(3)再臨摂理を失敗したのは誰か?

(3)再臨摂理を失敗したのは誰か?

既に(1)イエス降臨時と再臨時、(2)文鮮明先生の摂理路程において、再臨摂理を失敗した人物たちについて詳細に見てきました。よってここでは簡単にまとめてみたいと思います。

1、1945年当時の神の摂理

1、1945年当時の神の摂理

・サタン世界においては、女一人で国家を中心として戦ってはならず、必ず男と二人で一つとなって共同作戦で、一つの基盤を成さなければいけませんでした。
・韓半島の東側の元山を中心として男性たちの神霊役事、白南柱牧師、李龍道牧師、そして金百文牧師につながりました。
・西側の鉄山では婦人たちが神霊役事、金聖道女史、許孝彬女史、そして朴ウルリョンハルモニにつながりました。
★白南柱牧師は金聖道女史、「聖主教」と完全に一つになるべきであったのに、分かれてしまいました。
⇒牧師たちの告発によって、金聖道女史は投獄され、100日以上の獄中生活の末、釈放後に1944年4月1日、62歳で病死しました。
★二つの教会、許孝彬女史の「腹中教」と李龍道牧師の「新イエス教会」を統一せよという、天からの教えがありました。
西側集団「腹中教」が東側集団「新イエス教会」の所に行ったのですが、東側集団は受け入れませんでした。
⇒二つの集団の統一を成すことに失敗。神の摂理、霊的な運動も金百文氏に移り、許孝彬女史も文先生を受け入れませんでした。
・李龍道牧師は1933年にイエス様の年齢と同じ33歳で死亡。
・1950年に韓国戦争が起きた時、許孝彬女史以下すべての監獄にいた人々を、共産党たちが後退する時、連れていって全部虐殺してしまいました。

2、洗礼ヨハネ型人物

①金百文牧師と「イエス教イスラエル修道院」
・金牧師と文先生はカインとアベル、洗礼ヨハネとイエス様のような立場にありました。
・金牧師は、先生に対して「ソロモン王のような使命を受けた方だ」と祝福をしましたが、彼はその真の意味が分かりませんでした。
・先生は彼に18枚の手紙を書きましたが、彼はそれをみな破いてしまい、先生は責任をみな果たした立場で、平壌へ出発しました。

★金百文牧師不信の結果
・韓国キリスト教を中心としたみ旨の基盤がサタン側に帰してしまったがゆえに、それを取り戻すために、サタンの巣窟である北側に行ったのです。

②「腹中教」許孝彬女史
☆文先生は許孝彬女史に3度にわたり勧告
1.腹中教に人を送り「先生の集団が何であるか、祈祷して調べなさい」と伝える。
⇒ 許女史は大きな兆候を期待し、一人の若い男などには期待もしなかった。
・1946年6月、許女史は共産党により社会秩序を乱したという罪名で大同保安署に連行され投獄。8月11日、許女史ゆえに文先生も拘束。
2.全体に責任をもっていた黄元信氏、次に許女史の夫と監獄で会い、許女史に「早く出るように言いなさい」と勧告。
⇒ 信徒たちは勧告を聞こうとせず、夫は「自分は妻に従うつもりだ」と言う。
3.9月18日、文先生自身が一通の手紙を送る「私が誰であるか祈ってみなさい。」「すべてを否定してここから出なさい。」
⇒ 許女史はその手紙を読んでから破こうとしたが、共産党の監視員に見つかり、文先生は拷問を受ける。

★許孝彬女史不信の結末
・許女史ゆえに受けた拷問により、釈放された時血をあまりにたくさん流しほとんど死んでいました。先生が再び生き返ったことは一つの奇跡でした。
・1950年に韓国戦争が起きた時、許孝彬女史以下すべての監獄にいた信者を、共産党たちが全部虐殺してしまいました。

③「主なる神の夫人」朴ウルリョンハルモニを中心とした摂理
☆最低の立場から段階的な証と祝福
・僕のような立場から「神様が愛する僕が来た」、養子、庶子、息子の位置まで上がって「天の国の総理大臣である」「天国の全権を代表したイエス様の位である」「神様の対象実体である」と証される。
・文先生は、証をするその言葉を受け、復帰するための主管性転倒を行い即座に「敬礼しなさい」と言う。
・それに対し「今まで先生に従い仕えたのに、僕に対するように容赦なく命令することができるのか」とひっくり返った。

★朴ウルリョンハルモニ不信の結果
・朴老婆は精神異常になり完全にサタンが発動し、梶棒で文先生を殴り殺そうとする。殴り殺そうとした朴老婆のおじいさんは棺に入れられないくらいに膨れるという恐ろしい死に方で死にました。
・家庭的な基準を立てられなかったことにより、先生は平壌で1948年2月22日に収監されて、2年8ヵ月の間獄中にいました。
それは洗礼ヨハネが使命を果たせず、イエス様が十字架の道を行かれたのと同じことでした。
⇒ 文先生は興南特別労務者収容所で2年8ヵ月の間強制労働。

3、選民韓国人を中心とした摂理

①韓国政界とキリスト教指導者の不信
・大韓民国において、自由党を編成した五人の中の一人が先生でした。国防長官申性模を中心として、最高の基準で出発し、世界的な舞台に行こうとしましたが、二名の牧師ゆえにすべてふさがれてしまいました。
・先生と因縁を結んで、先頭に立って仕事をした人が既成教会の有名な牧師でしたが、将来権力を握ろうという考えをもったために、先生を裏切りました。

②氏族の責任、文潤國牧師
・李承晩博士が国を立てた時、先生の三番目のおじいさんを必要とし、当時いた旌善にヘリコプターで三度も迎えに来ましたが、「私は政治はしないよ。」と言い、李博士と一つになれませんでした。
・先生が理論を中心として従祖父を説得しさえすれば、李博士一族と環境与件、キリスト教幹部のすべてのことを消化するのは問題なかったでしょう。

③金九による暗殺指令
「1946年5月27日、お父様が急にお米を買いに行ったその帰り道に啓示を受けて、急に北に行ったということは、蒋介石の手先の金九の一味が、お父様の命に狙いをつけていたということです。」(救国への奇跡-大東亜戦争の陰で-国時先生米国講演より)

4、1955年、梨花女子大、延世大事件を中心とした摂理

①梨花女子大、延世大事件
・1955年度までに最初の摂理から10年がたっていましたが、遅くはなかったのです。
・梨花女子大と延世大の二世を立てて、金活蘭と完全に一つになり、李政権と完全に一つとなれば、キリスト教を中心として国が決定されるのです。米国とキリスト教が一つとなって、統一教会と完全に一つとなることができ、韓国を中心として今日、真の父母の理想は堅固に出発していたはずでした。環境がすべてそのようになっていました。
・ところがその時、退学事件が起きたことにより、イエス様の時代にユダヤ教が反対したのと同じようになったのです。
・金活蘭と朴マリヤが主導し、景武台(大統領官邸)に行って偽りの証言をし、文教部、文公部、内務部、法務部、外務部の五つの部署の長官を総動員し、国家と既成教会が一つになって、挙国的に統一教会を完全に埋葬してしまおうとしまいました。後ろで米国の宣教師たちによって操られていたのです。権力で文総裁を捕まえようとしたのです。
・彼らは一つになって「文鮮明を捕まえて殺せ」と言ったのです。その時「共産党だ、何だ」と言いながら、この世の悪いことをすべて先生に負わせたのです。

★梨花女子大、延世大事件の結果
・1955年7月4日、異端的信仰を理由にソウル中部警察署に拘束、西大門刑務所に収監。
・イエス様が十字架にかかっていったのと同じように、最後にサタンに引かれていく出来事まで起こりました。
先生一人が苦痛を受け迫害を受けることはかまわないのですが、神様が数千年間準備した国と民主世界のすべての基台が崩壊してしまったのです。4000年の間、天が準備したすべてのことを失ってしまいました。
・10月4日に無罪放免となりました。

②第一のお母様、崔先吉夫人
・大韓民国と既成教会が一つとなって、聖進のお母さんを前に立てて反対しました。自分の母親と組んで「主が人として来るというのは、偽キリストだ」と言ったのです。洗礼ヨハネが天から教えてくれることが信じられなくて、イエス様に従えなかったことと同じようになりました。

③崔氏一家、韓国の第一人者崔聖模
・聖進の母親の叔父が崔聖模。韓国が貧しい国家の復興期であった当時、崔聖模は韓国の第一人者でした。
・1955年の事件を誰が起こしたかというと、崔聖模が起こしたのです。崔氏が先生を監獄に投げ込んだのです。内務部長官と手を組んで、統一教会をなくしてしまおうとしたのです。

5、久保木会長に語られた真のお父様の御言

2000年かけて神が準備された真のお父様を迎えるための基盤は、1945年当時であれば金百文牧師、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニら洗礼ヨハネ使命者たちの失敗により、文先生は再臨主としてキリスト教会に受け入れられることなく、逆に迫害を受けることになったということがわかりました。
そして文先生を北韓の地で、2度にわたり死の寸前まで追い込んだのもキリスト教徒達であり、韓民族であったということがわかりました。

さらには1955年ごろ、最後に残された一縷の望みであった梨花女子大学、延世大学を中心とした摂理においても、その中心人物であった朴マリヤ、李起鵬、金活蘭らが統一教会に反対し、李承晩政権を動かし、国家的な迫害を加えることにより、文先生は西大門刑務所に収監され、最後の望みも絶たれることとなりました。
全ては2000年かけて神が準備されたキリスト教、選民としての韓民族の失敗であり、中心人物たちの不信の結果でした。
これらは2000年前のイエス当時の選民であったユダヤ人たちの失敗であり、洗礼ヨハネの失敗と全く同じ失敗を繰り返してしまっていたのです。

しかし2000年前と違っていたのは、文先生は十字架について死ぬことなく、何度も死の淵にまで追い込まれながらも死を克服し、生きてみ旨を遂行し、数々の勝利圏を打ち立てることにより、み旨の勝利者となられたことです。
しかしこの勝利は、あくまでも文先生の勝利であって、キリスト教や、韓民族の勝利ではありません。

真のお父様の本音が語られていると感じさせられる証しを、777の大先輩である師観さんのブログより抜粋し紹介したいと思います。

師観のブログ 久保木会長から聞いた話(日本が韓国に代わって代理蕩減している)より

基元節の為に同じ宿泊所で宿泊した777双の者達の中には久保木会長のそばでみ旨に従事していた者がいましてあまり知られていないみ言を語ってくれました。
本来ならば韓国はメシヤを受け入れなかった時点でイスラエルのように選民ではないと言うのです。
それでも尚、選民の位置を保っていられるのは、アダム国家の失敗をエバ国家である日本に韓国に代わって代理蕩減してもらっているからだという。

これは久保木会長がじきじきにアボジから会長としてしなければならない使命として言われた事だと言う。韓国のすべての失敗をエバである日本に蕩減させるのでどうか韓国を選民からはずさないように神に懇願したと言う。

そう言うことならアダム国家を救う為に人肌脱いでも良いかという気持ちになりますが、そのことも知らずに当然の顔をして、韓国を併合した贖罪と思い込み威張ってごり押しをするとどうでしょう。
それが30年以上も続くと堪忍袋の尾が切れる人も出てくるでしょう。人に自分の借金を払ってもらっているのに、その人に感謝もせず、当然の顔をされると気持ちの良いものではないでしょう。

この間、777双と1800双を教会に招いて慰労会をお母様の計らいで開催していただきましたが、一人の古参の食口が10年間も教会に来なかった理由を語ってくれました。
それは自分のアベルである韓国のリーダーがその人の知り合いに、「お前も統一教会に入らないか。ここでは日本人を顎で使えるよ」と言った言葉に切れてしまったという。
これは彼の自己紹介の時に話したので、前宋会長も地区長も教区長も教会長も聞くハメになったのです。

6、真のお父様の種子

統一教会に入ると日本はサタン側のエバ国だった。それを真のお父様の愛によって許され、愛され、祝福までも受けることが許された。だから日本は誰よりも犠牲の道を歩み、天に人材と万物を捧げなければいけないと徹底的に教育されてきました。その結果家屋敷を売り払い、ヤコブの知恵と言いながら親族から借金し、さらにはカードを使い自己破産に追い込まれ、そのようにしてまでも食口は今でも終わることなき献金路程を突き進んでいます。
その結果生活保護を受ける祝福家庭も多く、社会的にも公安に目を付けられる程に教会は社会的信用を失いました。

しかしそれでも摂理に貢献し、神のみ旨を成就できるのでしたら食口もまだ本望だと思います。
今の家庭連合は、摂理と言いながら実際は組織の維持が第一目標となっています。
天のみ旨は何も行っていません。組織維持のための伝道であり、大会にすぎません。
食口の精誠は教会維持と、韓国人幹部たちの懐を潤すことに使われるばかりです。
しかし日本人食口による献金が無ければ、組織の維持はできなくなり、そこにたかる韓国人幹部たちも、自分たちの両班のごとき豊かな生活が失われてしまうので、決して真実を語ることはできません。
韓国は摂理に失敗した罪深い民族であり、日本人が罪深いなどと今まで言ってきたことは、摂理的に見たときにはほんの些細なことであるなどとは口が裂けても言うことはできません。

本来選民というのは、神のみ旨を担うために、メシヤと共に最も犠牲の道を歩むべく神が用意された民です。
2000年前ユダヤ人は、メシヤは自分たちを解放し、ユダヤ人中心の地上天国、天上天国を作ってくれるお方だと信じ、イエスを不信し、十字架につけてしまいました。
今日の統一教会においても、韓民族が選民ならば、韓国人食口たちは最も犠牲の道を行き、僕の僕として徹底的に仕える道を歩むべきでした。
しかし韓国人幹部たちは、自分たちを両班のごとくに錯覚し、まるで奴婢でも扱うように日本人食口たちを扱い、終わることなき献金路程を強いています。
真のお父様は何故このような状況を黙認していたのでしょうか?

久保木会長の側近の方の証しにあるように「本来ならば韓国はメシヤを受け入れなかった時点でイスラエルのように選民ではない」と真のお父様は語られているということです。
同時に「神様のみ旨は、イスラエル民族を祭物とし、メシヤ自体も人類の僕の立場に立って、人類のために生きるということ」とみ言にあるように、選民は祭物とならなければいけないと語られています。
1945年当時の摂理に失敗し、さらには梨花女子大学事件で失敗して以降、祭物としての路程を歩んできたのは誰でしょうか?日本人食口ではなかったでしょうか?今日に至るまで日本人食口が最も犠牲の道を歩んできたということに異議を唱える者はいないと思います。

何故日本人食口は、何も言わずにただただ犠牲の道を歩むことができたのでしょうか?
それは日本人食口が、韓国人食口と同じように自分たちは神に選ばれた民だなどと思わないように、常に罪深い民族だと教えられ、最も犠牲の道を行くように徹底的に教育されてきたからではないでしょうか?
もちろん日本人が選民だなどというみ言はありません。エバ国になったとだけ教わっています。
それだけでもこの上ない栄光の位置です。

しかしひょっとしたらもっと意外な事実があるのかもしれません。
真の御父母様の生涯路程の中に次のような一節があります。
「私は種子がちょっと違います。大韓民国の種子とちょっと違うと思うのです。私はそのように考えます。私の先祖がちょっと違うのです。ちょっと残念でしょう。」真の御父母様の生涯路程 1 第一章 真のお父様の誕生と内的準備 第一節 真のお父様の誕生とその背景(一九二〇・陰一・六) 二 南平文氏の家門の伝統と家庭環境  天が準備した長孫(直系の子女)の血統 より)
このみ言は何を意味するのでしょうか?
真のお父様の種子は大韓民国の種子ではない、先祖がちょっと違うということは、真のお父様の本当のお父様は韓国人ではなかったということを意味するのではないでしょうか?

真のお父様の種子が植えられたのは、たぶん1919年の2月25日(陰暦)頃と計算されます。
そのころお父様のお母様(忠母様)の近くにいた外国人男性というのは何人だったのでしょうか?
当時は日本統治下の朝鮮でしたから、忠母様の身近にいた外国人は、日本人だった可能性が高いのではないでしょうか?
真のお父様の容姿から見て、間違っても西洋人ではありません。

マリアが啓示を受けイエスを懐胎したときの様子を聖書を基に見てみます。

ヨハネによる福音書
1:28御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。
1:30すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。 1:31見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。 1:32彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、 1:33彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。 1:34そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。 1:35御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。

忠母様にもこのような啓示が臨み、その啓示に従って日本人牧師の所に行き、真のお父様を宿すというようなことはありえないことでしょうか?
忠母様は、真のお父様を特別な存在と自覚していたのかしていなかったのかはわかりませんが、お父様に対して特別執着していたように感じます。
真のお父様が日本留学から帰られるとき、関釜連絡船崑崙丸が沈没したと思い、田舎から定州の中心街まで足の裏に太い棘が刺さったことにも気づかずに、裸足のまま8キロの距離を走り、確かな情報を求めました。
その後釜山まで駆け付けお父様を探したという話は有名です。
13人の子供を産み、一人一人に同じように愛情をかけたのかもしれませんが、真のお父様に対しては特別な思いがあったようにも感じられます。

イエス様の血統転換の秘密は、イエスの死後2000年を経て真のお父様によって解かれましたが、真のお父様の血統についても、解明されるまで2000年の歳月を必要とされるのかもしれません。
しかし真のお父様の父親が日本人で、それゆえにお父様は韓国人が犯した失敗を日本人には犯させないために日本の罪を強調され、日本人にサタンが入らないように常に僕の僕となるように指導されていた可能性もあるのではないでしょうか?

こんなことは単なる妄想にすぎませんが、このように考えると犠牲の道を行く日本人であることにも希望を感じられるかもしれません。それどころかメシヤが地上で活動されていたちょうどそのとき、メシヤと共に祭物として、僕の僕の道を歩むことができたということは、最も大きな功労を天に積むことができた、最も恵み多き立場であったということを意味します。
人生の最後の瞬間まで、自分の欲望を優先しサタンに奪われることなく、常に神のみ旨を中心とし、祭物として、僕の僕の道を喜んで歩んでいく者こそが、神の御座で、神と真の御父母様と永遠に栄光ある座につくことが許される者となるのではないでしょうか。

7、総括『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』

私たち日本人は統一教会に入教すると、日本はサタン国家だったんだと言われ、どこの国よりも罪深いと自虐史観を教育され、その蕩減として神の摂理に貢献するために万物に対してはほとんどすべて責任を持たなければいけないと指導されてきました。しかし前編『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』を見ると、日本は言われるほど罪深くはなかったこと、それどころか日本による朝鮮統治があったからこそ、真のお父様を朝鮮半島にお迎えすることができたのだろうということを明らかにしました。
この辺の事実の復習として、最後にもう一度前編を整理してみたいと思います。

日韓関係の歴史的事実を考察すると、真のお父様を迎えるべくして用意された朝鮮半島では李氏朝鮮末期、為政者は民を顧みず政権闘争に明け暮れ、国を司る官僚や両班は自分たちの私利私欲にばかり走り、国を良くしようなどという者はほんの一握りの人しかいませんでした。そんな国の民は疲弊し、向上心を持つことも忘れ、朝鮮は500年間衰退する一方であったばかりか、キリスト教を迫害し、将来メシヤを迎えようにも迎えることなど到底難しい環境下にありました。(①朝鮮王朝末期の韓国

そんな中、朝鮮半島に進出した日本は、日清戦争の勝利により、清の冊封体制から朝鮮を独立させ、開国を果たし、その結果キリスト教のリバイバルが起こり、朝鮮半島にメシヤを迎えるキリスト教の基盤が築かれました。(④朝鮮王朝末期の混乱とキリスト教伝播
また日露戦争の勝利によりロシアの南下を阻止し、朝鮮半島が共産化されるのを防ぎ、将来メシヤが朝鮮半島に誕生してもサタンの攻撃を受けない基盤も作られました。(⑤もし日本が韓国を統治しなかったら…ロシアによる統治
さらには約40年間にわたる朝鮮併合により、日本政府は現在の価値で63兆円の税金、民間まで入れると80兆円をはるかに超える資金を投入し、朝鮮の近代化に寄与し、身分制度の撤廃、教育改革、衛生指導や集団予防接種、医療制度の整備、農地開発、農業技術指導等により、民衆の生活は劇的に向上し、たった40年にも満たない統治期間で、人口は併合時の約2倍となり、平均寿命も同様に併合時の約2倍にまで伸びました。(③日本の朝鮮統治

日本による韓民族に対する迫害は、全くなかったとは言いませんが、最も大きな迫害であった三・一独立運動時の犠牲者だけをみると725~934人が死亡という状況でした。
一方、朝鮮動乱による犠牲者は、韓国軍は約20万人、アメリカ軍は約14万人、国連軍全体では36万人の死傷者を出したといわれ、民間人の犠牲者の数は100万人とも200万人とも言われております。また中国軍は約40万人、北朝鮮軍も29万人の犠牲者を出したといわれています。
また大韓民国初代大統領李承晩は、保導連盟事件では少なくとも10万人、多ければ140万人もの自国民を共産主義者として殺害し、その死体は見つけられないように遺棄し、その事実を歴史から抹消しようとしました。
済州島四・三事件では済州島民6万人が虐殺され、国民防衛軍事件では9万名余りの韓国軍兵士が餓死したとされます。
また朝鮮王朝末期のカトリック弾圧では、数百人から数万人ものカトリック教徒が処刑されました。(⑫日本の韓国統治40年まとめ

これら朝鮮王朝末期から大韓民国成立直後までの期間に韓民族が経験した受難の中で、日本による朝鮮併合時の迫害は、その数字だけを見ると比較的小さな犠牲者と見ることができるのではないでしょうか?
逆にそれよりも、日本への併合によって数百年間停滞していた朝鮮の近代化が一気に進み、身分制度は撤廃され、一般人にまで平等な教育がもたらされ、各地に近代的建築物が建立されました。その結果人口は2倍に増え、寿命も2倍に延びたという事実は、日本は朝鮮の近代化に大きく貢献し、人々の生活水準を一気に高めたと評価されるべき内容と言えます。
つまり日本は罪深いどころか、真のお父様が朝鮮半島に誕生される土壌を醸成するとともに、お父様を迎えるべくして立てられた韓民族をも保護し、神のみ旨に貢献できる民族へと育成していったとみることができるのです。

残念ながら活字になって残っているものはないため、真偽は確認することはできないのですが、このような内容を裏付けるみ言も、お父様によって語られていたという証言もありました。
「桜田淳子さんらが祝福を受けた3万双があったその年だったろうか、777双の金氏が東南アジアの大陸の責任者という立場で、日本にやって来て、アボジの日韓併合の意義の解説を語ってくれた。
何やら、アボジが王の王として、君臨する為には李王朝が障害となるので、神は日本をして、李王朝を取り除いたと言うのである。
これは随分昔の話で、カビが生えている話しかと思っていたら、かって、若くしてUCの会長であったO氏も、アボジは日本が李王朝を排除しなければ自分は殺されていたと言ったという。それが日韓併合の最大の功績だとも言ってのけたという。
そして、これは彼がアボジから直接聞いた言葉であったという。残念ながら、み言葉として印刷されたものとしては残ってはいないようです。恐らく、これはオフレコ扱いになっているのでしょう。」
師観のブログ 日韓併合の意義(アボジは日本が李王朝を排除しなければ自分は殺されていたと言った) より

また、日本人の罪として語られるもう一つの事件が、真のお父様への最初の拷問です。
しかしこの逮捕は、メシヤとしての真のお父様を迫害し、拷問まで加えたのではなく、日本留学時代の同志であった、共産主義者の韓国人留学生による告発によって、独立運動家であった文鮮明青年を共産主義者として逮捕したものでした。
つまり日本の警察は国体護持のためではあったものの、当時脅威となっていた共産主義の拡大を阻止するためにお父様を逮捕したものであり、結果的に摂理的には神側の立場での逮捕といえます。(2、日本人による拷問の真の意味
そのように分析すると日本によるお父様に対する逮捕、拷問も、その後の5度にわたる北朝鮮、韓国、アメリカにおける逮捕、拷問とは全く意味が異なり、メシヤに対するサタンの迫害の一環ではなかったことがわかります。
結果としてお父様を逮捕し拷問まで加えたということは、やはり罪が無いとは言えないでしょうが、神の摂理に沿った方向性を持った逮捕、拷問であったということも事実なのです。

次に全く違った観点から日本の罪について考えてみました。
つまり2000年前のイエスを中心とした摂理と、1945年当時の真のお父様を中心とした摂理との対比から、日本及び日本人の罪についての考察です。
日本の立場というのは、2000年前のローマ帝国に相当し、朝鮮を統治した朝鮮総督府は、ユダヤを統治したヘロデ王に相当し、ユダヤ地区は朝鮮半島に相当します。

当時ユダヤ属州やガリラヤ地方は、全てローマ帝国の支配下にありました。(③ユダヤ属州
ヘロデ王はローマに従属することを約束し王位につくと、前政権ハスモン朝の血をひくものをすべて抹殺するなどユダヤ人を迫害しました。
また東方の三博士がユダヤの王が誕生したと語っているのを聞き、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺しました。(①ヘロデ大王
ローマは、ヘロデ朝を通じてユダヤを統治していたばかりか、西暦70年にはユダヤ戦争によりエルサレムを陥落し、ユダヤ人から国を奪いました。
またキリスト教がローマに入ってきたとき、皇帝ネロや皇帝ディオクレティアヌスなどは大々的にキリスト教を迫害し、多くのキリスト教徒に火あぶりや、ライオンに食わせるなどの処刑が行われました。(②ローマ帝国
さらにユダヤ人たちが「イエスを殺せ、イエスを十字架に付けよ」と言いイエスを十字架に付けたとき、最後にイエスに槍を突き、とどめを刺したのもローマ兵でした。

このようにイエス降臨時、ユダヤを統治し、イエスに最後にとどめを刺し、またキリスト教徒を迫害したローマでしたが、ローマの罪深さを指摘し、讒訴する記述は聖書の中には見あたらず、キリスト教徒も特別言及したりはしません。
それどころかローマは世界で一番最初にキリスト教を国教化しました。
また栄耀栄華を極め、強大だったローマ帝国も395年には分裂し、476年には西ローマ帝国は滅亡しましたが、1453年にオスマン帝国軍によって滅ぼされるまで、長きにわたり東ローマ帝国の繁栄は続きました。
70年にローマによって滅ぼされたユダヤとは、対照的だと言わざるを得ません。ユダヤとローマ、どちらが神に祝福されたかと考えると、結論は明らかにローマであると言わざるを得ません。
またヘロデ王もユダヤ人を迫害したり、二歳以下の男の子をことごとく殺したりと、選民ユダヤ人にとっては恩讐ともいえる存在でしたが、だからと言って神の摂理を妨害した存在として、後世から断罪されることはありませんでした。
逆に第二神殿の改築(ヘロデ神殿)、カイサリアの港、マサダ要塞、ヘロディウムなどの大建築によって、歴史に名を残すユダヤの王となりました。

これら1945年当時における日本や朝鮮総督府に相当するローマやヘロデ王らは、その後の歴史を見ると、イエスを中心とした摂理を妨害し、神の摂理を妨げた存在として、蕩減の道を歩むということはありませんでした
逆に蕩減の道を歩んだのは、洗礼ヨハネであり、イスカリオテのユダであり、ユダヤ人たちでした
このような観点で見た時、今後1945年当時の真のお父様の摂理を妨害し、真のお父様を十字架に付けた存在として、歴史的蕩減の道を歩まなければいけない民族というのは、日本人ではないだろうということが理解できたのではないでしょうか?
それどころかローマが何世紀もの間繁栄したように、お父様を朝鮮半島にお迎えするのに貢献し、摂理に対しても最も犠牲の道を行き、条件を積んでいった日本は、ローマのように何世紀もの間繁栄することもあり得るかもしれません

復帰摂理が完成し、地上天国、天上天国が創建されるべく用意された地というのは本来どこであったのでしょうか?
原理講論61Pを見ると、「アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置が、まさに、愛の主体であられる神と、美の対象である人間とが一体化して、創造目的を完成した善の中心となる位置なのである。ここにおいて、はじめて父母なる神は、子女として完成された人間に臨在されて、永遠に安息されるようになるのである。」

原理講論にある「アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置」こそが地上天国、天上天国が創建されるべく神が用意された地であると考えると、アダム国家韓国とエバ国家日本が完成された夫婦として一体となったその地こそが、地上天国、天上天国が建設される地であると結論を出すことができます。

実際日本と韓国は、言語的にも、民族的にも、文化的にも、歴史的にも、地理的にも近い関係にあり、特に真のお父様のみ言に、「韓半島は男性性器を象徴し、日本列島は女性性器を象徴している」とあることから言っても、最初から神が地上天国、天上天国の基地として用意された地であるということに疑いの余地はありません。(②主の国韓国の相対は日本

しかし現実にこの地上に天国を実現しようとしたとき、乗り越えなければいけない大きな課題として、地上に残されたすべての恩讐関係を清算するということがありました。そのため神は日本と韓国以外に国家間の恩讐を精算できる国はないとみて、日本をサタンの手に委ね、40年間韓国を統治し、迫害することで、歴史上最大の国家間の恩讐関係を作ったといいます。(③1988年太田会長の御言報告

誰よりも韓国を愛した基準を打ち立てようと抗日運動をしていた真のお父様にとっても、日本はまさしく怨讐国家でした。
しかし真のお父様が恩讐である日本を真の愛で愛し、許し、さらには祝福までも与えたとき、日韓の恩讐関係は溶け、世界の国々が統一される道が開かれました
つまり日本がサタン側のエバ国となり、主の国韓国を迫害したのも、全ては神のみ旨だったのです。
日韓が一体となった地に地上天国、天上天国を建設するために、必ず通過しなければいけない蕩減復帰の道でした

日本は罪深きサタン国家だと言われ続け、その蕩減と称して終わることなき献金地獄へと追いやられてきましたが、神の摂理はそうではなかった。日本の罪と言われ続けてきたことは、言われるほどのものではなかった。卑屈になって何も言い返せず、ただ言われるままに献金をし続けるということは、本当に正しいことなのかどうかを今一度考えてほしいのです。
それどころか日本も神の国建設の為に、神が用意されていた国だったということですし、日本は今まで十二分に犠牲の道を歩みながら、天に多くの功労を積むことができたのではないでしょうか?
しかもひょっとしたら、真のお父様の種子は、日本人かもしれません!?

今まで教会から言われるままに捧げてきた献金は献金として、感謝で終わることができればそれで十分です。
しかし問題はこれからです。これからも今まで同様、終わることなき献金路程は、教会組織が続く限りいつまでも続くのは間違いありません。教会が日本からの献金に頼り切る体質である限り、献金路程が終わることはあり得ません。いつまでも名分を変えながら、今まで同様の献金路程は続くのです。ですからこれからも今まで同様、自分も家族もボロボロになりながら献金し続けていくのは正しいことなのかどうかを、ここでいったん立ち止まって考えてほしいということです。

今回『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』と題して一連の記事を書かせていただきましたが、これはあくまでも個人の分析、個人の意見でしかありません。
全く的外れな分析なのかもしれません。
今回の分析を裏付ける決定的なみ言は、残念ながら活字となって残ってはおらず、伝聞によるものしかありません。
しかしそれに近いみ言や歴史的資料は数多く存在します。
もちろん今回まとめ上げた『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』という内容は、絶対間違いはないとは言えません。しかし今まで罪深い罪深いと自虐史観を叩きこまれ、献金の無間地獄へと追いやられていた日本人に、今一度本当の歴史、本当の真のお父様のみ意、本当の神の摂理について考えるきっかけとなることができましたら幸いです。

8、信仰的自立

李氏朝鮮時代の朝鮮王朝末期の様子を、イザベラ・バード『朝鮮紀行』で見ていきます。

★朝鮮の王族たち
・王妃の政治的な影響力がなみはずれてつよいことや、国王に対してもつよい影響力を行使していること、などなどは驚くまでもなかった。王妃は敵に囲まれていた。国王の父大院君を主とする敵対者たちはみな、政府要職のほぼすべてに自分の一族を就けてしまった王妃の才覚と権勢に苦々しい思いをつのらせている。
・王家内部は分裂し、国王は心やさしく温和である分性格が弱く、人の言いなりだった。

★官僚・両班
・日本の発展に興味を持つ者も少数はいたものの、多くの者は搾取や不正利得ができなくなるという私利私欲のために改革に反対していたとし、堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したが、それは困難きわまりなかった。
・両班は公認の吸血鬼であり、ソウルには『盗む側』と『盗まれる側』の二つの身分しかない
・伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。
・朝鮮の重大な宿痾は、何千人もの五体満足な人間が自分たちより暮らし向きのいい親戚や友人にのうのうとたかっている、つまり「人の親切につけこんでいる」その体質にある。そうすることをなんら恥とはとらえず、それを非難する世論もない。ささやかながらもある程度の収入のある男は、多数いる自分の親族と妻の親族、自分の友人、自分の親族の友人を扶養しなければならない。それもあって人々はわれがちに官職に就こうとし、職位は商品として売買される。

★一般朝鮮人
・借金という重荷を背負っていない朝鮮人はまったくまれで、つまり彼らは絶対的に必要なもの以外の金銭や物資に貧窮している。
・彼らは働いても報酬が得られる保証のない制度のもとで暮らしているのであり、「稼いでいる」とうわさされた者、たとえそれが真鍮の食器で食事をとれる程度であっても、ゆとりを得たという評判が流れた者は、強欲な官吏とその配下に目をつけられたり、近くの両班から借金を申し込まれたりするのがおちなのである。
・非特権階級であり、年貢という重い負担をかけられているおびただしい数の民衆が、代価を払いもせずにその労働力を利用するばかりか、借金という名目の無慈悲な取り立てを行う両班から過酷な圧迫を受けているのは疑いない。商人なり農民なりがある程度の穴あき銭を貯めたという評判がたてば、両班か官吏が借金を求めにくる。これは実質的に徴税であり、もしも断ろうものなら、その男は偽の負債をでっちあげられて投獄され、本人または身内の者が要求額を支払うまで毎朝鞭で打たれる。

★イザベラ・バードの提言
・まとめとして、わたしはあえてつぎのように提言する。朝鮮の国民の環境は日本もしくはロシアの援助を得て漸進的に改善されるはずである。
参考【前編】イザベラ・バード「朝鮮紀行」まとめ

朝鮮王朝末期の様子を見ると、どこかの団体とそっくりだと思いませんか?
朝鮮王朝末期の様子はまさしく、統一教会の末期、今日の様子に酷似しているように思えてなりません。
王族たちは勢力争いに明け暮れ、国を司る官吏や両班は、搾取や不正利得による自分の利益を第一に考え改革に反対し、その他一般民衆は、みんな借金という重荷を背負っており、「稼いでいる」とうわさされると強欲な官吏とその配下に目をつけられ、近くの両班から借金を申し込まれ、一旦貸してしまったらそのお金は返ってくることはないのです。また働いても報酬が得られる保証もありません
このような世界では、上からの改革を望んでも、実現されることはありません。
改革してしまったら、自分たちの既得権益も失われてしまいますから、改革などできるはずもありません。
イザベラ・バードも、内部からの改革に期待するのではなく、外部からの改革に期待しています。

今日の統一教会はどうだったでしょうか?
教会で内部改革が行われようとしたのは、文亨進様が世界会長に就任し、文國進様が財団トップとして経済に責任を持っていた時期でした。
しかし既得権益を守ろうとする「韓国のマフィアのような組織」の抵抗を受け、最終的には文亨進様、文國進様が教会を追い出される結果となりました。(⑤教会幹部たちの腐敗
イザベラ・バードは朝鮮に対しては「日本もしくはロシアの援助を得て漸進的に改善されるはず」と外部からの改革に期待しましたが、今日の教会ではそのような期待は持てるはずがありません。
ではどうしたらいいか?
教会に依存する隷属的信仰を卒業し、せめて信仰的に自立するしか道はないのではないでしょうか?
信仰的自立つまり、アベルの言うことを言われるままに無批判的に全て受け入れるのではなく、信仰とは何か?アベルの言うことは正しいのか?今まで聞いてきた教えは本当に正しいのかどうかということを、自分の頭で考え、原理的に分析し、自分自身が自分の信仰に対し責任を持つことが重要なのではないでしょうか?
そうでもしない限り、隷属的信仰は一生続いていってしまいます
また信仰的に自立した姿こそが家庭教会というものですし、自分が氏族のメシヤとなって、氏族を正しく導き、希望溢れる教会を作っていくための必要不可欠な信仰姿勢だと思います。
自分で考え、こうだと決めたら勇猛果敢に実践し、実績を残すことができたら天に捧げる、このような主体的信仰こそが今必要とされる信仰姿勢なのではないでしょうか?

全ての判断を教会に委ねる、アベルに委ねるというような隷属的信仰は、自分自身に対し自分は一切責任を持たないという信仰姿勢です。
隷属的信仰のまま人生を終わってしまったら霊界に旅立った時、アベルの言う通りの信仰生活をしたんだから、一生懸命に献金のノルマを果たしたんだから、当然天国に行けるもんだと思っていたら、行きついた先は生きていた時と全く同じような世界だった。喜びにあふれた光輝く世界に行けるもんだと思っていたら、常に食べるものにも、着るものにも、住むところにも不自由し、将来に不安を感じ、常に何らかのノルマに追いかけられ、心が休まることのない世界に行ってしまった。家族とも心が離れ、相対者、主体者とも会えず、親戚は何処を探しても見当たらない、孤独な世界に行ってしまった。周りを見渡すと自分と同じような食口たちが、自分と同じように焦燥した表情で佇み、お互いがお互いを慰め合っている。しかしそんな自分たちに対し教会の上の方からは常に献金のようなノルマが与えられ、自分たちから何らかのものを奪っていこうとする。
いったい何が間違っていたのだろうと振り返ったときに、結局教会に言われるままに生きた結果がこの様だ。教会が悪い、アベルが悪いと言って、教会やアベルを恨み憎み、そんな憎しみに凝り固まったまま永遠に霊界を彷徨う人生が待っているかもしれません。

しかし信仰的に自立した場合、教会の指示、アベルの指示は指示として、あとは自分自身が判断し、行動する。
その行動に対する結果も自分自身が招いた結果ですから、誰も恨むことはない、それだけでも心は穏やかになれるはずです。
日本が罪深いのか、逆に功労が高いのか、判断するのも自分自身。
その結果課せられた献金ノルマを果たすか果たさないか、それを判断するのも自分自身。
自分の良心に従い、神の願いは何処にあるのかを自分自身が考え判断し、自分は何をするべきなのかを考え行動する。
そんな自立的信仰、主体的信仰こそが本来神が願われる信仰姿勢なのではないでしょうか?

献金ノルマに振り回され、四六時中お金の工面だけに時間と労力を割かれてしまったら、本当に大切なことは何もできません。
日本における教会の問題は、献金ノルマを果たそうと無理した結果生まれたものばかりです。
霊感商法が社会問題となり、公安にまで目をつけられたのは、献金のノルマを果たすために、目先の実績にとらわれ、詐欺的手法を使うようになった結果です。
霊感商法等で悪いイメージができてしまったために、日本では教会の社会的信用も失ってしまいました
真のお父様が入国できなかったのも、霊感商法の親玉として、日本国としては許可することができないのは当たり前です。
経済的問題によって日本の教会は多くのものを失ってしまいました
今回ここで提起した問題は、まさしくこの日本に課せられた献金ノルマは、果たして本当に正当なものだったのかどうかという根本的な問題です。

日本は元々サタン側国家だった。選民韓国人を迫害し、真のお父様まで逮捕し拷問にかけた罪深い国、民族なんだ。
それゆえ神のみ旨のための万物に対しては日本が全面的に責任を持たなければいけないと教育されてきたその根本が、間違っていたのではないかということを、今回『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』で論証したのです。
あとはこの内容を信じるか信じないかは、読まれた方の判断に委ねられています。
前にも言いましたようにこの内容は、単なる一個人の意見にすぎません。
教会幹部でもなければ、牧会者でもない、権威ある人でないばかりか、教会にもあまり顔を出さないような単なる平信徒一人の意見にすぎません。
今まで教わってきた自虐史観とは真逆な内容ですので、正しいかどうかも判断が難しいでしょう。信用できるかどうかも分からない、取るに足らない人間の意見でしかありませんが、何かしら心に引っかかるものがありましたら、あとはご自身で研究し、分析し、自分なりの正解を導きだすきっかけにしていただきたいのです。

人生はあっという間です。
私たちの人生で与えられた時間は限られており、できることには限界があります。
そんな長くはない時間、何にどのように使うのかで、自分の一生が決まってしまうのです。
他人に振り回されたままの人生で終わってしまって本当に良いのでしょうか?
最後の瞬間に自分の人生に悔いはないと本心から思える、そのような人生を送りたいものです。

9、献金の意義、信仰の目的?

私たちが献金をする意義とは何でしょうか?
・罪の蕩減のため。
・摂理に貢献し、天に功労を積むため。

私たちが信仰をする目的は何でしょうか?
・人として、神の子としての人生の目的を知るため。
・真理探求のため。
・神の存在を知り、神の願いに生きるため。

人生の目的、神の願いとは何でしょうか?
・個性を完成し、家庭を完成し、万物主管をなし、神から与えられた三大祝福を完成すること。
・神の子として親なる神の願いに生きること。
⇒ 神との一体化、神と永遠なる世界で、永遠に親子として一緒にいること。
⇒ 神の子として産んでくださった親なる神に、永遠に喜びを返すこと、孝を返すこと。

思いつくままに献金の意義、信仰の目的について書いてみました。
もちろん異論がある方も多いかもしれません。
しかし今思いつく献金の意義、信仰の目的はこのようなものでした。

統一教会に入信し、信仰生活を送り、祝福を受け、家庭を持ち、天寿を全うする。
このようにして天寿を全うし霊界に行ったときに、果たして神の子として神の御側近くに侍り、永遠に神に喜びを返す存在となっているでしょうか?
私にはまったく自信がありません。
では何が足りないのかと考えた時、一番大きいのが真の愛を全然体恤できていないということです。
全然愛が足りていません。
もちろん献金も足りているとは思いませんが、いくら献金し、摂理に貢献できたとしても、真の愛を体恤するために努力していなければ、全く意味がありません。
あともう一つ足りないのが、摂理に貢献できていないということです。
教会に所属し信仰生活をしているとしても、摂理に貢献できているという実感が全くありません

私たちは統一原理を知ることにより、人生の目的を知ることができました。
真理も知ることができました。
神の実在も知ることができました。
その神が私たちの父であり、堕落した私たち人間を見て、ずっと悲しまれている神であることも知りました。
それゆえ私たちは神の悲しみを解放するために、祝福を受け、原罪を脱ぎ捨て、神の家庭を完成しなければいけないことを知りました。そして祝福を受け、家庭を持ちました。
しかし完成していないのが個性の完成であり、真の愛の体恤です。
家庭も持ちましたが神の家庭とはなり得ていません。やはり真の愛が足りていないからです。

私たちの信仰生活で献金は何故必要なのでしょうか?
それは罪の蕩減のためであり、摂理に貢献するためです。
個人の罪の蕩減、家庭、民族、国家の罪の蕩減、そして遺伝罪、原罪。
こう考えるといくら献金しても、これで十分だということはやはりありません。
ですから最低限十分の一献金は生涯続けていく必要はあります。
あくまでも必要条件であり十分条件ではありません。
摂理献金も当然必要です。
神の悲しみを解放するためには、地上天国天上天国を完成するまでは、最低限摂理は続きますので、摂理成就に寄与するためにも摂理献金も続けていく必要はあります。

摂理献金とは、神の摂理に貢献している個人、団体にすべきでものでありますので、自分が摂理に貢献しているのであれば、自分の活動に献金してもらうこともありでしょう。
ある団体が摂理に貢献しているなと思えば、その団体に献金するもの有効な献金となるでしょう。
しかし摂理と称しながら、摂理を行っていない団体には献金しても意味はありません
自分が献金している団体が本当に神の摂理を担っているかどうか、はっきりと見極めなければいけません。

統一教会は摂理に貢献できているか?
伝道し、み言を伝え、祝福を与え、祝福家庭を生み出しているという点では、摂理に貢献できているのかもしれません。
しかしこの地上に神を迎え、天国を建設するための活動は、ソ連の崩壊以来何かしている実感はありません。
もちろん真のお父様は個人で勝利すべき摂理はほとんどすべて勝利し、神をこの地上にお迎えすることはできたでしょう。
しかしお父様の勝利圏を私たちが相続できているとは思えません。

清平での先祖解怨、祝福。
確かに連帯罪、遺伝罪の清算のためには多少貢献しているかもしれません。
しかし罪を犯した本人の悔い改めが伴わなければ、清算できているとは言えないのではないでしょうか?
解怨、祝福を受けた霊人たちを、清平で40修をやって教育していると言いますが、確認はできません。
清平の成り立ち金孝南訓母様の不正蓄財先祖解怨210代の疑問興進様と大母様の霊界からのメッセージ等を考えると、何も信じられません。

共産主義の全盛期は、勝共運動を通じ世界を守るために必死の戦いをしました。
しかしソ連の崩壊以降は、清平での先祖解怨と箱ものの建設、単発的な大会以外、神の摂理として何をしていたのかよくわかりません。
以前にもまして献金のノルマは熾烈を極めましたが、何にいくら使われたのかはよくわかりません。

今世界は、ソ連崩壊以来最大の危機的状況に追い込まれています。
アメリカに代わって世界の支配を目論む中国の脅威。北朝鮮の核開発、ミサイル実験。くすぶり続ける中東情勢。
ソ連崩壊以来共産主義の脅威は無くなったと思ったら、表には表れていなかっただけで、水面下で着実に、世界的規模でその基盤を固めてきていました。
韓国はもうほとんどレッドチーム入りしそうなほどに左傾化してしまいました。
中国の世界制覇の野望は留まることなく、東南アジア、アフリカ、オセアニア等、その影響力は拡大の一途をたどっています。
その一方チベットやウイグル地区では歴史に類を見ないほどの人権侵害が行われており、一説には百万人から数百万人もの人々を思想教育という名目で強制収容所に送り、身内とも連絡が取れなくなっていると言います。
中国の宗教、法輪功の弾圧、ウィグル人の弾圧は、そのまま臓器売買へと繋がり、中国では今臓器売買が一つの産業としてすでに確立しているとも言われています。
香港での長期化したデモは、そんな中国に香港も完全に取り込まれてしまうことへの恐怖から、香港市民が徹底抗戦しているのであり、香港は自由主義陣営のマスコミの監視下にあるため、中国がチベットやウィグル地区のように報道管制ができず、世界に情報が発信されている状態です。
日本の政治家は中国、北朝鮮の息のかかった議員が多く、中国共産党のこのような謀略を知ってか知らずか、習近平を国賓として日本に迎えようとしています。
日本でも世界でもマスコミ界は左傾化傾向が強く、このような内容はまともに報道されることもありません。
これ以外にも世界の危機が叫ばれ、世の中が大きく変わろうとしているこの時に統一教会は何をしているのでしょうか?
世界平和のため、地上天国建設のための活動は全く行っていないのではないでしょうか?
そんな教会への献金は功労になるのでしょうか?
よくわかりません。
実際社会貢献活動を実践しているNPO団体に寄付した方が、はるかに天に功労を積むことができるのではないでしょうか?

こう考えると教会から言われるままに教会や清平に献金しつづけるよりも、もっと有効なお金の使い道があるように思えてなりません。
何も社会貢献が必要とされているのは開発途上国ばかりではありません。
日本国内においても、解決されるべき社会的問題は無数に存在します。
母子家庭では、母親が生活費を稼ぐために2つ、3つと仕事を掛け持ち子供を見る時間が無くなり、子供は放置されてしまうネグレクト問題。その結果母子家庭は貧困に陥り、子供の学習機会が失われ進学できず、結果的に子供も貧困に陥ってしまう貧困の連鎖問題。
DVを受けて育った子供が大人となり、やはりDVという形でしか子供を愛せない親になる。
子供の世界だけで注目されていたいじめが、大人の社会でも問題になる。
セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ、○○ハラ、諸々のハラスメント問題。
少子高齢化に伴う高齢者の社会保障問題。
引きこもりの高齢化による5080問題。
高齢者による高齢者介護等々最近ニュースとなったものだけ挙げても、このような問題があります。
本気でこの世に地上天国天上天国を築こうとするなら、このような問題一つ一つに対しても真剣に取り組まなければいけません。

しかし現実的にこのような社会的問題に取り組んでいるのは、原理を知らない心ある一般市民たちです。
統一食口がサタンの手先と考えている共産主義者たちも積極的に取り組んでいます。
再臨摂理に失敗したキリスト教徒たちも昔から取り組み、多くの実績を作っています。
旧約レベルと見下している仏教徒たちもお寺を解放し、シェルターと称し、保護の必要としている人たちを積極的に保護している僧侶たちがいます。

神の摂理を担う中心宗教、統一教会では何をやっているのでしょうか?
昔教会本部に、ホームページに「社会貢献活動を一緒に行いませんか」という一文があったので、ぜひ一緒にやりたいので紹介してほしいと問い合わせをしたことがあります。
そしたらすぐには回答が無く、調べて連絡するとのことでした。
そして何日か経ってから、○○教会の青年部が、奉仕活動をやっているみたいなので、そちらに問い合わせをしてくださいとの回答が来ました。
統一教会も社会貢献活動をやってて良かった!とは思えませんでした。
やはり心ある一握りの食口以外、何もやっていないんだなと思いました。
果たしてこれでいいのでしょうか?
自分たちは神のみ旨を担っている中心宗教なんだと自負しながらも、この世の中を良くするための活動はほとんど何も行っていないのです。
世の中の社会的問題には一切関心がないのです。
教会に言われるままに摂理献金さえしていれば、自動的に社会的問題は解決されるとでも思っているのでしょうか?自動的にこの地上に天国が築かれると思っているのでしょうか?
実におめでたい人たちです。

この世の心ある人たちと一緒になって、社会的問題を解決するために、現場で心を込めて一生懸命に取り組んでいったとき、自然と真の愛を少しずつでも体恤できるようになるのではないでしょうか?
テレビを見ていると、私財を投げうって貧困国に飛び込み、その地で子供たちの面倒を見たり、学校を建てたり、水を引いて農地を作り、食料を作ってあげたり、仕事を作ってあげたり、きれいな飲み水がないために病気になりがちな人々に、きれいな水が飲めるように浄水設備を作ってあげたりしている日本人が何人も紹介されています。
彼らを見て感じるのは、本来ならば私たち統一食口が先頭に立ってやらなければいけない活動を、我々に変わってやってくれているんだということです。
同時に原理も知らない人々があれだけ自己犠牲の道を喜んで歩んで行っているのに、我々統一食口はいったい何をやってきたんだと悔い改めざるを得ません。
あのような人たちの周りには、貧しくても目をキラキラと輝かせた、笑顔の子供たちがおり、その子供たちは自分たちも一生懸命に勉強し、医者になって村の人たちを助けたい、教師になって子供たちに勉強を教えたい、技術者になって村を豊かにしたい、村を救ってくれた日本人のようになりたいなどと言って一生懸命に生きています。
そしてそのような子供たちが大きくなって、実際に医者になったり、教師になったり、技術者になったり、村に来た日本人の助手になったりして、自然と人の為に生きる人生を歩んでいます。
そのような生き方をしている日本人と、その周りの人たちの住む世界は、今はまだ貧しくても、既に心は天国になっていることを感じます。

私たちは最終的に真の愛を完成しない限り、個性の完成も無ければ家庭の完成もないですし、万物の主菅主にもなれません。
天国は神によって与えられるのではなく、真のお父様によって与えられるものではなく、私たちが真の愛を完成することによって初めて作られるものです。
真の愛を完成した私の周りに、その愛に満たされた人々が自然と集まり、自然と笑顔の輪が広がっていくのです。

統一教会で苦楽を共にし、共に活動した仲間であったとしても、家庭連合だ、家庭平和教会だ、サンクチュアリ教会だと言って、自分の正当性のみを主張し、お互い攻撃し合い、争っているようでは、決して天国を創ることなどできません。
私が攻撃すれば、必ず相手も攻撃してきます。こうして戦争は始まるのです。
たとえ主義主張が違っていても、一緒になって社会的問題の解決の為に誠心誠意真心を尽くしていったなら、自然とお互い心が通じ合い、天国のような人間関係を創ることができるのではないでしょうか?
それもかつては同じ釜の飯を食った仲間同士、いがみ合うなんて何と愚かなことでしょうか?

私たちに与えられた時間は長いようで残り短いのです。
争っている時間などありません。
真の愛の体恤のため、真の愛を実践する競争をする方が、よほど充実した人生を歩むことができるし、神を喜ばせることができるのではないでしょうか?

10、霊界は心が反映した世界

人間は死んだら自分の心が丸裸になり、何を思っているのか、何を考えているのかが直接相手に伝わっていく、そんな世界が霊界だと言います。
エマヌエル・スウェーデンボルグは霊界の実相を詳しく明かしましたが、その中にはこのような内容もありました。
ですから心の中では恨みや、憎しみを抱いていたり、また怒ったりしていても、地上で生きている時は表面的には笑顔をたたえてごまかせても、霊界ではその思いが相手に直接伝わってしまうので、自分の思いをごまかすことはできないということです。

多くの人と接すると、どんなことに対してもプラスにとらえ、前向きであったり、積極的であったり、肯定的な発想の人と、どんなことに対してもネガティブにとらえ、攻撃的であったり、批判的であったり、否定的にとらえる人がいます。
どんなこともプラスにとらえ、前向きで肯定的な人とは一緒に居たい、一緒にいるだけで心が癒され心地よいと、誰もが感じるのではないでしょうか?
一方いつも物事をネガティブにとらえ、否定的であり批判的であり、攻撃的な人とは一緒にいても心が休まることはありません。誰も一緒に居たいとは思いませんし、関わりを持つことさえも避けてしまいます。その結果ネガティブな人は誰からも受け入れられなくなって孤独になり、さらにネガティブになり、ネガティブの無限ループに陥ってしまいがちです。

例えば贈り物をもらっても、自分の兄弟と比較をし、自分の方が小さいとか、自分の方が安いとか、自分が欲しいものと違ったとか言って、贈り物をもらったことに感謝もしないどころか、かえって不平を言い、恨みに思う人がいます。
またこの贈り物を包んだ紙が安っぽい、絵柄が気に食わない、包装の仕方が下手だなど、思いもしなかったことにまでケチをつけられ、贈り物を贈ったことでかえって気分を害し、後悔させられることもあるでしょう。
このように、何に対してもネガティブに思う人は、どんなに愛されたとしても、どんなに大切にされたとしてもその愛を愛として感じる感性が欠如し、常に心に不平不満を抱え、どんな些細なことに対しても恨みを抱き、周りの人たちを傷つけてしまうようになります。
それが高じると犯罪にまで発展する可能性もありますので、犯罪者に共通する性質の一つにもなってしまいます。

なぜそのようなことになってしまうのかと考えると、一つには相手に対して一方的に大きな期待をし、その期待をかなえてくれなかった分だけ不満を抱き不平を言ってしまうのではないでしょうか?
誕生日だから贈り物がもらえる。去年は1万円のものだったから今年は2万円以上のものがもらえるはずだ。兄弟は2万円くらいだったから自分は3万円くらいかもしれない。今年は最新のゲーム機だったらいいな。こんな風に自分で勝手に期待を膨らましていたら、実際にもらえたのが1万5千円くらいの中古ゲーム機だったということで感謝するどころか不平不満を抱く。挙句の果てに中古だったから箱もへこんでいるじゃないか、包装も変な紙だなどと言って怒り出すなんてことはよくあることだと思います。
親としては去年よりも高額な好きなゲーム機を買ってあげて、きっと喜んでくれるだろうと思っていたら文句を言われ、怒り出す始末。給料も上がらず、家計も苦しいのに無理して買ってあげたのに、これだったら何も買わない方が良かったと思われても仕方ありません。
このように相手に対して一方的に高い期待をすると、本来ならばありがたいことにも感謝できず、逆に恨んで怒り出してしまうという結果にも結び付いてしまいがちです。
逆に相手に対して何も期待しなければ、自分は人から何もいただける価値も内容もない人間だと思っていれば、それがどんなに些細なものであったとしてもいただけるだけで感謝となるはずです。

もしそんなネガティブな発想な人が死んで、霊界に行ったとき、その人の周りの世界はどのような世界になってしまうでしょうか?
霊界ではその人の心が丸裸になり、思っていること、感じていることが直接相手に伝わってしまいます
どんな相手に対しても、否定的で、批判的で、攻撃的な心を抱いていたら、その心が相手の心に直接伝わるのです。
自分に対し否定的で、批判的で、攻撃的な人とは近づきたくない、一緒に居たくないと思うのが自然な成り行きです。
その結果ネガティブな人の周りには人は近づかなくなり、孤独になり、さらにネガティブな心が強くなり、まさしく一つの地獄を作ってしまうのではないでしょうか?
つまり地獄というのは神によって突き落とされる世界ではなく、閻魔大王によって命じられて行く世界でもないのです。
自分自身が作り出す世界なのです

同様に天国も自分自身が作り出す世界です
かつてマザーテレサが修道女たちと交流する姿がテレビで紹介されていました。
修道女たちは自分の持ち物は白い服サリー2枚と石鹸とバケツだったか、それくらいしか自分の持ち物はなくても、貧しい生活の中でも嬉々として生活し、マザーが現れると目をキラキラさせながらマザーの話に聞き入っていました。マザーと修道女たちが交流する姿は、まさしく天国のようであり、貧しくても喜びに満ち溢れた、光り輝く世界でした。

真のお父様が我々食口たちと交流するときもまさしく天国のようでした。
お父様はいつまでも私たちを愛し、み言を続けられ、私たちも一言でも聞き逃すまいと一生懸命に聞き耳を立てながら、一緒に過ごすその時を一生記憶にとどめようと集中し、楽しんでいました。
そのような特別な時間と日常とはまた話は違いますが、真の愛をもって一緒の時を過ごしたら、その瞬間瞬間がまさしく天国のような瞬間になります。
現実的には辛く、しんどい仕事の時間であったとしても、真の愛をもってその仕事に取り組んでいたのなら、後々充実した楽しい思い出となって記憶に残ることでしょう。
全ては私の心が作り出すものであり、天国も地獄も私の心が投影された世界なのです

教会で言われるままに献金のノルマを勝利するため、妻や夫を放り出し、子供を置き去りにして金策に走っていたとしても、ノルマを勝利したら自然と愛は養われるものでしょうか?
多くの食口たちから聞こえてくる声は、夫婦関係が希薄になり、親子関係も悪くなり、家庭がバラバラになってしまったという声です。
もちろん全員が全員そうだと言うわけではありませんが、そのような家庭が多くなっているということも事実です。
教会の活動に積極的で一生懸命な人ほど、家庭が蔑ろになり、ボロボロになる傾向にあります。
逆にいつも献金ノルマに勝利できているおかげで、夫婦関係は円満になり、子供たちも立派に成長し、家庭はまさしく天国のような家庭になったという話ももちろんありますが、それはほんの一部で、全体としてはなかなか聞こえてきません。
つまり私たちが生きている時に何をしなければいけないかというと、献金献金と献金のノルマの達成の為に走り回ることではなく、真の愛を体恤することに力点を置かなければいけないのではないでしょうか?
真の愛を体恤できたとき、私の周りの世界は自然と天国になるのです。

私たちは罪深き日本人として、経済に対して全面的に責任を持たなければいけないと言い続けられましたが、日本は言われるほど罪深い国ではなかった、それどころか真のお父様を迎えるために大きな功労を積んだ国だということをこれまでにサタン国家日本、罪の呪縛からの解放で証明しました。
だからこれ以上献金をする必要はないんだということではありません。
今までのように献金のノルマに振り回され、もっと大切なことを蔑ろにするのは間違っているのではないかということが言いたいのです。
私たちの信仰の目的は一言でいえば、神の子として親なる神に喜びを返すことです。
そのために個人としては三大祝福を完成し、全体としては地上天国天上天国を完成することこそ、私たちの人生の目的であるはずです。
教会の言うがままの信仰で、その目的が成就するのならそれで問題はありません。
しかし今の現状を見た時、どうしてもそのようには見えないのです。
食口の心の中に真の愛が完成され、天国が完成されているようには見えないのです。
ならば今こそ日本人食口も信仰的に自立し、自らの道を見つけ出し、残された時間を本当に大切なことの為に捧げた方がいいのではないかと思うのです。

霊界は今生きている地上界とは全く違った別の世界ではないのです。
私たちの心がそのまま反映されて作り出す世界なのです
人を見て愛せない、誰も愛せない人の周りには誰も近寄ろうとはしません。
人を批判し、攻撃ばかりしている人とは関わりたくありません。しかし同じように人を批判し攻撃ばかりしている同じような心を持った人たちは集まってくるでしょう。
恨みや憎しみに凝り固まった人と一緒に居たら、こちらの心まで凍りついてしまいます。しかし同じように人を恨み、憎しみに凝り固まった類は友を呼び、いわゆる悪霊となって集団を作り、それが地獄と呼ばれる世界になるのでしょう

一方、人が好きで、人と一緒にいるのが大好きでたまらない。どんな人とでも仲良くできる、そんな人と一緒に居たら、こちらまで嬉しくなり、いつまでも一緒に居たいと感じるはずです。
どんなこともプラスにとらえ、辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあっても笑顔を絶やさず、常に前向きに取り組んでいる人とは、どんなことでも一緒に取り組みたいと思うはずです。
私の心が天国なら、私の周りの人たちの心も天国になり、そこにまたより多くの人たちが集まってくるようになるのです。
そのような世界に入っていったなら、醜い心は洗い流され、自分の良い面がどんどん出てきやすくなるのです
こうして作られるのが本当の天国なのではないでしょうか?

11、霊人体の成長と天国

天国も地獄も、結局は自分の心が作り出す世界です。
心は地上で肉身を持っている時にしか育むことはできません
簡単に言えば、人間は神の愛を受けることで、霊人体から肉身に生霊要素が流れ込みます。
次に肉身に流れ込んできた生霊要素を受けて、神の愛を肉身を使って実践することによって、肉身から霊人体に生力要素が流れ込むようになります。
こうした霊人体と肉身による、生力要素と生霊要素の授受作用によって霊人体は成長します。
この際、神の愛を受けて実践すれば善なる生力要素が霊人体に流れ込み、霊人体も善化成長します
しかし悪霊(サタン)の思いのままに実践すれば、悪なる生力要素が霊人体に流れ込み、霊人体も悪化成長します
つまり霊人体の成長は、肉身を持っている時にしか行われないのであり、その際善化成長させるか、悪化成長させるかは、肉身を持っている時の私たちの心次第なのです

日本人は献金摂理に責任を持たなければいけないという呪縛から既に解放されました
文亨進様は宣言されています。

皆さんの責任は全て終わりました。
日本の食口の皆さんは勝利者たちです。
今からは皆さんの家庭をいたわってください。
今からは解放釈放時代。
アボジと一緒に実体で生きてください。
皆さんは解放されました、それを忘れないでください。
(文亨進様説教「聖霊の甲冑」2015年4月22日) より

もちろんこれはサンクチュアリ教会の食口の前で語られた文亨進様のみ言ですので、家庭連合、家庭平和協会の食口の方たちは受け入れられないかもしれません。
しかし真のお父様の後継者、二代王という立場で語られたみ言であると考えれば、サンクチュアリ教会の食口だけに語られているみ言ではなく、統一食口全員に対して語られているみ言なのです
サタン国家日本、罪の呪縛からの解放で解説した内容も、受け入れるも受け入れないもそれは読まれた方の自由です。
文亨進様の宣言も、受け入れるも受け入れないも自由です。
しかし地上にいれる時間には限りがあります。
その限りある時間の中で、今私たちは何を実践し、何を成長させなければいけないのか?そのことを考えた時、教会に言われるままに献金の奴隷のままでいいのか?もっとやるべきことがあるのではないだろうかと問いかけたくなるのです。

日本には解決しなければいけない社会的問題が山ほどあります。
今の世界は中国共産党の脅威や、北朝鮮、韓国問題をはじめとして、解決しなければいけない問題が山積しています。
このままでは韓国は、北朝鮮主導で南北は統一され、中国とともにレッドチーム入りしてしまいます。
中国は自国内のチベット、ウィグルでは迫害を強め、香港、台湾をも中国共産党の体制に組み込み、東南アジア、アフリカ、オセアニアを勢力下に治め、アメリカに代わって世界を自らの掌中に治めようとしています。
日本でも経済界、政界に魔の手を伸ばし、マスコミを取り込み、北海道、沖縄の土地を買いあさり、日本自体を中国共産党のいいなりにしようと水面下で着実にその触手を伸ばし、基盤を固めつつあります。
それらの問題を私たちは無視しようとすれば無視もできるのですが、神の願いに生き、この地に神の国を建設したいのであったら、このまま手をこまねいたままでいいはずがありません。
家庭連合だ、家庭平和協会だ、サンクチュアリ教会だと言って、自分たちこそが真のお父様の正当な後継だと言って、お互いがお互いを批判し、攻撃し、誹謗中傷などやっている場合なのでしょうか?
サタンは目に見えない形で確実に世界に浸透しています。
そんなサタンにも気づかず、全く的外れなことばかりしているのは、既にサタンに侵入され、サタンに惑わされているからではないでしょうか?

真のお父様は生涯をかけサタンとの戦いに奔走してきました。
誰も気づかないうちからサタンの正体を見極め、サタンに対して対抗するために勝共連合を創設し、勝共教育を施し、サタンに対する防備を整えてきました。
ソ連の崩壊によりサタンも後退し、摂理も一段落したと思っていましたが、いつの間にか再び世界にサタンの魔の手が伸び、武力戦争という形ではなく、経済戦争、情報戦争という形で世界を席巻しようとしています。
そのようなサタンの攻勢に対して立ち上がっているのは、心ある一部の原理を知らない人たちです。
少ない心ある人たちがそれぞれ孤軍奮闘している状態です。
私たち統一食口はいったい何をやっているのでしょうか?
私が何もできておらず、私の周りの人たちだけが何もできていないということなのでしょうか?

天国は完成人間一人の姿に似ていると言います。
人間には頭、顔、目、口、鼻、耳、手、足、心臓、肺、胃、腎臓、肝臓・・・
いろいろな器官があり、いろいろな臓器があります。
それらすべての器官、臓器が正常に働いて初めて健康に、幸せに生きることができます。
天国も同じです。
天国でも頭、顔、目、口、鼻、耳、手、足、心臓、肺、胃、腎臓、肝臓・・・
それぞれの役割をする機関があり、仕事があるでしょう。
そのうちどの部分を自分が担い、どのような役割を担ったらいいかは他人に決めてもらうものではなりません。
自分の天稟、自分の興味、自分の経験、自分の能力等を考えながら、自分で決めるものではないでしょうか?
今の国際情勢を見ながら、サタンとの戦いの最前線で戦おうとする人や、創造本然の経済体制を作ろうとする人、社会的問題の解決に生涯を捧げる人、いろんな人がいて初めて創造本然の世界は作られるし、天国が実現するのです。
教会に言われた献金ノルマさえこなしていたら自動的に天国は実現するなんてことは絶対にありません!
教会に言われた献金ノルマをこなすのに必死になっている間に、サタンはその勢力を世界中に伸ばしていたのです。
もう既に私たちは献金奴隷の身分から解放されているのです!
生涯をかけて教会の摂理献金に全て責任を持たなければいけないほどの罪は、日本は犯していないのです!
教会に任せても、教会は天国建設などとは真剣には考えているとは思えません
もし真剣に考えた結果今のようなことをしているのであれば、間違いなく教会には天国建設はできません
今こそ信仰的に自立し、主体性をもって天国建設の為に自分がやらなければいけない責任分担を見つけスタートすべき時なのです。

創造本然の世界を作るために私たちがやらなければいけなことは山のようにあるのです。
そのうちのたった一つに対して責任を持っただけでもいくら時間があっても時間は足らないでしょうし、いくらお金があったとしてもお金も足らないことでしょう。
人生は長いようで本当にあっという間で短いのです。
今のままでは何も残すことができないまま、人生が終わってしまうのではないでしょうか?
真の愛を体恤するため、自分が生きた証を残すため、やるべきことを見つけ出し、今からスタートしたとしても遅くはありません。
今一度自分の信仰、自分が生涯かけてやるべきことを考え直してもいいのではないでしょうか?

12、総括『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』

後編『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』で明らかにした事実は、1945年当時本来の神の摂理はどのように展開されたかということでした。
つまり真のお父様がメシヤとして公的路程を出発されてから、どのような路程が展開され、どのような結果をもたらしたのかを明らかにしました。
後編『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』で明らかにした事実を整理してみます。

1945年当時、洗礼ヨハネ使命者として神が立てられた人物が、男性を中心とした摂理では、白南柱牧師、李龍道牧師、金百文牧師。婦人を中心とした摂理では、金聖道女史、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニがいました。(①男女相対的な役事
その中で真のお父様と直接に関わり、摂理を担った人物が金百文牧師、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニでした。
金百文牧師はお父様に「ソロモン王のような使命を受けた方だ」と祝福をしましたが、その真の意味が分からずに不信しました。(⑤金百文牧師のイスラエル修道院を中心とした摂理
許孝彬女史には、真のお父様は3度にわたり勧告しましたが、許女史は大きな兆候を期待し、一人の若い男などには期待もしませんでした。(⑥平壌大同保安署の受難と腹中教
朴ウルリョンハルモニとの間では、僕のような立場から神様の対象実体と証しされるまで、段階的な証しと祝福を受けましたが、朴ハルモニは主管性転倒の役事を受け入れられず、精神異常になり、完全にサタンが発動してしまいました。(⑦「主なる神の夫人」朴ウルリョンハルモニを中心とした摂理
真のお父様は、金百文牧師不信の結果サタンの巣窟である北側に行くことになり、許孝彬女史が受け入れなかったため共産党によって生死を彷徨うほどの拷問を受け、朴ウルリョンハルモニが受け入れなかった結果、興南特別労務者収容所に送られ、2年8ヵ月の間強制労働を強いられ、国連軍の爆撃によって奇跡的に解放されなかったら、あと2日で処刑されるところでした。(④洗礼ヨハネ型人物

1945年当時は他にも、国防長官であった申性模を中心として大韓民国政府に入り、最高の基準で出発し世界的な舞台に行く道も用意されていましたが、二名の牧師ゆえに、すべての道がふさがれてしまいました。既成教会の有名な牧師が、将来権力を握ろうという考えをもったために、お父様を裏切ったのでした。(④1945年当時の韓国政界とキリスト教指導者

1945年から10年経った1955年でもまだ遅くはありませんでした。キリスト教二世を中心とした摂理が梨花女子大学、延世大学において展開されました。(①キリスト教二世を中心とした摂理圏
梨花女子大の総長金活蘭は、メシヤを待ち望んでいたので独身でした。金活蘭と白南柱の二人が一つとなって、統一教会を完全に迎えていたなら、李承晩を通し一気にキリスト教文化圏であるアメリカに渡っていけたのです。
当時、梨花女子大は副総長の朴マリヤを中心として、李承晩大統領の夫人フランチェスカと連結していました。この時李政権と完全に一つとなれば、キリスト教を中心として国が決定され、韓国を中心として今日、真の父母の理想は堅固に出発していたはずでした。(4、1955年、梨花女子大、延世大事件を中心とした摂理
しかし当時、宣教師を背景として米国の援助を受けていた梨花女子大は大変な危機を感じ、金活蘭と朴マリヤが大統領官邸に行って偽りの証言をし、李承晩主権下の五大長官が統一教会をなくすために総動員され、国家と既成教会が一つになって、挙国的な迫害が行われました。(②梨花女子大、延世大退職退学事件
朴マリヤと李起鵬を中心として、大韓民国大統領の李博士、フランチェスカ、金活蘭が国を滅ぼす元祖となりました。
彼らは一つになって「文鮮明を捕まえて殺せ」と言ったのです。
イエス様が十字架にかかっていったのと同じように、最後にサタンに引かれていき、西大門刑務所に入りました。
イエス様の時代にユダヤ教が反対したのと同じようになり、神様が数千年間準備した国と民主世界のすべての基台が崩壊してしまいました。(③梨花女子大、延世大事件の結果と影響④西大門刑務所の受難

この時はまた第一のお母様崔先吉夫人が、キリスト教と一つになってありとあらゆる反対が繰り広げられました。
また韓国が貧しい国家の復興期であった当時において、韓国の第一人者であった崔先吉夫人の叔父崔聖模氏が内務部長官と手を組んで、統一教会をなくしてしまおうと告発して起こった事件でもありました。(⑤崔氏一家の不信と離婚の督促

このように真のお父様を中心とした1945年当時の摂理、そして1955年当時の摂理において、神が2000年かけて育み準備してきたキリスト教と韓民族の基盤の上に立つ中心人物たちは、ことごとく摂理に失敗してしまいました。そのため真のお父様は、自らが地獄のごとき監獄まで下りていくことで僕の僕から摂理を再出発し、2度3度と命を失いそうなところまで追い詰められながらも神によって守られ、奇跡的に助かり、今日までの摂理を展開することができました。

以上の内容をまとめると
★真のお父様を不信した洗礼ヨハネ型人物たち
・「ソロモン王のような使命を受けた方だ」と祝福をしたイスラエル修道院金百文牧師の不信。
・大きな兆候を期待し、一人の若い男などには期待をせず、勧告を聞き入れなかった腹中教教主許孝彬女史。
・主管性転倒の役事を受け入れられず、精神異常になり、完全にサタンが発動した朴ウルリョンハルモニ。

★神が2000年かけて準備したキリスト教と韓民族の失敗
・男性を中心とした摂理、白南柱牧師、李龍道牧師、金百文牧師の失敗。
・女性を中心とした摂理、金聖道女史、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニの失敗。
・1945年当時、国防長官であった申性模を中心とした摂理で、既成教会の有名な二名の牧師の裏切り。
・梨花女子大学事件で統一教会を迫害した金活蘭総長、朴マリヤ副総長、夫の李起鵬氏、フランチェスカ大統領夫人。
・キリスト教と自由党が主導し、李承晩主権下の五大長官が総動員され挙国的な迫害。
・統一教会を除去するように、米国の宣教師らが背後で糸を引く。
・第一のお母様崔先吉夫人と、当時韓国の第一人者であった叔父の崔聖模氏による反対。

★洗礼ヨハネ使命者やキリスト教、韓民族が迫害した結果
・金百文牧師が受け入れなかったため、サタンの巣窟である北側に行った。
・許孝彬女史ゆえに、お父様は大同保安署に引っ張られて入った。
 お父様は拷問を受け、ほとんど死んだ状態で釈放、奇跡的に回復。
 韓国戦争が起きた時、許許女史以下すべての監獄にいた人々を、共産党たちが全部虐殺。
・朴ウルリョンハルモニは精神異常になり、完全にサタンが発動し、お父様を梶棒で殴り殺そうとする。
 おじいさんがお父様を殴って追い払おうとして倒れ、全身が青くなり腹が張り裂け、棺に入れられないくらいに膨れて死んだ。
・2年8ヵ月の間、興南特別労務者収容所で強制労働。
 死刑執行予定日の前々日、マッカーサー元帥の連合軍が、北韓、興南を攻撃してお父様を奇跡的に解放。
・朴マリヤと李起鵬を中心として、大韓民国大統領の李博士、フランチェスカ、金活蘭が国を滅ぼす元祖となった。
 李承晩の養子となっていた李康石が一家心中を図って、李起鵬と朴マリヤ、実弟を射殺、自らも命を絶った。
 金活蘭は患難(ファルラン)を受けた。雷に打たれるようになった。
 李承晩は妻とともに、アメリカ・ハワイに亡命。
・「文鮮明を捕まえて殺せ」と言われ、お父様は西大門刑務所に連行され、拷問の取り調べ。
 神様が数千年間準備した国と民主世界のすべての基台が崩壊してしまった。

このように1945年、1955年当時は、神が数千年かけて準備した国と民主世界のすべての基台の上に立つ洗礼ヨハネ使命者たち、そして中心人物、中心宗教、中心民族がありましたが、それらは全て真のお父様を受け入れず、迫害し、何度も死の寸前にまで追いやりました。
それはあたかも2000年前、イエスを迎えるために準備された洗礼ヨハネ、ユダヤ教、ユダヤ民族ら中心人物たちがイエスを不信し、さらにはイエスを支えるべくして呼び集められた12弟子のイスカリオテのユダ、ペテロまでもが最後の瞬間にイエスを裏切り、イエスを不信したのと同じ失敗を繰り返してしまいました。

そしてユダヤ人たちは、イエスを「十字架につけよ」と叫び、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」と叫んでイエスを十字架につけた結果、西暦70年にはユダヤはローマによって滅ぼされ、2000年間国を持つことも許されず、世界を彷徨う流浪の民となり、世界史上で最も悲惨な迫害の路程を歩む民となってしまいました。

このように歴史の結実体として登場したのがイエスだったため、イエスを直接に支えるべき中心人物、中心宗教、中心民族たちが神の摂理に直接に貢献したなら、彼らは本来最も栄光ある立場に立てるはずでした。しかし彼ら中心人物、中心宗教、中心民族は、イエスを直接に不信し、迫害し、十字架に付けるという大罪を犯してしまったため、歴史上最も罪深い存在となってしまい、最も悲惨な路程を歩まざるを得なくなりました。
これらは歴史が教えてくれる教訓といえます。

では2000年前の真実を基に、真のお父様を中心とした摂理において、最も栄光ある立場に立つべきだった者たちは、どのようになったかということを見ていきましょう。
神が用意された洗礼ヨハネ使命者たち、つまり金百文牧師、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニたちは全て真のお父様を不信し、摂理に失敗しました。
次に中心人物たち、白南柱牧師、李龍道牧師、金聖道女史、1945年当時の既成教会の有名な二名の牧師、1955年当時の梨花女子大金活蘭総長、朴マリヤ副総長、夫の李起鵬氏、フランチェスカ大統領夫人、そして第一のお母様崔先吉夫人、当時韓国の第一人者であった叔父の崔聖模氏、これら中心人物たちもことごとく真のお父様を受け入れず、迫害し、十字架にまで追いやりました。
その結果真のお父様は2度3度と十字架につき、命を落とす寸前にまで追いやられましたが、そのたびに真のお父様の勝利圏によって命だけは助かるという奇跡的な路程を歩んできました。
まさしく2000年前のイエスと同じような路程を歩んできたのです。
2000年前のイエス路程の時、最も罪深い存在というのは、イエスを不信した洗礼ヨハネであり、イエスを十字架に追いやったユダヤ教やユダヤ民族だったように、1945年当時の摂理でも最も罪深い存在は、金百文牧師、許孝彬女史、朴ウルリョンハルモニたちであり、白南柱牧師、李龍道牧師、金聖道女史たち、そしてお父様を裏切った既成教会の有名な二名の牧師、さらには金活蘭総長、朴マリヤ副総長、夫の李起鵬氏、フランチェスカ大統領夫人、そして第一のお母様崔先吉夫人と、当時韓国の第一人者であった叔父の崔聖模氏らがあげられます。
これら最も罪深き人たちの中には日本人はかすりもしていません。
すべては韓国人であり、韓国人の中の一部の中心人物たちだったのです。

同じ韓国人だったとしても、直接摂理に関与できなかった大多数の韓国人たちには直接的な罪はありません
しかし同じ韓国人だということで、連帯罪には問われてしまう可能性が高いのです。
主の国韓国を迫害し、お父様を初めに拷問を加え迫害したのは日本人だったから、同じ日本人として摂理に責任を持たなければいけないと、私たちが言われ続けてきたのと全く同じ論理です。
韓国人がそう言って日本人を責め続けてきたそれ以上の蕩減を、今後は韓国人自らが負わなければいけなくなる可能性が極めて高いのです。
一部の中心人物たちの失敗ではあっても、選民として立てられた民族として、韓国人は今後、ユダヤ人が歩んだのと同じような、もしかしたらそれ以上の蕩減の道を歩まざるを得ないかもしれません。

13、驕りし選民韓国人の未来

これまでは神が2000年かけて準備した1945年当時の摂理、1955年当時の摂理について、選民として選ばれた韓民族と摂理的中心人物たちの摂理の失敗について述べてきました。
こうして1945年、1955年当時の摂理に失敗した韓民族は、その時点で既に選民としての資格は喪失し、残された道は摂理に失敗した民族として、ユダヤ民族のような蕩減の道を歩むはずでした。
しかしその後の摂理を見ても、韓民族は蕩減の道を歩むことはありませんでした。
それは真のお父様が韓民族の蕩減を一人で背負われ、摂理を継続的に進められ、勝利の基盤を一つ一つ着実に積み上げられた結果と思われました。

しかし真のお父様が久保木会長に語られたみ言を見ると、「本来ならば韓国はメシヤを受け入れなかった時点でイスラエルのように選民ではないと言うのです。それでも尚、選民の位置を保っていられるのは、アダム国家の失敗をエバ国家である日本に韓国に代わって代理蕩減してもらっているからだ」とありました。
このみ言が真実ならば、1945年、1955年当時の摂理に失敗した韓民族の蕩減を担ったのは日本であり、真のお父様と日本が選民だった韓国人の罪を蕩減し、韓国人は選民としての位置をも奪われずに今日まできたということを意味します。

しかし自分たちは選民だとして驕り高ぶった韓国人たちは、1945年、1955年当時の全ての摂理に失敗したにもかかわらず、いつまでも自分たちは選民であるとして、罪を悔い改めるどころかさらに傲慢にふるまい、日本人に対しても自虐史観を強要し、犠牲を強いるばかりでした。
真のお父様の周りを固めていた韓国人幹部たちは、聖書にある弟子たち、つまり「弟子たちがイエスのもとにきて言った、『いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか』」(マタイ18/1)と同じような人たちしかいなかったのではないでしょうか?

確か2010年10月10日に行われた祝福式だったと思いますが、司会の金孝律氏が誇らしげに、未来人ジョン・タイターの予言の話しを話されていました。2036年から来た未来人ジョン・タイターの話では、国の領土はウラジオストークの辺りから香港の方に至るまでの広大な地域に拡大され、日本は韓国の植民地となっているということでした。その予言を、韓国が世界の中心になるという原理を証す内容だとして、喜んで報告していました。

その報告を聞き、真のお父様の最側近である金孝律氏という人物のレベルを知り、愕然とした記憶があります。
真のお父様の最側近がこのレベルなら、他の幹部たちも推して知るべしと思い、真のお父様の周りにはこんなレベルの人たちしかいないのかと思った記憶があります。
実際統一教会が作り上げた組織を客観的に見ると、朝鮮王朝末期と全く同じような組織、つまり一部の権力を得た両班が、奴婢のような一般大衆から当たり前のように搾取し、自分たちの栄耀栄華を満喫する、そのような組織が出来上がっていることを考えても、この時の感覚は的を得ていたと感じます。

統一教会の一部の韓国人幹部たちは、自分たち韓民族の罪を棚に上げて、日本を責め続けては献金のノルマを課し、摂理と称しては日本から献金を吸い上げてきました。そしてその日本人の精誠である献金の一部を横領し、自分たちの私腹を肥やすということを組織的に継続的にやってきました。
摂理献金とて捧げられた日本人の精誠を横領していたということは、公金横領罪に問われるのは当たり前として、日本人の心情をも蹂躙し、神の摂理をも妨害する結果にもなっていますから、本人たちは欲に目がくらんで自覚なくやっていることでしょうが、神を利用し私腹を肥やし摂理を妨害した大きな罪となることは間違いありません。

しかし可哀そうなのは、そのような過ちを犯し続けている一部の韓国人幹部たちのゆえに、彼らの蕩減までも加重されて背負わされるかもしれない大多数の韓国人食口たち、さらには同じ民族ということで罪を負わされるかもしれない何も知らない一般の韓国人たちです。
同じ韓国人と言っても、罪を犯しているのはほんの一部の韓国人幹部たちです。そんなほんの一部の韓国人幹部たちの罪をも、同じ韓国人であるというそれだけで、大多数の韓国人食口たち、さらには一般韓国人たちまでも負わされてしまうかもしれないことは、2000年前のユダヤ人の歴史を見ても明らかです。
2000年前のユダヤ人は国を滅ぼされ、世界中に流浪の民として四散し、約2000年間自らの安住の地、国を持つことができませんでした。それだけではなく、反ユダヤ主義を掲げられ、世界中で迫害を受け続けてきたユダヤ人の悲惨な路程を考えると、今後韓国人に待ち受けるかもしれない路程はどのような悲惨なものになるのか想像もできません。南北分断は1945年当時の摂理に失敗した結果だったというみ言はありますので、南北分断という悲劇だけで済むとは考えられません。

2020年を迎えた今、韓国文在寅政権は反日色を明確に打ち出し、反米姿勢も露にしています。
国の内外に多くの問題を抱えているため、一時的には日本、アメリカに擦り寄る姿勢も見せていますが、基本的には日米韓の連帯に終止符を打ち、在韓米軍を撤退させ、韓半島の統一に向けて舵を切ろうとしています。
南北統一は、北朝鮮が主導する高麗連邦制によってなされる可能性が高く、北朝鮮、中国と連携してレッドチーム入りすることを目指しているのは誰の目から見ても明らかとなっています。
そんな文在寅政権の動きを知ったアメリカは、現在ほぼ韓国のレッドチーム入りを容認しているかのようにさえ見えます。在韓米軍の撤退はトランプ大統領の公約であり、中国との間で経済戦争を繰り広げている今、レッドチーム入りするであろう韓国の国力も、できるだけ弱体化させたいと願っていることでしょう。日本が韓国向け半導体材料の輸出審査を見直し、韓国をホワイト国リストから除外した政策も、そんなアメリカの意向に沿った措置と見ることができます。
韓国の経済の大きな柱が半導体産業であり、液晶ディスプレイであったりする今、韓国の基幹産業を叩くことで韓国自体を弱体化し、レッドチーム入りしてもその影響力を最小限に抑えたいと願うのは当然のことです。
韓国の技術力、経済力と、北朝鮮の資源が一つとなり中国のもとへと行ったなら、アメリカ、日本にとってもかなりの脅威となってしまいます。そんな脅威となる前に、脅威の芽を摘んでおきたいと願うのがアメリカ、日本の共通認識となることは明らかです。

文在寅政権である限り韓国は、北朝鮮との統一に向けて着実に歩を進め、南北統一の夢を語り、中国との連携に期待をかけることになりそうです。文在寅政権も問題ですが、より根本的問題は、北朝鮮により長い年月をかけて思想教育が施され、洗脳され、一般国民が主体思想を容認し、国民の思想が完全に左傾化してしまったことにあります。一般国民はそんなことにも気づかずに、国を滅ぼしそうな文在寅政権を、今でも高い支持率で支持し続けています。

このような流れで韓国がレッドチーム入りしたとき、韓国は北朝鮮に、そして中国に歓迎されるのでしょうか?
共産主義国家の常套手段として、国を裏切った裏切り者たちはまっさきに粛清されるといいます。国を裏切り共産主義を招き入れたとき、彼らが待望していた共産主義体制と、現実の共産主義体制には雲泥の差があり、今度は現実の共産主義体制を転覆する勢力に変わってしまうのは目に見えているため、そのような危険な芽は最初に摘んでしまうのだそうです。
つまり韓国を併合した後、北朝鮮によって最初に行われることは、国を裏切った文在寅とその政権幹部たちの粛清であり、時の政権に対して反対していた活動家たちの粛清です。そして軍部を掌握し、言論を弾圧し、韓国の北朝鮮化を行うことでしょう。そしてそのような事実は決して外には漏れることはありません。言論を統制しますので、自国に対するネガティブな情報は決して外には漏らさないようになることでしょう。
そんな北朝鮮に恐れを抱き、韓国が中国寄りに舵を切ったとしても、中国もまた香港、台湾に対するように韓国にも弾圧を加えるかもしれません。一国二制度と言いながら、実際は中国共産党の支配下に置き、反乱分子は思想教育と言いながら強制収容所に送り込み、挙句の果てには臓器売買の対象となってしまうという恐ろしいシナリオも考えられます。

韓国がこのままレッドチーム入りしたときの状況を想像すると、バラ色の未来が待っているというよりは、より苦難の道が待っているようにしか思えません。
しかし2000年前のユダヤ民族の運命を考えると、韓民族もこの程度で済むとも思えません。
神は2000年前のイエス以上に真のお父様に対して期待をかけていたでしょうから、それを裏切った民族には、もっと悲惨な運命が待っている可能性さえあるのではないでしょうか?

しかし敢えて希望的に考えれば、2000年前以上の勝利圏を真のお父様は確立することができましたから、韓民族に対する蕩減ももっと軽く済む可能性もあるかもしれません。しかしもっと軽く済むとしたら、それは真のお父様の勝利の故であり、日本による代理蕩減のおかげであり、その結果韓国自体はより小さな蕩減条件で許される可能性もあるのです。

いずれにしろいえることは、韓国は今現在も、一部の韓国人幹部故に、罪をさらに重ね続けているということです。
日本に対してはいまだに自虐史観を徹底し、終わることなく献金路程に駆り立てています
そして集められた献金は職員の給料に、箱モノの維持の為に、一部の教会幹部の懐にと使われ続けるのです。
そしてその蕩減を受けるのは一部の幹部だけではなく、全ての韓国人になるのです。
可哀そうなのは自虐史観を教育され、献金の無間地獄から解放されない日本人だけではなりません。
日本人以上に可哀そうなのは、一部の韓国人幹部のゆえに、自分一代だけではなく、何代にもわたってその蕩減路程を歩まなければいけなくなるかもしれない韓民族です
ユダヤ民族が歩んだ蕩減路程を考えると、韓民族が歩まざるを得なくなるであろう蕩減路程はどれほどのものになるのか想像もできません。
しかし今からでも遅くはありません。
神の摂理はまだ終わってはいません。
神の摂理を正しく理解し、自分たちの罪を正しく悔い改め、真のお父様が歩まれたように僕の僕となって蕩減路程を感謝して歩むことができたら、今からでも十分な蕩減条件を積むことは可能だろうと思います。
自分を正当化するために平気で嘘をつける民族性が残っている限り、生まれ変わることはできません。自己否定ができずに、責任転嫁をし、悪を繁殖している限り、韓民族はサタンの手から逃れることはできません。
真のお父様が歩まれた歴史を正しく研究し、自分たち韓民族の中に立てられた中心人物たちが摂理にことごとく失敗したことを認め、その蕩減を自分たちが担わなければいけないと自覚してこそ新しい道が開かれます
同時にこれ以上嘘の歴史を捏造することをやめ、日本による朝鮮併合時の真実を認め、神が願われる日韓の新しい歴史を作る決意をすることができたとき、韓民族にも新しい希望の光を見いだすことができるのではないでしょうか?
一部の韓国人のゆえに、自分一代だけではなく、何代にもわたってその蕩減路程を歩まなければいけなくなるかもしれないことを考えれば、必ず生まれ変わることはできるはずです。
自分一人が変わることができれば、韓国人全体も変わることも可能なのです

  1. 4、カナン復帰 ~真の基元節を迎えた聖殿聖徒の使命~

    2020.02.11

  2. 3、メシヤのための基台

    2020.02.08

  3. 2、実体基台 ~韓お母様の堕落を蕩減するアベルカイン一体化宣布~

    2020.02.06

  4. (3)第三次路程 =二代王文亨進様を中心とする復帰路程=1、信仰…

    2020.02.04

  5. 3、第二次路程の失敗 ~韓お母様と霊人の結婚でお父様は十字架に~

    2020.02.02

  1. 4、カナン復帰 ~真の基元節を迎えた聖殿聖徒の使命~

    2020.02.11

  2. 2、実体基台~内的刷新に失敗し外的粛清を受け3つに分立した天一国…

    2020.01.29

  3. 12、総括『驕りし選民 繰り返される摂理の失敗』

    2020.01.06

  4. 7、総括『サタン国家日本、罪の呪縛からの解放』

    2019.12.25

  5. 6、真のお父様の種子

    2019.12.22

  6. 2、誰もが知るべき真実!日本人による拷問の真の意味。

    2019.10.20

  7. ③決定的み言、1988年太田会長の御言報告

    2019.10.01

  1. 4、カナン復帰 ~真の基元節を迎えた聖殿聖徒の使命~

    2020.02.11

  2. 2、実体基台 ~韓お母様の堕落を蕩減するアベルカイン一体化宣布~

    2020.02.06

  3. 2)40年荒野路程と三大祝福復帰

    2020.01.23

  4. 13、驕りし選民韓国人の未来

    2020.01.09

  5. 11、霊人体の成長と天国

    2020.01.04

  6. 10、霊界は心が反映した世界

    2020.01.02

  7. 9、献金の意義、信仰の目的?

    2019.12.30

  8. 8、信仰的自立

    2019.12.27

  9. ②-2 日本2 日本と韓国における迫害の違い

    2019.12.02

  10. ★献金に対する姿勢

    2019.10.15

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