メシヤ再降臨準備時代(1517年~1918年)
「キリスト王国時代において、法王を中心とした霊的な王国と、国王を中心とした実体の王国とが一つとなり、メシヤ王国のための君主社会をつくって「メシヤのための基台」をつくったならば、そのときに封建時代は終わったはずであった。」
「中世封建制度とローマ・カトリックの厳格な封建階級制度は、人間の自由な信仰活動を束縛し、僧侶の僧官売買と人民に対する搾取によって、彼らの生活は一層奢侈と享楽に流れた。」
「内的な使命を果たすべきであった法王たちの淪落によって、侵入したサタンを分立して、創造本性を復帰しようとした中世の人々は、あたかもアダムに侵入したサタンを分立なさるために、アダムをカインとアベルに分立されたように、このときにもその指導精神を二つの思想に再分立する摂理をされたのである。それがすなわち、カイン型のヘレニズムの復古運動と、アベル型のヘブライズムの復古運動であった。そしてこれらは各々文芸復興(ルネッサンス)と宗教改革として現れたのである。
カインがアベルに屈伏して、初めてアダムに侵入したサタンを分立させ、メシヤを迎えるための「実体基台」が造成できるように、カイン型であるヘレニズムがアベル型であるヘブライズムに完全に屈伏することによって、初めて中世的指導精神に侵入したサタンを分立させ、再臨主を迎えるための「実体基台」が世界的に造成され、一つの世界を復帰するようになるのである。」
★文芸復興、カイン型人生観、カイン型民主主義
中世の人々は十字軍戦争以来、東方から流入してきたヘレニズムの古典を研究するようになった。
人間本性の外的な欲望を追求する人本主義が、封建社会全般に対する外的な革新運動として展開された現象をルネッサンス(文芸復興)と呼ぶのである。
この反中世的な文芸復興運動は、神に偏りすぎて自然や人間の肉身を軽視、罪悪視するまでに至った中世的な人生観から、理性と経験による合理的な批判と実証的な分析を通じて、人間と自然の価値を高める人生観を確立し、人間の内的な性相に従って神の国を復帰しようとする道を遮り、外的な性向に従ってサタンの側に偏る道を開く人生観、カイン型の人生観を生み出した。
このカイン型の人生観は、人生のすべてを理性的または現実的にのみ判断し、神を否定する合理的な現実にのみ重きをおく啓蒙思想になり、フランス革命の原動力となり、カイン型の民主主義をを形成した。。
19世紀の初め、ドイツのヘーゲルは観念論哲学を大成した。しかし、啓蒙思想を土台としてフランスで起こった無神論と唯物論の影響を受けて、彼に反対するヘーゲル左派の派生をもたらした。フォイエルバッハは唯物論の基礎を形成し、マルクスとエンゲルスは、弁証法的唯物論を提唱し、無神論と唯物論とを集大成しマルクス主義となり、ロシアでのレーニン主義として体系化されることにより、ついには共産主義世界を形成するに至った。
★宗教改革、アベル型人生観、アベル型民主主義
中世社会における法王を中心とする復帰摂理は、法王と僧侶の世俗的な堕落によって成就することができなかった。
宗教改革運動は、十字軍戦争によって法王の権威が落ちたのち、14世紀から英国で神学教授ウィクリフによって胎動しはじめた。
その後1517年、法王レオ十世が聖ペテロ寺院の建築基金を募集するために、死後に救いを受ける贖罪の札であるとして免罪符を売ると、反対運動が導火線となって、ドイツの神学教授マルティン・ルターを中心として宗教改革運動が爆発した。
この革命運動はフランスではカルヴィン、スイスではツウィングリを中心として伸展し、イギリス、オランダなどの諸国へと拡大されていった。
本性の内的な追求が、ヘブライズムの復古運動を発生せしめ宗教改革運動を起こし、哲学と宗教は創造本性を指向する立体的な人生観を樹立した。これをアベル型の人生観という。
カイン型の人生観は、中世の人々を神と信仰から分離、独立させる方向へ傾かせたが、アベル型人生観は一層高次的に神の側へ指向するように導いてくれた。
教理と形式よりも、宗教的情熱と内的生命、神秘的体験を重要視する、ドイツのシュペーネルを中心とした敬虔主義。
敬虔派の運動がイギリスに波及し、ウェスレイ兄弟を中心とするメソジスト派に。
またイギリスには、神秘主義者フォックスを祖とするクェーカー派が生じた。フォックスは、キリストは信徒の霊魂を照らす内的な光である、聖霊を受けてキリストと神秘的に結合し、内的光明を体験しなければ聖書の真意を知ることができないと主張した。
イギリスの専制主義王制のもとで弾圧を受けていた清教徒たちが、信仰の自由を得るためにアメリカの新大陸へ行き、1776年に独立国家を設立してアメリカの民主主義を樹立した。
英米で樹立された民主主義は、アベル型の人生観を中心として、信仰の自由を求めるために、絶対主義社会を改革しようとする革命によって樹立されたので、これをアベル型の民主主義という。アベル型の民主主義は今日の民主主義世界を形成するようになった。
・原理講論と国際情勢分析
これまで原理講論に論じられているキリスト教の歴史について見てきましたが、原理講論はあくまでも神の復帰摂理の中でも、最も革新的な部分を解説したにすぎません。
しかも原理講論が書かれた当時は、今日のようなインターネットも存在せず、誰もが簡単に真実の情報を得るのは困難な時代にありました。
真のお父様におかれてもそれは同じで、日本による朝鮮統治時代、抗日運動をしていた関係もあり、真のお父様の得ていた情報は、上海臨時政府が発行する捏造された反日情報であったでしょうし、また戦後においても、日本を占領していたGHQによる情報操作された情報しか世には出回っていませんでしたから、正確な国際情勢の分析も困難だったろうと想像されます。
真のお父様によって指導され、原理講論を書き上げた劉孝元先生にとってもそれは同じことで、篤信なキリスト教徒であった劉孝元先生も反日思想に染まり、反日思想そのままに原理講論をまとめあげたと想像されます。
そんな前提のもと私たちも原理講論を学ばなければいけないでしょうし、神の啓示の書、真理の書とも言うべき原理講論も、特に近現代に関しては、明らかな間違いも多く散見され、近現代史に対する原理的解釈も多く修正されなければいけません。
今回ここでは近現代の中でも、キリスト教に関する歴史をまとめようと試みておりますので、原理講論にはキリスト教は神の摂理の中心宗教であり、無条件神の側に立った宗教であるかのごとくに表現されていますが、近現代ににおいて白人キリスト教国家が行った罪についてその詳細を述べたいと思います。
この記事へのコメントはありません。