フランス領ベトナム侵攻

◆フランス領ベトナム侵攻

支那事変の早期終結を目指した日本は、蔣介石政権を支援する援蔣ルートの遮断を狙い、フランスとの間で交渉を重ねましたが、フランス政府は様々な口実を設けては援蒋行為を止めようとはしませんでした。
1940年5月にドイツの進撃によりフランスが降伏したことを受けて、日本軍はまず1940年9月に北部仏印(現在のベトナム北部)に進駐しました。日本軍はさらに1941年7月に南部仏印に進駐し、援蔣ルートを完全に遮断しました。
この日本軍のフランス領インドシナ進駐に警戒を強めたアメリカは、イギリス・オランダ・中国と共にABCD包囲網を築き、日本に対する経済的包囲網を形成しました。この経済的包囲網が日米開戦への直接的な大きな要因となっていきました。

・ラップ将軍

日本軍の北部仏印進駐はベトナム独立への第一歩となりました。日本軍の進駐に合わせて、ベトナム独立のためにチャン・チュン・ラップ将軍の率いる復国同盟軍3000人が武装蜂起したのです。
フランスによる植民地支配の間も、仏印内では独立を求めてフランス軍に抵抗する動きが続いていました。抵抗運動に身を投じた現地の人々は、その係累に至るまで罪に問われ、徹底的に弾圧されていました。
ラップ将軍は日本軍の力を借りながらフランス軍をベトナムから追い出すべく、仏印に入った日本軍を先導してくれました。さらには仏印軍の兵営に侵入し、そこで兵士として雇われているベトナム人を説得しては日本軍への協力を約束させるなど、工作活動においても大きな働きをしています。進駐した日本軍が短時日で仏印軍を降伏に追い込めたのは、ラップ将軍率いる復国同盟軍の力添えがあったからこそです。

進駐に伴う戦闘は発生したものの、仏印軍の降伏によって停戦が成立したため、日本軍の主力は仏印をあとにしました。そのため、ラップ将軍の復国同盟軍は取り残される形となってしまいました。日本軍はラップ将軍に対してゲリラ戦で戦いを継続することを勧めたとされますが、ラップ将軍はそれを潔しとせず、独立政権樹立を目指して単独でハノイ攻略戦を敢行し、仏印軍に大敗を喫しました。仏印軍に捕らえられたラップ将軍は銃殺され、復国同盟軍の兵士に対しては大規模な弾圧が徹底されました。
ベトナム人がフランス人に虐待される植民地の様を間近に見たことにより、日本兵の多くがベトナム独立のために戦う人々に共感を寄せ、このあと日本は特務機関である山根機関を通して、ベトナム独立のための支援活動を秘密裏に展開し、アジア解放のための一歩を仏印で踏み出すことになります。

・日本の仏印進駐後

仏印進駐後のベトナムはヴィシー・フランスと日本による二重支配体制が敷かれました。そんな中1944年秋から1945年春にかけて、ベトナム北部を中心に激しい飢饉が発生しました(1945年ベトナム飢饉)。北部の凶作、収穫米の強制買い付け制度、戦略爆撃によって鉄道網が寸断されたこと、そして日本軍とフランス政庁が有効な対策を取ろうとしなかったことなどが原因で40万から200万人に及ぶ人々が餓死したとされています。しかしフランス政庁は日本軍からの指示があったとして過分な収穫米を強制的に徴収しましたが、日本軍への反感を強めるのが目的で、集めた米をまとめて焼却、あるいは川へ投棄していたとの証言もあります。ともかくこの飢饉により、フランスの植民地支配からの解放軍を自称していた日本に対する期待は完全に失われ、ホー・チ・ミン率いるベトミンの勢力が伸長するきっかけとなりました。

・インドシナ戦争

1945年9月、日本の降伏によって第二次世界大戦は終わり、直ちにホーチミンを首班とする政府を樹立して独立を宣言しました。日本に勝利した連合国側は先ず中英が進駐し、続いてフランスが進駐し傀儡政権を樹立、再度ベトナムを植民地化しました。これに対し1946年12月にハノイでフランス・ベトナム両軍の衝突から本格的な戦闘を開始、ベトナム全土、さらにカンボジア、ラオスのインドシナ三国に拡大したインドシナ戦争が起こりました。フランス領インドシナ全域に独立戦争が拡がり長期化し、フランスがようやく和平交渉に応じ、1954年のジュネーヴ協定での和平成立が成立しました。これによってフランスはインドシナから完全に撤退することとなりましたが、替わってアメリカがその空白を埋めるべく、進出してきました。アメリカは和平に反対し、1955年には南ベトナムに傀儡政権ベトナム共和国(南ベトナム)を樹立して介入し、ホー・チ・ミン率いるベトナム民主共和国(北ベトナム)と敵対させ、和平協定で約束された統一選挙の実施を拒みました。

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