②-2 日本2 日本と韓国における迫害の違い
本来日本は、摂理的にはサタン側のエバ国として、主の国韓国を40年間支配し、選民韓民族を迫害した罪深い国と教わり、その蕩減として人材と万物に対し責任を持たなければいけないと教育されてきました。
その結果日本における活動の多くは過激なものとなり、日本における迫害は韓国における迫害とは全く違った意味合いのものとなっていました。
「真のお父様の監獄生活」「文鮮明先生の摂理路程」でも詳述したように、文鮮明先生、統一教会に対する迫害は、全てが無実の罪によるものであり、既成教会が文先生の活動に脅威を感じ、文先生と統一教会を無きものにしようとするところから始まりました。よって韓国における迫害は、メシヤとしてある意味当然通過せざるを得ない、避けることのできない迫害であり、イエスが受けた迫害と同じ意味合いの迫害でした。
一方日本における迫害は、勝共運動を行うことによって、共産主義勢力から行われる迫害が始まりでした。
その時のキーワードとしては、「親泣かせ原理運動」「洗脳」「血分け」などであり、梨花女子大、延世大事件当時から生まれた統一教会に対する悪いイメージを、そのまま社会に宣伝する形で行われました。
しかし世界的に勝共運動を展開し、共産主義勢力から世界を守るためには、共産主義との理論戦に勝利し、左傾化したマスコミを正すためにも、数々の新聞、雑誌を発行し、各種国際会議を主催し、勝共啓蒙活動を行わなければいけませんでした。
そのため経済的にも膨大な資金が必要になり、その資金に対しては全面的に日本が責任を持たなければいけなかったため、経済活動も必然的に過激なものとなっていきました。その結果生まれたのが霊感商法であり、高額商品を効率よく販売するための仕組みが出来上がりました。
統一教会が神のみ旨に則って、全面的に世界の平和の為に活動していたならば、霊感商法で捧げたお金も、天の前に大きな条件となり、個人、家庭の救いの条件となり、捧げた以上の恩恵を感じ、捧げた人たちも感謝で終わっていたかもしれません。
また霊感商法に携わっていた人たちが、実績至上主義に陥ることなく、あくまでも捧げる人たちに救いの条件を立てさせてあげることを第一として精誠を尽くしていたなら、霊感商法も問題になることもなかったかもしれません。
しかし結果的には、終わることなき献金路程に疲弊し、実績追及も激しさを増すにつれ、ついつい過激なトークで高額商品を売りつけるようになり、1980年代後半には霊感商法が大きな社会問題化してしまいました。
連日統一教会の霊感商法がワイドショーなどをにぎわし、被害者団体が結成され、全国で数々の訴訟が起こるようになりました。
日本における迫害は、韓国における梨花女子大、延世大事件当時のような、国家的な迫害ほどではなかったでしょうが、統一教会=霊感商法=詐欺団体というレッテルが貼られ、そんな反社会的団体の文鮮明教主など、日本に入国できないなどということは当然の結果でした。
こうして日本の国益に反する団体となってしまった統一教会、家庭連合は、地下鉄サリン事件を起こしたテロ教団として知られているオーム真理教と並んで、公安の監視対象となっている二つの宗教団体のうちの一つとなってしまいました。
このように日本において統一教会は、社会的には認めることのできない、反社会的な団体として、一般の人たちに認識されるようになりました。
韓国においては、文先生と統一教会に信者を奪われることを恐れて、既存のキリスト教会が自分たちの既得権益や信者を守るために、あることないことでっち上げることにより、統一教会に悪いイメージを植え付け、国家に働きかけて国家的な迫害を行ってきました。
それはあたかも2000年前のイエスに対する迫害と同じ迫害であり、2000年前の失敗を繰り返す結果となりました。
しかし日本においては、日本は世界の摂理に対し、人材と経済で責任を持たなければいけないと教育され、そのため資金を作るために過激な経済活動に走るようになり、時には一般的に犯罪行為と見做される活動にまで手を染めてしまったために社会問題化し、迫害されるようになってしまったわけですから、2000年前のイエスに対する迫害や、韓国での迫害とは全く意味合いが違っているのです。自らが犯した罪の結果としての迫害でしかないのです。
そこには何らの弁解の余地はありません。神のみ旨のためなら何をしても許される、善なる行為だなどという自己正当化などは許されない、ただの犯罪行為でしかないのです。
実際2008年に新潟で統一教会系企業の社員が逮捕された際、徳野会長が文先生に報告し怒りを買われたように、文先生はそのような犯罪行為を求めたり、認めたりは一切なさりません。
同年、文國進様が日本担当になり、各企業の役員に民間人を入れ、横領などを繰り返した腐敗幹部を一掃、教会員役員をリストラするなどの改革を行い、万年赤字であった一和を黒字転換するなど、統一教会系企業を次々再生させたりもしています。
このように一口に統一教会に対する迫害と言っても、日本における迫害と、韓国における迫害とは全く意味合いの違う迫害でした。
神のみ旨を歩むものは、必ず迫害を受けるものだと思い、日本での迫害も仕方のないものだと思っている食口も多いと思いますが、日本における迫害は、自分たちが行った犯罪行為の結果として負うべき蕩減でしかないということを自覚しなければいけません。
犯罪者が社会的に認められるためには、まずは自分の犯した罪を心の底から悔い改め、生まれ変わり、僕の僕として社会に貢献すべく、真心を尽くすところから始めるしかありません。
怒鳴られても、なじられても、全ては自分の足らなさ故と悔い改め、社会の為に、世界の為に、隣人の為に、全身全霊を尽くして初めて社会的にも認められる団体に生まれ変わることができるのではないでしょうか?
しかし日本の統一教会、家庭連合は、悔い改めているようには思えません。
あくまでも自分たちは、神のみ旨を担う選民なんだ。自分たちが行うことは全て神のみ旨であり、天に功労を積んでいるのだ。自分たちを通じて献金することで、誰もが救われると頑なに信じて、今も昔も変わらぬ思いで食口たちに終わることなき献金路程を強いているようにしか思えません。
かつては霊感商法で、一般の方たちから復帰していたのがそれができなくなり、今は先祖解怨と称して内部の食口を対象に経済活動を行っているにすぎません。
今回2000年前のイエス降臨時と、文先生の誕生時における時代背景の比較をするなかで、日本の位置についての解説でしたが、日本における統一運動史を見ていく中で避けることのできない霊感商法等経済活動の意味について大きく脱線してしまいましたが、重要なことなのでご一考いただければ幸いです。
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このブログ記事は、このサイト『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』の一部を掲載したものです。
『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』は、今まで罪深いサタン国家と教育され、献金の無間地獄へと追いやられていた日本人を解放するためのサイトです。
実際は罪深いどころか、日本無くして1920年に真のお父様を韓半島へとお迎えすることはできませんでした。
日本が朝鮮半島に進出することにより、朝鮮にキリスト教が復興し、ロシアの侵略による共産化を防ぐことができました。
このサイトではこのような歴史的真実を明らかにすることにより、神と真のお父様の真の願いを追い求めたいと思います。
同時にこのサイトでは、本当に罪深く、自ら滅びの道を歩んでいるのは誰なのかを明らかにしていきます。 ここで明らかにされることにより、自ら悔い改め、滅びの運命から逃れることを期待するものです。
今回の記事は、 驕りし選民 繰り返される摂理の失敗 の一部です。
ご興味を持っていただけましたら、本文をお読みいただければ幸いです。
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サタン国家日本、罪の呪縛からの解放
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本来の摂理的エバ国家は日本!?
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