国内で上記のようなケースがあったことを示す公文書などがあることは公知の事実です》
重要なところなので、もう一度、丁寧に振り返っておく。そもそも、社説にはどう書かれていたのか。
《軍艦島と呼ばれる長崎県・端島にあった炭鉱の元住民らが、朝鮮半島出身者への差別などなかった、と語るインタビューが流されている》
《当時を知る人びとの証言が、貴重な価値をもつのは論をまたない。しかし、個々の体験の証言を取り上げるだけでは歴史の全体像は把握できない》
《朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている》
社説は、ずっと端島炭鉱=軍艦島のことを話題にしていたはずだ。誰もが、そう読んでいたに違いない。
社説の“歴史観”
そして朝日新聞は質問に対し、「公文書」について具体的な根拠を示さなかった。あくまでも抽象的に「存在する」という主張を維持してきた。被害事実を認めたとする「日本の裁判」については一切の回答を避けてきた。
ところが今回、《暴力を伴うケースがあったことや、苛酷な労働を強いた》という部分は突然、《端島に特定して記述したものではありません》と言い出し、“一般論”を書いたのだと朝日新聞は説明してきたのだ。
結局のところ、公文書や判例が存在しないのであれば、朝日新聞社の社説は虚構の疑いが出てくる。一種の情報操作だと非難されても仕方ない。
おまけに加藤センター長に対して行った回答とも矛盾する。加藤センター長は「公文書が存在するのか?」と質問し、朝日新聞は「公文書は存在する」と回答を行っているからだ。
出典は明示しなかったものの、あくまで端島炭鉱=軍艦島の事例という前提条件は成立していた。ところが元島民の会に対する回答では、「この部分は、端島のことは関係なく一般論です」と、自ら前提条件を崩してしまったのだ。
結論ありきの社説
加藤センター長に取材を依頼すると、「元島民の皆さんに対する回答から、朝日新聞が公文書や判決文といった信頼に足る資料を提示できなかったことが、明白になったのではないでしょうか」と指摘する。
「私たちは端島炭鉱で生活していた人々から直接、お話を伺いました。一方、朝日新聞の社説を執筆された論説委員の方は、元島民の肉声を聞いておられません。委員が耳を傾けたのは、韓国のごく一部の人々、それもある種の“運動家”とでも形容すべきグループの主張だったのではないでしょうか」
朝日新聞の回答と社説を重ね合わせると、「一般的に日本人は朝鮮半島の徴用工を虐待していたのだから、端島炭鉱=軍艦島でも同じことが行われていたと考えて当然だ」と主張しているようにも読める。それでは順番が逆だろう。
「端島炭鉱を巡って、これまで様々な言説が流布してきました。私たちは実際に島で生活した人々の証言を集めました。全て歴史的な検証に耐えうる証言ばかりです。ところが朝日新聞は、『日本人は半島出身の徴用工を虐待した』という特定の歴史観を重視し、元島民のリアルな証言を軽視しているように思えます。もしそうだとすれば、結論ありきの社説ということになってしまうでしょう。真実を追求するジャーナリスト、社会の木鐸たる新聞社の態度として相応しいのか、疑問だと言わざるを得ません」(同)
歴史の多様性
朝日新聞の社説から浮かび上がる歴史観は、単一で平板なものだ。「日本人は半島出身者を虐待した」という主張以外は、なるべく無視しようとする。だが加藤センター長は「本来、歴史というものは多様性を持つものです」と指摘する。
「これまでに、端島で暴行や虐待が行われていたと証言した韓国人の方がおられるのは事実です。その一方で、虐待など全くなかったと反論する元島民のような方々もおられます。現在でも正反対の証言が共存しています。当時であれば、より多様な考え方を持つ人々が、戦時下の日々を懸命に生き抜いていました。そうした多様性を私たちは前提として、今後も一次資料を精査し、様々な証言を収録して保存していきます。それこそが歴史的事実に肉薄していく唯一の方法だからです」(同・加藤センター長)
加藤センター長は7月22日付の質問状で、朝日新聞に対し追加質問を行った。端島での強制労働や虐待の根拠となる「さまざまな公文書」と「研究発表」の具体的な資料名、「裁判の具体事例」の“ご教示”を改めて依頼するものだ。
同じ8月11日付で加藤センター長にも回答が送付された。だが、その内容は一字一句、島民の会に対するものと同じだった。
週刊新潮WEB取材班
2020年8月24日 掲載
新潮社
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