10、霊界は心が反映した世界

10、霊界は心が反映した世界

人間は死んだら自分の心が丸裸になり、何を思っているのか、何を考えているのかが直接相手に伝わっていく、そんな世界が霊界だと言います。
エマヌエル・スウェーデンボルグは霊界の実相を詳しく明かしましたが、その中にはこのような内容もありました。
ですから心の中では恨みや、憎しみを抱いていたり、また怒ったりしていても、地上で生きている時は表面的には笑顔をたたえてごまかせても、霊界ではその思いが相手に直接伝わってしまうので、自分の思いをごまかすことはできないということです。

多くの人と接すると、どんなことに対してもプラスにとらえ、前向きであったり、積極的であったり、肯定的な発想の人と、どんなことに対してもネガティブにとらえ、攻撃的であったり、批判的であったり、否定的にとらえる人がいます。
どんなこともプラスにとらえ、前向きで肯定的な人とは一緒に居たい、一緒にいるだけで心が癒され心地よいと、誰もが感じるのではないでしょうか?
一方いつも物事をネガティブにとらえ、否定的であり批判的であり、攻撃的な人とは一緒にいても心が休まることはありません。誰も一緒に居たいとは思いませんし、関わりを持つことさえも避けてしまいます。その結果ネガティブな人は誰からも受け入れられなくなって孤独になり、さらにネガティブになり、ネガティブの無限ループに陥ってしまいがちです。

例えば贈り物をもらっても、自分の兄弟と比較をし、自分の方が小さいとか、自分の方が安いとか、自分が欲しいものと違ったとか言って、贈り物をもらったことに感謝もしないどころか、かえって不平を言い、恨みに思う人がいます。
またこの贈り物を包んだ紙が安っぽい、絵柄が気に食わない、包装の仕方が下手だなど、思いもしなかったことにまでケチをつけられ、贈り物を贈ったことでかえって気分を害し、後悔させられることもあるでしょう。
このように、何に対してもネガティブに思う人は、どんなに愛されたとしても、どんなに大切にされたとしてもその愛を愛として感じる感性が欠如し、常に心に不平不満を抱え、どんな些細なことに対しても恨みを抱き、周りの人たちを傷つけてしまうようになります。
それが高じると犯罪にまで発展する可能性もありますので、犯罪者に共通する性質の一つにもなってしまいます。

なぜそのようなことになってしまうのかと考えると、一つには相手に対して一方的に大きな期待をし、その期待をかなえてくれなかった分だけ不満を抱き不平を言ってしまうのではないでしょうか?
誕生日だから贈り物がもらえる。去年は1万円のものだったから今年は2万円以上のものがもらえるはずだ。兄弟は2万円くらいだったから自分は3万円くらいかもしれない。今年は最新のゲーム機だったらいいな。こんな風に自分で勝手に期待を膨らましていたら、実際にもらえたのが1万5千円くらいの中古ゲーム機だったということで感謝するどころか不平不満を抱く。挙句の果てに中古だったから箱もへこんでいるじゃないか、包装も変な紙だなどと言って怒り出すなんてことはよくあることだと思います。
親としては去年よりも高額な好きなゲーム機を買ってあげて、きっと喜んでくれるだろうと思っていたら文句を言われ、怒り出す始末。給料も上がらず、家計も苦しいのに無理して買ってあげたのに、これだったら何も買わない方が良かったと思われても仕方ありません。
このように相手に対して一方的に高い期待をすると、本来ならばありがたいことにも感謝できず、逆に恨んで怒り出してしまうという結果にも結び付いてしまいがちです。
逆に相手に対して何も期待しなければ、自分は人から何もいただける価値も内容もない人間だと思っていれば、それがどんなに些細なものであったとしてもいただけるだけで感謝となるはずです。

もしそんなネガティブな発想な人が死んで、霊界に行ったとき、その人の周りの世界はどのような世界になってしまうでしょうか?
霊界ではその人の心が丸裸になり、思っていること、感じていることが直接相手に伝わってしまいます
どんな相手に対しても、否定的で、批判的で、攻撃的な心を抱いていたら、その心が相手の心に直接伝わるのです。
自分に対し否定的で、批判的で、攻撃的な人とは近づきたくない、一緒に居たくないと思うのが自然な成り行きです。
その結果ネガティブな人の周りには人は近づかなくなり、孤独になり、さらにネガティブな心が強くなり、まさしく一つの地獄を作ってしまうのではないでしょうか?
つまり地獄というのは神によって突き落とされる世界ではなく、閻魔大王によって命じられて行く世界でもないのです。
自分自身が作り出す世界なのです

同様に天国も自分自身が作り出す世界です
かつてマザーテレサが修道女たちと交流する姿がテレビで紹介されていました。
修道女たちは自分の持ち物は白い服サリー2枚と石鹸とバケツだったか、それくらいしか自分の持ち物はなくても、貧しい生活の中でも嬉々として生活し、マザーが現れると目をキラキラさせながらマザーの話に聞き入っていました。マザーと修道女たちが交流する姿は、まさしく天国のようであり、貧しくても喜びに満ち溢れた、光り輝く世界でした。

真のお父様が我々食口たちと交流するときもまさしく天国のようでした。
お父様はいつまでも私たちを愛し、み言を続けられ、私たちも一言でも聞き逃すまいと一生懸命に聞き耳を立てながら、一緒に過ごすその時を一生記憶にとどめようと集中し、楽しんでいました。
そのような特別な時間と日常とはまた話は違いますが、真の愛をもって一緒の時を過ごしたら、その瞬間瞬間がまさしく天国のような瞬間になります。
現実的には辛く、しんどい仕事の時間であったとしても、真の愛をもってその仕事に取り組んでいたのなら、後々充実した楽しい思い出となって記憶に残ることでしょう。
全ては私の心が作り出すものであり、天国も地獄も私の心が投影された世界なのです

教会で言われるままに献金のノルマを勝利するため、妻や夫を放り出し、子供を置き去りにして金策に走っていたとしても、ノルマを勝利したら自然と愛は養われるものでしょうか?
多くの食口たちから聞こえてくる声は、夫婦関係が希薄になり、親子関係も悪くなり、家庭がバラバラになってしまったという声です。
もちろん全員が全員そうだと言うわけではありませんが、そのような家庭が多くなっているということも事実です。
教会の活動に積極的で一生懸命な人ほど、家庭が蔑ろになり、ボロボロになる傾向にあります。
逆にいつも献金ノルマに勝利できているおかげで、夫婦関係は円満になり、子供たちも立派に成長し、家庭はまさしく天国のような家庭になったという話ももちろんありますが、それはほんの一部で、全体としてはなかなか聞こえてきません。
つまり私たちが生きている時に何をしなければいけないかというと、献金献金と献金のノルマの達成の為に走り回ることではなく、真の愛を体恤することに力点を置かなければいけないのではないでしょうか?
真の愛を体恤できたとき、私の周りの世界は自然と天国になるのです。

私たちは罪深き日本人として、経済に対して全面的に責任を持たなければいけないと言い続けられましたが、日本は言われるほど罪深い国ではなかった、それどころか真のお父様を迎えるために大きな功労を積んだ国だということをこれまでにサタン国家日本、罪の呪縛からの解放で証明しました。
だからこれ以上献金をする必要はないんだということではありません。
今までのように献金のノルマに振り回され、もっと大切なことを蔑ろにするのは間違っているのではないかということが言いたいのです。
私たちの信仰の目的は一言でいえば、神の子として親なる神に喜びを返すことです。
そのために個人としては三大祝福を完成し、全体としては地上天国天上天国を完成することこそ、私たちの人生の目的であるはずです。
教会の言うがままの信仰で、その目的が成就するのならそれで問題はありません。
しかし今の現状を見た時、どうしてもそのようには見えないのです。
食口の心の中に真の愛が完成され、天国が完成されているようには見えないのです。
ならば今こそ日本人食口も信仰的に自立し、自らの道を見つけ出し、残された時間を本当に大切なことの為に捧げた方がいいのではないかと思うのです。

霊界は今生きている地上界とは全く違った別の世界ではないのです。
私たちの心がそのまま反映されて作り出す世界なのです
人を見て愛せない、誰も愛せない人の周りには誰も近寄ろうとはしません。
人を批判し、攻撃ばかりしている人とは関わりたくありません。しかし同じように人を批判し攻撃ばかりしている同じような心を持った人たちは集まってくるでしょう。
恨みや憎しみに凝り固まった人と一緒に居たら、こちらの心まで凍りついてしまいます。しかし同じように人を恨み、憎しみに凝り固まった類は友を呼び、いわゆる悪霊となって集団を作り、それが地獄と呼ばれる世界になるのでしょう

一方、人が好きで、人と一緒にいるのが大好きでたまらない。どんな人とでも仲良くできる、そんな人と一緒に居たら、こちらまで嬉しくなり、いつまでも一緒に居たいと感じるはずです。
どんなこともプラスにとらえ、辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあっても笑顔を絶やさず、常に前向きに取り組んでいる人とは、どんなことでも一緒に取り組みたいと思うはずです。
私の心が天国なら、私の周りの人たちの心も天国になり、そこにまたより多くの人たちが集まってくるようになるのです。
そのような世界に入っていったなら、醜い心は洗い流され、自分の良い面がどんどん出てきやすくなるのです
こうして作られるのが本当の天国なのではないでしょうか?

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このブログ記事は、このサイト『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』の一部を掲載したものです。

『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』は、今まで罪深いサタン国家と教育され、献金の無間地獄へと追いやられていた日本人を解放するためのサイトです。
実際は罪深いどころか、日本無くして1920年に真のお父様を韓半島へとお迎えすることはできませんでした。
日本が朝鮮半島に進出することにより、朝鮮にキリスト教が復興し、ロシアの侵略による共産化を防ぐことができました。
このサイトではこのような歴史的真実を明らかにすることにより、神と真のお父様の真の願いを追い求めたいと思います。

同時にこのサイトでは、本当に罪深く、自ら滅びの道を歩んでいるのは誰なのかを明らかにしていきます。 ここで明らかにされることにより、自ら悔い改め、滅びの運命から逃れることを期待するものです。

今回の記事は、 再臨摂理を失敗したのは誰か?  の一部です。
ご興味を持っていただけましたら、本文をお読みいただければ幸いです。

※テーマ一覧

サタン国家日本、罪の呪縛からの解放
日本の韓国統治40年
本来の摂理的エバ国家は日本!?
真のお父様 の監獄生活
驕りし選民 繰り返される摂理の失敗
文鮮明先生の摂理路程
再臨摂理を失敗したのは誰か?
再臨主を中心とした実体的復帰路程

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