アプリも企業も中国語も締め出し――兵士を惨殺され、怒ったインドが繰り出す数々の“中国バッシング”
西岡省二 | ジャーナリスト
8/3(月) 17:53
中国・インドの境界線で今年6月に紛争が起き、インド兵が残忍な方法で殺されて以後、インド国内の対中感情が極度に悪化している。インドが新型コロナウイルス対応に追われている合間に、中国が勢力拡大を図ったことが背景にある。神経を逆なでされたインドは、中国の主要アプリ59種類の使用を禁止するなど、矢継ぎ早に報復措置を繰り出している。
◇6月15日の戦闘
中印間には川や湖、山頂付近の雪などが多く、3488kmにわたって国境が決まっていない。このため長年衝突が繰り返され、1962年10月には本格的な軍事衝突に発展した。現在は、支配地域を分ける「実効境界線」(LAC)が事実上の国境となっている。双方がLAC近くを監視しているため、互いのパトロール隊がかち合った時、素手や投石による小競り合いも起きていた。
インド軍は毎年4月にヒマラヤ国境で演習を実施してきたが、今年は新型コロナウイルス流行のため中止となった。これに乗じて中国軍はLACのインド側に勢力を広げようとした、というのがインド側の見立てだ。その結果、小競り合いが頻発し、双方は6月6日、平和的解決で一致し、両軍が段階的に撤退することで合意していた。
乱闘が起きたのはその直後だった。ヒマラヤ山脈のガルワン渓谷で6月15日――。
ロイター通信(7月7日)によると、インド兵が▽合意に沿って中国側が撤退したか▽LACのインド側につくった構造物を解体したか――を確認しようとしたところ乱闘になった。インド側は「中国側が急襲を仕掛けた」と伝えている。
兵士は銃を持っているが、中印の取り決めにより、使用は許可されていない。このため乱闘は原始的なものとなり、氷点下のなか、素手や、有刺鉄線を警棒に巻き付けた「急ごしらえの武器」による殴り合いとなり、数人が滑落死した。
ロイター通信は、この「海抜4267mでの6時間に及ぶ夜間の衝突」について、殺されたインド兵13人の親族に取材した結果を報じた。
遺族の1人は「現場にいた仲間の兵士から『(自分の息子は)暗闇の中で、クギで喉を切り裂かれた』と聞いた」と語った。
複数の兵士の死亡診断書によると、3人が「首の動脈が切断された」、2人が「(頭部に)鋭利な、または尖った物体による傷があった」という。インド高官も「衝突は残忍なものだった」と指摘している。
乱闘による死者はインド側20人、中国側約40人とされる。中国側は死傷者数を発表していない。
◇モバイルアプリすべて締め出し
中国は最近、対外強硬姿勢を鮮明にし、周辺国と激しく対立している。長年続いてきたインドとの国境問題においても、南シナ海や尖閣諸島などと同様に、実効支配の強化や現状変更を進める姿勢をあからさまにしている。
インドはこれまで、中国との経済関係を重視し、国境問題も棚上げにしてきた。米国との関係についても、中国を刺激するのを避けるため、過度な接近を控えてきた。
だが今回の衝突により、それを一転させ、米国との戦略的関係の強化を探る方針に切り換えた。インドとしては、中国の軍事力とバランスを取るためにパートナーが必要だとの事情もある。
インド国内では、対中強硬姿勢として、商業団体が「強い批判」を表明するために500種類にも上る中国製品のボイコットを呼びかけ、SNS上で拡散された。ニューデリー近郊にある中国スマホ大手OPPOの工場で抗議デモが起き、習近平国家主席の写真が燃やされる事態にもなった。
インド通信当局は国営通信会社2社に対し、4Gのネットワーク更新や5Gの試験で、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)などの製品を排除するよう求めた。空調機や自動車の部品、家具などの中国製品に対し関税をコントロールするなどで輸入を実質的に禁じる▽中国製品に厳格な品質管理の基準を設ける▽中国企業のインドへの投資を厳しく審査する――などの動きも出ている。
中国製のスマホ向けアプリを発見して排除するアプリも大流行した。これを受け、インド政府は6月29日、「59種類のモバイルアプリを禁止する」と発表した。「インドの主権と統合、インドの防衛、国家の安全と公共秩序を害する」というのがその理由だ。
禁止対象となったのは、中国のIT企業「北京字節跳動科技」が手掛ける動画投稿アプリ「TikTok」に加え、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」▽中国版LINE「微信(WeChat)」▽中国インターネット検索最大手の百度(バイドゥ)の「バイドゥ地図」――など、すべての中国系のアプリという強力な措置だった。
韓国紙、中央日報(8月1日)によると、インドの正規教育課程の第2外国語科目から中国語が除外され、韓国語が初めて採択された。
インド国内に広がった反中感情が幅広い分野に影響を及ぼしているのだ。
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